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1.とある世界の片隅で

 辺境都市レムレスから程なく離れた森の中。

 街道からも離れたその場所で今、一つの命が終わりを告げようとしていた。


 恐らくは高い身分の令嬢か何かなのだろう、華美なドレスを身にまとった女性は息を切らし、そのドレスを汚しながら走り続ける。

 その少し後からは屈強な男たちが今にも彼女を捕まえんと迫りつつあったのだから、彼女の表情が恐怖に引きつっているのも当然だろう。

 男たちの容貌は明らかに善人のそれではなく、その手には斧や剣などが握られており、捕まってしまえばどうなるかなど誰の目にも明らかだった。


「たす、けて……っ、誰か、誰か……!!」


 息も絶え絶えに助けを求めたその声は、誰に届く事もなく消えていく。

 死を目前にして、彼女としては一生分とも言える力を振り絞り走り続けていたが、それも限界が近い。

 ドレスのスカートはボロボロに破れ、今まで傷など殆ど負ってなかったであろう白い肌には枝木で細かく傷が入り、髪は汗まみれの肌に張り付いて。

 男たちはそんな彼女を見ながら、わざと捕まえずに、いたぶるように追い回していた。


 そんな、処刑にも近い逃避行も彼女が限界を迎えると同時に終わる。

 何に引っかかったわけでも無く倒れ込んだ彼女には、もう起き上がる力など残っていなかった。

 ヒュー、ヒュー、と喉を鳴らしながら身動き一つ取れなくなった彼女の瞳に、男たちの下卑た顔が映り、彼女は全てを諦めたように目を閉じて――


「ひ……ぎゃあああぁぁっ!!!」

「な、な、何だァッ!?」


 ――その男たちから悲鳴が聞こえれば、一体何が起きたのかと恐る恐る目を開けた。


「おいおい、大の大人がそんな情けない声をあげるなよ」

「な……何だテメェ、このクソガキ……ッ!!一体何をしやがった!?」


 そこに立っていたのは、一人の少女。

 いや、少女というにも少し幼いかもしれない、そんな花のような、妖精のような子供だった。

 その容貌に相応しい声にはとても似つかわしくない粗野な言葉を口から出しつつ、少女は手にしていた大きな何かを地面に突き立てる。


 赤黒く濡れたそれは、剣とも斧とも、あるいは棍棒ともつかない奇っ怪な武器だった。

 まるで牙のような刃が幾重にも付いた円盤が幾つも連なって、辛うじて棒のような形をしているそれは、まるで息でもしているかのようにギュルン、ギュルンと円盤を回転させて、男たちを威嚇していく。

 男たちも先程仲間がその円盤に腕を()()()()()()()からだろう、少女を囲むように距離を取りつつ武器を構えた。

 男たちは下卑た外見ではあるものの、その体つきは屈強で荒事にも慣れているのだろう。

 既に先程追い回していた女性から、目の前の異質な獲物をもった少女に意識を完全に切り替えていた。


「あー……一応、まあ一応一回だけ警告してやるよ」


 それを見ながら、少女は至極面倒くさそうに、甘く可愛らしい声で告げる。


「――楽に死にたきゃ動くなよ?手元が狂う」

「ふざけるな、このクソガキ――ッ!!!」


 少女の挑発ともとれる警告を耳にして、男たちは怒号を上げながら少女に飛びかかった。

 如何な獲物をもっていようとも相手は女であり、更には年端も行かぬ子供である。

 ずば抜けた剣の才能があったとしても、その幼い体では追いつかない筈。

 ヒーロー気取りで助けに入った馬鹿な子供を、無惨に八つ裂きにしてやろうと迫り――








「……あー、くそっ。汚れちまったじゃないか」


 ――1分にも満たない後。

 そこに立っていたのは少女、ただ一人だった。

 周囲に散乱する男たちだったモノに、女性は表情を引きつらせつつも、何とか呼吸を整える。

 戦い方が残虐だったとはいえ、命を救ってもらった以上礼を言うのは当たり前の事。

 ふらふらと覚束ない足を動かしつつ、何とか立ち上がれば女性は少女を見て……そして、改めて驚きで目を見開いた。


 女性は別段、背が高いという訳ではない。

 一般的な女性からすれば寧ろ少し低い程度で……だと言うのに、そんな彼女から見ても少女は余りにも小柄だったのだ。

 女性の胸元よりも更に低い、そんな小柄過ぎる少女はギュルン、と円盤を回転させて赤黒い飛沫を飛ばすと女性へと視線を向ける。


「ぁ――い、命を救っていただき、感謝いたします」

「ん。ああ、別に良いよ」


 少女は顔についた赤黒いものを拭いつつ、女性を見上げると笑みを浮かべた。

 その容姿に相応しい、屈託のない笑顔。

 服や顔が返り血に塗れていても、その顔に安堵したのか。女性はほっと胸を撫で下ろし……


「なあ、アンタ身なりも良いし金持ちなんだろ?」

「は、え?」

「命を助けてやったんだ。金、たんまりとくれるんだよな」


 ……そして、その姿からは想像もつかないような言葉に、女性は表情を引きつらせた。








「――あー、これで当分金には困らないな。良かった良かった」


 女性を屋敷に届けた後。

 どれだけ素行が悪いとは言えど命を救った事には変わりはなく、少女は女性の両親からたっぷりと、それはもうたっぷりと金をせしめた少女は頬を緩めながら、レムレスで一番の宿に入り、部屋をとった。

 部屋で一人きりになれば、屋敷で着替えさせてもらった服を鬱陶しいとばかりに脱ぎ捨てて下着姿になり、たっぷりと金貨が入った袋を前にして頬を緩ませる。


『全く。もっと早く助ける事も出来たであろうに』

「ああいうのは命の危険を感じさせてから助けた方が美味いんだよ、分かってねぇなぁ」


 そして、その格好のまま少女がベッドに飛び込むように横になれば――いつの間にそこに居たのか、妙齢の美女がその縁に腰掛けていた。

 流れるような黒髪に、妖艶な美貌。豊満な肢体に黒赤のゴシックドレスを身にまとった彼女は、あいも変わらず容姿に合わない言葉遣いをする少女に苦笑しつつ、少女の金糸のような髪を撫でる。


「……ガキ扱いはやめろって言ってんだろ、ルシエラ」

『くく、そう言っておきながら心地よさそうではないか、エル』

「ぐ……か、勝手に反応しちまうんだから仕方ないだろうが……」


 口調とは裏腹に目を細める少女……エルに、ルシエラと呼ばれた女性はからかうように目を細めた。

 エルがふてくされたように仰向けに寝転がれば、下着姿になったせいで顕になった、その幼い体には余りにも不釣り合いな双球が重たげに弾む。

 下手をすれば大分体格差のあるルシエラと同等はあろうその双球を忌々しげに眺めつつ、エルは先程までの上機嫌は何処へやら、深くため息を漏らした。


「……ああクソ、さっさと元に戻りてぇ」

『そういうな、中々に似合っているぞ?』

「うるさい馬鹿。さわるな、撫でるな」


 ルシエラはそんなエルに添い寝するようにしつつ、軽く抱くようにしながら頭を撫でて。

 そんな彼女を心底疎むように、口では刺々しく言葉を発しつつも、エルは少しだけ口元を緩めていた。


 ……もっとも、そんな心地よさこそがエルの癇に障っていたのだが、それを知っているルシエラは添い寝するのも撫でるのも、一向にやめるつもりは無いようだった。


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