15.魔鳥、猛る
――化け物め、とファルパスは心の中で毒づく。
直撃させた音弾は一発だけとはいえ、子供が受けたならば即死は免れない――仮に大人が受けたとしても悶絶するであろう威力だと言うのに、目の前の幼子は血を吐きながらも笑いながら立ち上がった。
目の前の相手がどれだけ異常なのかは、この音を操る力で六魔将の配下にまでのし上がって来たファルパスには嫌な程に理解できてしまう。
「クカ、ァ――弾け飛びなさい!!」
だからこそ、先程まで男を相手にしていた時のように遊びはしない。
19有る弦の全てを奏でるように弾きながら、ファルパスは不可視の音弾を次々に目の前の幼子へと放っていく。
「きゃははっ!!すごいすごい、まだこんなに出せるんだ!?」
「~~~~……っ、バカな、こんなバカな事が」
だが、そのことごとくが届かない。
先程のように鞭のように伸びた奇っ怪な武器が、弾き出した音弾の全てを幼子に触れる前に斬り裂いていく。
弾け飛んだ音弾が衝撃を産みこそすれ、それさえも少女には届かない。
そう、その武器も明らかに異常だった。
様々な形状に姿を変える事自体は、どうでも良い。仕込み武器と言ったもの自体はファルパス自身も見たことがある。
だが――先程の一撃。
障壁をもって受けたその一撃が、余りにも異常すぎた。
受けた障壁を食い破るかのように、回転する刃がファルパス自身にも理解できるほどの速度で障壁を削り取っていったのだ。
あの一瞬だけで、2割。
人ではそれこそ、英雄、英傑と称される者にしか短時間では破れないであろう障壁を、あの武器は一瞬で破砕しようとしていた。
ファルパスは身震いする。
もしあのまま受け続けていたのなら、半身を失っていたのかもしれない、と。
「……いや、ですが――まだ、ワタシに分があるようですねぇ」
だが、その上でファルパスは笑った。
そう、それでも尚。
異常な幼子に異常な武器を前にしてなお、ファルパスには余裕があった。
一つ目は射程の差。
ファルパスの音弾は、それこそ視界の内にあるものであればある程度の精度を持って攻撃する事が出来るが、あの武器はそれをすれば致命的な隙を晒す事になる。
仮に一撃を受けたとしても、障壁が破砕されるよりも先に幼子に一撃を与えたなら、次は恐らくは立つことは出来ない筈。
二つ目は幼子の助けになる存在が居ない事。
既に斧使いは満身創痍、徒党を組んでる連中は端っから戦力外である以上、予想外という事が有り得ない。
「貴方がまだ幼くて助かりましたよ。成長していたのなら、英雄を越えていたかもしれませんからねぇ――!!」
故に、ファルパスは勝利を確信していた。
このまま遠距離から攻撃し続けていれば、あの幼子に反撃する手段は存在しないと確信していた。
「きゃはっ」
「……ハ?」
――もっとも。
その確信は、僅かな間に脆くも破砕されるのだが。
見えない攻撃、というのは思いの外厄介で楽しかった。
まず、軌道が読めない。
奴の――ファルパスの視線からどこを攻撃してくるのかを読んでも、それを躱して反撃するまでには至れない。
そのくせ、一撃一撃がこれまた凄まじく重い。
どう例えればいいのか……一番近いのは俺くらいのサイズの鉄球が直撃して、しかも爆発した感じ、だろうか。
ルシエラで強化されてなお身体の芯まで響くそれは、次食らうと動きに支障をきたすのは明らかで。
『あだっ?!うぐっ、この!!私が喰う前に弾けるでないっ!?』
「あはっ、きゃはははっ!」
ルシエラでさえ痛いと言い出すようなその攻撃を弾きつつ、笑う。
ああ、楽しい。とても、とても楽しい。
こんな高揚感は、あの少年とやり合ってた――この体になる前にしか、味わってなかった気がする。
ああ、でも、でも。
だからこそ残念だ、楽しいけど残念だよファルパス。
「きゃはっ」
「……ハ?」
――ルシエラを元の剣状に戻しつつ、見えない筈の音の間を縫うように跳べば、ファルパスは信じられないものを見たかのような表情で俺を見ていた。
ああ、きっとお前はコレに絶対の自信が有ったんだろう。
確かに不可視かつこれほどまでに重い攻撃を遠距離から乱打出来るっていうのは凄い事だ。
「ふふっ、あはっ。だって、それ――きまってるでしょ?」
「な……っ!?」
「えっと、3つ目が右からぐぐーってまがってきて、6つ目は上からぎゅーんってくるの」
だが、悲しいかな。
その攻撃は、そのパターンはその弦の数だけしか存在していない。
19本の弦から放たれる攻撃は、強弱を無視すればたったの19種類しか存在しないのだ。
故に、不可視であってもそれを予測することは可能だし、それらをしばらく観察出来たのであれば、先程のように回避すら出来てしまう。
『ぷふっ!な、なんじゃその例え方は!可愛いのう、全く』
「な……ば、かな」
……吹き出してるルシエラは後で何かしら折檻するとして。
看破された事にショックでも受けたのか、ファルパスはよろめきながら後ずさり――そして、初めて俺に憎悪にも似た殺意を向けてきた。
ああ、良い、凄く良い。
ここで折れて逃げるとか、命乞いだとか、そんな冷める素振りを全く見せないなんて!
