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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第七章 少女たちの安息日
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28.黒禍、来たる

 ――それは、まるで滾々と湧き出す水のようだった。

 地平線の彼方から、まるで水で溶いた絵の具でも零したかのように広がってくるそれを見て、魔族達は悲鳴を上げながら逃げ惑う。


 強き者も弱き者も例外なく、黒い波は飲み込んで。

 そして、飲み込まれたものの末路を見て、悲鳴を聞けば、それがさらなる恐慌を招いていく。


「あ――ぎ、たすっ、たすけっ」

「いだっ、い゛だいぃぃぃぃっ!!ぎっ、ぃっ!?ひ、入ってぐる、な゛――」

「逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ――ッ!!飲み込まれたら終わりだ!肉片も残らねぇぞ……!!!」


 黒い波に飲み込まれた魔族が、ごぽり、と口から赤黒い血を吐き出しながら、必死になって這い出そうとあがくのを見れば、魔族達は肺が破れる程の勢いで叫び、走った。

 這い出そうとした魔族の手首から先は、既に亡い。

 骨さえも残らず、黒い波を――アバドンを構成している虫に貪られ、あれよあれよと言う間にその身体は貪られ、食い破られ、消えていく。


 それは、アバドンが這っていく大地もまた、同じことだった。

 アバドン自身に覆われて見えない大地は枯れて果てて、草どころか水分の一つさえも残らない。

 干からびたミイラのようになった大地は、まるで死に絶えたかのようで――そんなものが、アバドンが隔離されていた筈の大地からずっと、ずっと。光の壁に向けて、続いていた。


「後少しだ……っ、あそこ、あそこさえ超えれば――」


 魔族は本来忌むべき存在である筈のそれを見ながら、希望に満ちた表情を浮かべる。

 所謂木っ端でしかない彼らにとって、今や光の壁など無いに等しい存在だ。

 多少入るのに抵抗は覚えはするものの、身体を焼かれたり――そもそも通過さえ出来ない、といった事はなく。


 以前よりも光の壁が弱まってきている事に感謝しつつ、魔族はただ救いを求めて、忌まわしい光へと飛び込んでいく。


 アバドンが迫る中、ある者は光の壁の眩さに目を眩ませながらも前に進み。

 ある者は光の壁に遮られ、身を焦がしながらも腕を、身体を叩きつける。


 そんな地獄のような光景の中、光の壁の中を決死の思いで超えれば――


「……っ、は、ぁ……はぁ……はは、は……っ」


 ――眼前に広がる広大な森。

 魔族達が住まう世界では、魔境とさえ称されるアルルーナの住まう場所以外では稀有なその光景に、彼らは安堵の息を漏らし。

 そして、そのままふらり、ふらりと魔族達はその森の中を歩き始めた。


 後は、そう。

 森の中で休憩したなら、人間たちを襲って英気を養えばそれで良い。


 彼らは死地から抜けた安堵で気が抜けたのか、その場でへたり込みながら笑い合う。

 人間の住まう世界だって決して安全ではない事は、彼らもよく理解していた。

 だが、つい先程まで世界の果てから広がりつつ有った黒い波以上に、あのどうしようもない六魔将が一柱以上に恐ろしいモノなどあるものか、と。


 彼らは呼吸が整うのを見てから、ゆっくりと立ち上がり、そして森の先へと進もうと歩き出す。


 彼らは知らない。

 この森こそが彼らの死地であり、今までこの森を生きて抜けられた魔族など、長い歴史の中でそれこそ五指にも満たない程しか居ないという事を。


「……?」

「なんだ、どうした。そろそろ行くぞ」

「いや、何か急に薄暗く」


 ――そして。

 いかに六魔将といえど、魔族の中でも特筆して恐ろしい存在が一柱であったとしても。

 アバドンの前では、光の壁など殆ど意味を成さないのだ、という事を。



 光の壁が僅かに陰ったかと思えば、まるで紙にインクでも垂らしたかのように、じわりじわりと黒いシミが広がっていく。

 その光景を、死地から脱したと思いこんでいた魔族達はぽかん、とした間の抜けた表情で眺めながら。


「――ぁ」


 次の瞬間。

 どぽん、と光の壁から溢れ出した黒い塊に、魔族達は飲み込まれ、消えた。








 群体は、狂喜する。

 永く、永く何もない場所に幽閉されていた群体は、ただひたすらに飢えていた。

 互いを喰らい合いながら増殖するという不毛なサイクルを繰り返し、繰り返し、ただ満たされる事のない食欲が満ちる事だけを望んでいた。


 群体は、何かを喰らわなければ移動する事さえ叶わない。

 不毛の地で囲まれてしまえばそれまでで、後は延々と同じサイクルを繰り返しながら蠢くことしか出来ない――その筈だったのに。


 それが崩れた瞬間。

 不毛の地に()()が生い茂った瞬間、群体は狂喜しながら一斉にそれらを喰らいつくし、移動した。

 まるで何処かへと誘導されていくようだったが、そんな事は彼らにはどうでも良い事だった。


 群体を囲んでいた不毛の地を草木に誘われるままに喰らい進めば、やがて群体が夢に描いていた飽食の地が訪れる。

 生きた大地を、逃げ惑う生物を喰らい、喰らい、喰らい。

 ただその飢えを癒そうと、満たそうとそれは進み、進み、進み続ける。


 本能の赴くままに、逃げ惑う生物を追い、喰らう。

 喰らい、増えた個体は直様に飢えて、大地を、生物を喰らい尽くす。


 そうやって、彼らは進み、進み、進み――……


 ……そして、辿り着いた先で彼らは狂喜した。

 見渡す限りの森林(しょくざい)に、生い茂る草木(たべもの)に。


 逃げ惑っていた生物を貪り喰らえば、群体はじわり、じわりと目の前一面に広がるごちそうへと群がっていく。


 光の壁など、一体一体が矮小である群体には何の意味も為しはしない。

 その性質が故に、魔族自身が不毛の地に幽閉していた群体を止める物は、最早誰一人としていなかった。


 黒禍が来る。

 魔族を封じた象徴である筈の白く輝く光の壁から、黒い波がじわり、じわりと染み出していく。


 それは、エルトリス達が公国に来てから4週目に入った頃。

 アルケミラの算段よりも遥かに早い、明け方の事だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 殺虫剤散布しないと……
[一言] ひえ アバドンこわすぎる…
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