25.黄金姫の誤算
――魔剣、もといエルドラドは、元来自分勝手な性格である。
洞窟の中で殆どを孤独に生きてきた事もあって、他人を意に介する事もなく、自分の心地よいように生きる……それこそが、彼女の行動理念であり、信念でもあった。
それが歪んだのは、矯正されたのは彼女が従者として連れている少年と過ごすようになってから。
彼女は決して少年を――ノエルを主だと思っているわけではない。
彼女にとって、ノエルはあくまでも従者であり、自分にとって心地よく有る為に必要なものでしかない。
ノエルが遠ざかれば不快になるし、他人にノエルが触れれば黒い感情が浮かぶのだから、手元に置いておくのは彼女としては仕方ない事なのだ。
エルドラドは未だその感情を何と呼ぶのかは知らなかったが――閑話休題。
兎も角、エルドラドはノエルさえ共にあるのであれば、エルトリス達とともに行くことに文句などなかった。
浴室での会話は特に問題なく終わり、エルドラドは気分良く鼻歌を歌いながら、彼女達をノエルと奴隷に見送らせていく。
「――ふふ、あの子の従者は中々に綺麗所が多かったですし。願ったり叶ったりですわ」
そんな言葉を口にしながら、エルドラドはほくそ笑んだ。
エルドラドの中で、エルトリス――もとい、ルシエラは既に格付けにおいて上となっているから、エルトリスに対して抵抗する意思は無い、が。
その従者であるアミラとリリエルに対しては、そうではなかった。
たしかにエルトリスに着いていけば、彼女の下に着くことにはなるだろうが、自分はその中で2番目の地位に着けるであろうという算段があったのだ。
つまりは、リリエルとアミラよりも上。
あの頃より仲間が増えているのであれば、それよりも上。
であるならば、自分もまたアミラやリリエルを侍らせたりすることが出来るだろう、なんて――
「ああ、楽しみですわ――」
――そんな事を考えながら、エルドラドはくすくすと笑い。
明日には顔を合わせるであろう、新しく自分が侍らす者達の顔を思い浮かべながら。
ノエルが戻ってくるのを待ちながら、戻ってくれば彼を抱き枕にしつつ、明日を楽しみにしながら眠りについた。
そして、翌日。
「……」
「ふむ。昨晩勧誘しに行ったのはこの女性ですか」
「ぶー。もう、私とエルちゃんの時間を奪うなんてー……」
そんな甘い、夢のような考えを抱いていたエルドラドの前に、現実が襲いかかった。
エルトリスが連れてきたエルドラドを審美するかのように睨め回す視線が2つ。
そのどちらもが、エルドラドでもはっきり理解できる程の格上で――それも、エルトリスとルシエラよりも、どうやら実力的には上のようだった。
二人は――アルケミラとアリスは、別段エルドラドを威圧しているわけではない。
ただ、その存在感だけで完全にエルドラドを……そして、その従者たちを圧倒していたのだ。
ノエルは体を硬直させながら、ぴったりとエルドラドの体に寄り添ったまま、プルプルと震えており――奴隷たちに至っては、へたり込んだまま動くことさえ出来ず。
エルドラドはあまりの状況に、今すぐにでもこの場から離脱してしまいたかった。
しかし、従者の前でそんな事をしてしまえば、もしかしたらノエルから向けられる視線が別のものに変わってしまうかもしれない、と。
そう思えば、ギリギリの所でエルドラドはその場に踏みとどまって――
「……悪くは有りませんね。中々面白い人材です」
「もー……仕方ないなぁ。エルちゃんが連れてきたんだし、無下には出来ないもんねっ」
――そして、唐突に。
睨め回すような視線が普通のものに変わったかと思えば、ノエル達の、そしてエルドラドの震えが止まった。
「良かったな、エルドラド。んじゃ、改めてよろしく頼む」
「え、ええ……っ、じゃありませんわよ!?何ですのこのバケ――こほん、とんでもない方々は――!?」
『ん?ああ、そう言えば言ってなかったかの』
しれっと声をかけてきたエルトリスに食って掛かって来たエルドラドを見て、ルシエラが意地悪く笑う。
こしょこしょとエルドラドの耳元で軽く耳打ちをすれば――激怒していた筈のエルドラドの顔は見る見る内に青ざめていき。
『――逃げぬ方が身のためだぞ、小娘。エルトリスの顔に泥を塗れば、アリスはお前を許さんだろうからの』
「~~~~……っ」
ルシエラが一体何と言ったのか。
エルドラドは唇を噛みながら、少し悔しそうにプルプルと震えれば、がっくりと肩を落としつつ息を吐き出して。
「……分かりました、分かりましたわ。はあ、どうしてこんな事に……」
「え、エルドラド様……」
「大丈夫ですわ。ええ、まあ綺麗所が揃ってる所という事に代わりはありませんもの」
「……綺麗所?」
「此方の話ですわ――ええ、そうですとも」
しかし、すぐにエルドラドは気持ちを切り替えた。
目の前のルシエラ――は魔剣だから除外するとしても――エルトリス、アリス、アルケミラは彼女の目には十二分に適う程の綺麗所で。
何れはこの面々も、何らかの手段で侍らせる……事は出来ずとも、それを眺めて愛でる事が出来るのであれば、早々悪いことではない、と。
そして、リリエルとアミラを侍らせる事は出来るだろうと、そんな事を考えつつ。
「さて。では少し、力の程を確認させていただきましょうか」
「……えっ」
「あ、アルケミラ様――!?」
「ま、まってくだしゃい!」
「今行きますわぁん……っ」
そんな考えを遮るかのように、アルケミラに笑顔で肩を掴まれれば、エルドラドはずるずると引きずられていき。
ノエルも、そして奴隷たちも後からばたばたと着いていけば――
「私もエルドラドちゃんで遊ぼうかなっ。埋め合わせはしてもらわないと」
「……ちょっと、悪いことしちゃったかな?」
『奇遇じゃな、私もちょっと罪悪感が湧いてきたぞ』
――後を追うように、とてとてと歩いていったアリスをエルトリス達は見送りつつ、珍しく申し訳無さそうな表情を浮かべて。
しばらくして戻ってきたエルドラド達の表情は、まるで生気が抜けてしまったかのようだった。




