27.やがて、それは実を結ぶ
「――随分と動けるようになりましたね」
「そいつはどう――もっ!!」
迫る巨大な手を、鎖を編んで作り出した巨腕で弾き飛ばす。
アルケミラとの夜が始まってどれほどの時間が過ぎただろうか。
以前は僅かに撃ち合えば疲弊し、勝負にさえならず――それこそ、文字通り弄ばれるばかりだったそれも、今では一応戦いと呼べる物になりつつあった。
アルケミラとアリスとの特訓が始まって、三週目。
アリスとの特訓のお陰でルシエラをより自在に、文字通り自らの身体の延長線上として扱えるようになったのもあって、俺の戦いの幅は大分広がったように思える。
「お、らァ――ッ!!」
「ぐ……っ」
俺が拳を振るうのに合わせて、作り出した豪腕を思い切りアルケミラの体に叩きつければ、腕でガードこそされたものの、アルケミラは苦悶の声を漏らしながらよろけて。
以前なら小指の先や体の末端を傷つける程度しか出来なかった俺の攻撃も、今ではしっかりとアルケミラにダメージを残せるようになっていた。
……が、それでも。
それでも尚、俺は今までアルケミラに一度も勝利できた事はなかった。
『っ、エルトリス!来るぞ、飛べ!!』
ごぽり、と足元が泡立ったのを感じれば、俺は即座に飛び上がり、足元に向けて盾を作り上げる。
刹那の後に創生の水から溢れ出したのは、無数の細い女の腕。
それを作り出した盾で防ぎながら、同時に両腕で弾き、砕いていく。
未だに謎の多いアルケミラの能力だが、流石に三週間も相手をしていればどういう事が出来るモノなのか程度は把握する事ができた。
端的に言うのであれば、生命を創り出す能力、だろうか。
今のこの俺の体――信じられないくらいに小さい、ベッドの上でさえも広大に感じる程の体も、その能力を以て作り上げたものに違いない。
同様に、足元に広がっている創生の水から伸びた腕もまた、幻覚でもなければただの水の塊という訳でもない、本物だ。
腕だけの生命体をアルケミラは無数に作り上げながら、その大きな手のひらで俺を覆い潰さんと迫ってくる。
――今までこの腕に何度やられてきたことか。
何しろこの創生の水から湧き出した腕には文字通り限りがない。
潰せど潰せど、それが新しい腕となって俺を追ってくるというのだから、ひどい話だ。
……いや、寧ろこれでも尚、手加減されているのか。
巨人の如き白い女の腕が眼下から迫ってくる、そんな悪夢めいた光景に軽くめまいさえも覚えながら――俺は、意を決して編み上げた盾を踏み台にして、跳んだ。
このままではどのみち、何れは盾を壊されて鷲掴みにされ、握りつぶされてお終いなのだ。
ならば、活路は前にしか無い。
「その意気は認めましょう――ですが、無謀ですね」
それを読み切っていたかのように、眼下から、背後から白い腕が伸び、追い縋る。
盾から飛び出したのは良いが、最早伸びてくる腕を遮る壁は何もなく。
鎖を伸ばして移動しようにも、周囲の腕に絡めればそのまま引き回され、他の腕に握りつぶされてしまうだろう。
そうなってしまえばいつも通りお終いだ。
いい加減、もうアルケミラとの特訓も長いのだから、良いようにやられ続けるのは終わりにしたいっていうのに。
――ああ、だから。
今日こそは、アルケミラに勝つとしよう。
「――っ」
俺に向けて伸びてきた無数の腕が、空を切る。
鎖を伸ばして絡めたわけではない。以前それで失敗して握りつぶされているのだから、やるつもりもない。
再び盾を作り出した訳でもない。盾を作り出したとしても防げるのは一時だけだし、その間アルケミラが何もしないという保証もない。
作り出したのは、翼。
鎖で出来た、本来ならば機能する筈もない――否、ルシエラが元なのだから機能しないほうがおかしい、鎖の翼。
アリスとの特訓で学んだことは、ただ一つ。
ルシエラと俺ならば何でも出来る、と心の底から信じること、思うこと、ただそれだけだ。
常識で考えてできる訳がないだとか、そんな余分を取っ払って、それが出来る事を確信したのならば、俺とルシエラに出来ないことなど存在しないのだ。
「は――ははっ、ふふふっ、あはははっ!何と荒唐無稽な――」
「く、らえ――ッ!!」
鎖の翼を羽撃かせながら、飛ぶ。
無論、空中を真っ直ぐに飛べたのは最初の一瞬だけ。
すぐに高度を失い始めるが、それでも――既に、アルケミラの体は俺の手の届くところにあった。
拳をぎゅっと握りしめれば、俺は再び巨腕――とはいっても、普通の人間大程度――の拳を作り上げて。
そしてそのまま、作り上げた鎖の拳を、自らを守ろうとするアルケミラの腕よりも早くその身体に叩き込んだ。
「ご、ぷ……っ」
『よし、完全に入った――!!』
鎖の拳がアルケミラの胸部を捉えれば、内側で骨が砕け、肉が潰れた感触が伝わってくる。
アルケミラの口からは、血……ではなく、白い体液が零れ落ちて。
その大きな、大きな体がぐらりと揺れたかと思えば――
「「――良い一撃でした」」
「っ、な」
――刹那。
アルケミラの声が前方だけではなく、眼下からも聞こえてきて俺は背筋を凍りつかせた。
ごぽり、と。
音を立てながら、ベッドに溜まっていた創生の水から、巨大な何かが浮かび上がる。
それは、眼前の――今のアルケミラと同じ顔。
一糸まとわぬ姿でこそあれど、寸分違わぬそれがベッドから浮かぶように、湧き上がるように現れれば――
「「しかし、惜しい。少し浅かったですね。空中での拳打は足場もないのですから、それをフォローしなければいけませんよ?」」
『――いかん、飛べエルトリス!!』
「しま――っ」
――眼下から伸びてきた腕を躱しつつも、その身体にぽすん、と激突してしまい。
俺の小さな体は、新しく現れた……或いは作り上げられたアルケミラに、ぎゅう、と捕らえられてしまった。
口元から白い体液を垂らしているアルケミラは、そんな俺の様子を眺めながら、しかし嬉しそうに笑みを浮かべていて。
「「ですが、ええ。本当に素晴らしい――貴女なら、来週にはこの私を倒すくらいは出来てしまうかもしれませんね」」
「っ、あ――、ん、ぐ……っ」
優しい声色、優しい笑みとは裏腹に、体にかけられる圧力が徐々に、徐々に増していく。
押さえつけられた体は、そのままアルケミラの体を滑るようにすれば、胸元へと運ばれて。
「「――でも、今日は私の勝ちです。ふふ、明後日を楽しみにしていますよ、エルトリス――」」
――そして、そんな期待に満ちた声を聞きながら。
全身がひしゃげる感覚とともに、俺の意識はプツリ、と夢の中へと落ちていった。
……ああ、くそ。
でも、今日は惜しかったんだ――だから、次は、絶対に。
次こそは絶対に、勝ってみせるん、だから……