胸の奥が熱くなって、体の中が熱くなって、蕩けてしまいそうな程に心地が良い――!!
「ふふっ、ふふふっ!すごい、すごいのね、ほんとすごいっ!!」
「ク、カ……クカカッ、カカカカカカ――ッ!!!」
ファルパスは憎悪に満ちた視線を俺に向けながら、けたたましく鳴き声をあげれば――その手にしたハープを、狂ったように奏で始めた。
無駄なことだ。
先程以上の疾さで放たれていく連弾も、軌道が読めていれば掠める事さえ有り得ない。
だが破れかぶれ、という訳でも無いだろう。
コイツは絶対に、そんな雑魚じゃない。
「――いいわ、おつきあいしちゃうわね?」
狂ったように放たれる不可視の攻撃を躱しながら、前へ、前へ。
攻撃に巻き込まれ、時折周りに居た奴らが慌てふためいて逃げてたけれど……まあ多分大丈夫だろう。
そうして、今のルシエラの射程範囲にあと3歩という所まで辿り着く。
それでも尚、ファルパスは狂った演奏を止める事はなく――……
「……こんな所で、切り札を切らされるとは思いませんでしたよ」
……否。
間合いまで後1歩まで近づいた瞬間、ファルパスの纏う気配が変貌した。
目は、その憎悪を表すかのように赤黒く。
そして、腕からはその顔に合わせるかのように、黒い翼が生え揃って――
「きゃ、あっ!?」
「防ぎますか、これを。つくづく、貴方が成長する前で良かった」
――次の瞬間。
寒気を感じ構えたルシエラごと、俺は空中に吹っ飛ばされた。
何だ、一体何をされたッ!?
『エルトリス、構えよ!来るぞ!!』
「……っ、う、ん!」
ああそうか、ようやっと理解した。
空中に吹っ飛ばされたんじゃない、蹴り上げられたのか。
野郎、遠距離中心かと思ったらとんだ隠し玉だ――っ!
空中で体勢を立て直せば、下から文字通りファルパスが舞い上がってくるのが見える。
その手には最早、ハープは握られていない。
特筆すべきはその両脚。
正しく相手を殺すためにあるのであろうそれは、先程までとは別物といえる程に逞しく、そして禍々しく変貌していた。
「もう貴方は地上へは帰れませんよ。楽士であるワタシにこの手段を取らせたのです、この空で無惨に朽ち果てなさい……!!!」
「……か、ふっ。ふふっ、きゃはははっ!さいっこうね、ほんとうにさいこうよ!」
――腕までは変貌していないのは、その両手は曲を奏でる為という矜持故か。
本当に良い。
楽しい、楽しい、たのしい――だから、こっちもちゃんと敬意を示さなければ。
この、素晴らしい敵に対して出し惜しみをするなんて、余りにも無礼がすぎる。
「カァ――ッ!!!」
「ぐ、ぅ――ま、われ……まわれ、まわれ」
辛うじてルシエラで受ければ、口の端から血が溢れる。
それを心底心地よく感じながら、俺は歌うように言葉を口にした。
『――ふむ、久方ぶりだのう。後でたっぷりと頂くぞ?』
「まわれ、まわれ、まわれまわれまわれ――」
ルシエラの言葉に承諾するように、俺は続ける。
その間も一切の容赦なく、ファルパスは俺を蹴り上げ、蹴り飛ばし。
決して地上へは帰さないと言うかのように、俺の体は空中で何度も、何度も弾き飛ばされて。
その一撃は、音での一撃よりも遥かに重く――ああ、全く、本当に最高すぎる。
どれだけ俺を愉しませてくれるんだ。
そしてファルパスも、俺が何かをしようとしている事に気付いたのだろう。
攻撃はさらに苛烈さを増していき、ルシエラで防いでいたとは言えど、体にくる衝撃は如何ともし難く。
「――終わりです!!」
ガキィンッ!とルシエラを上に弾きあげながら。
とどめを刺さんと、真正面から凄まじい速度でファルパスは俺の方へと突撃し――……
「……みせて、あげるね」
……そして、その赤黒い目を見開いた。
弾きあげられた……もとい、大上段に構えたルシエラが、唸りを上げる。
今までのソレなど比ではない程の轟音を鳴らしながら、周囲の大気をも巻き込む程の回転を見せるルシエラ。
しかし、ファルパスはそれでも必殺の蹴撃を止めることはなく――
――直後、凄まじい衝撃が周囲を揺らした。
次回、ファルパス戦決着。
1章はまだ少し続きます。




