22.少女、和解(?)する
……さて。
俺を散々恥ずかしい目に合わせてくれたエルドラドが、しれっと生きていた事に半ば衝撃を受けていた訳だが。
「……つまり、今は特に何かを企んでる訳でもない、と」
「そうですわ。ここに居るのはこの国の芸術品を買い集めたりするのが目的ですもの」
「う、嘘じゃありませんっ。エルドラド様は欲に忠実で、こういう事に裏がある御方では有りませんからっ」
「の、ノエル……」
『……ふむぅ』
いざ、席をくっつけて会話をしてみると、本当にこいつはあのエルドラドなのか疑わしく思えてしまうくらいに、人が――と言って良いのかはわからないが――変わってしまっていた。
以前のこいつであれば、それこそこの国に害を及ぼそうとして今頃メガデス辺りに討ち取られていただろう。
それが、どういう訳か。
今のこいつはそういった毒気らしいものは無く、それどころかノエルと呼ばれている少年を従者として連れ歩く余裕さえ見せていて。
こうも以前と違う姿を見せられてしまえば、何というか。
どうしてくれようか、という感情もどこに向けて良いのか解らなくなってしまった。
「で、あの外の連中は?」
「あれは私の奴隷ですわ。私に無礼を働いたのですから、しっかりと働いて貰いませんと」
『……無礼?』
「あ、えっと、その……実は……」
ふふん、と少し得意げに言葉を口にしたエルドラドとは対象的に、ノエルは少し口ごもり。
そっと、俺の方に顔を近づければ――その奴隷の正体について、口にした。
あの、薄布と羞恥を煽るような装飾品だけで外に捨て置かれている奴隷たちの正体が、実はこの国の冒険者である事。
その冒険者は道案内をするフリをして、エルドラドを手篭めにしようとしていた事、など。
……もしあの時一歩間違えて負けていたら、俺もリリエル達もあんな姿にされていたのかと思うと、ゾッとするのと同時に顔が熱くなってしまう。
負けないでよかった。本当によかった。
「~~……っ、ま、まあ、何だ。そういう理由なら構わないけども。こっちに危害を加えるつもりもなさそうだし」
『良かったのう、小娘。エルトリスが寛大で』
「……そ、それじゃあ以前の事はもう水に流して構いませんのね?」
「俺達に何かしようとしなけりゃあ、な。もしリリエル達に手を出そうもんなら――」
「だ、出しませんっ!出しませんわ、ええ、出しませんともっ」
まだ熱の冷めない頭で、軽く脅すように言葉を口にすれば、エルドラドはぷるぷると頭を左右に振って。
まあ、この様子ならもうこっちに何か仕掛けてくるような事もないだろう、と。
俺は大きくため息を吐き出しながら、ちょいちょい、と近くを歩いていた子犬を手招きすれば、寄ってきた子犬の頭を軽く撫でた。
……うん、かわいい、かわいい。
撫でられると嬉しそうに目を細めて、自分から頭を擦り寄せて来る様を見れば、一気に心が和んでいく。
「は……ぁ。こんな所で出くわした時はどうなるものかと思いましたけれど、助かりましたわ……」
「……エルドラド様がこんな風になるなんて。お二人とも、とてもお強いんですね」
『ふん、そこな小娘とは年季が違うからの。今の私達なら瞬きの間に倒せてしまうじゃろうな』
「――それは聞き捨てなりませんわね。私とて以前の私では有りませんわよ?」
「あーよせよせ。またこいつらが逃げちまうだろうが」
少し目を離した隙に、また口論し始めたルシエラとエルドラドに眉をひそめつつ、小さく息を吐く。
膝の上まで来てくれた子犬の頭を撫でながら、その身体が僅かに震えているのを感じれば、大丈夫、大丈夫、と撫でて落ち着かせて。
『む、ぅ。済まぬ、それもそうじゃな』
「……ここでそういう事をするのはよく有りませんものね。いらっしゃい、ノエル」
「え――ぅ。は、はい、エルドラド様……」
店員に再び睨まれかけていた事に気づいたのか。
ルシエラはしゅん、と肩をすくめながら――エルドラドも小さく息を漏らせば、ちょいちょい、と彼女の従者であるノエルを手招きして。
子猫の感触を確かめるようにして、ふわふわとした感覚を楽しんでいたようだったノエルは、エルドラドに手招きされると顔を少し赤らめながら。
しかし、その言葉を断る事は出来なかったのか――或いは、そのつもりもなかったのか。
彼女に手招きされるままに、テーブルに手を付きながら。
ゆっくりとエルドラドの膝の上に座るようにすれば、その後頭部をエルドラドの胸元に沈めつつ、顔を真赤にして身体を縮こまらせた。
エルドラドはそんなノエルに満足気に笑みを浮かべれば、両手を腰の前に回して軽く抱き寄せつつ。
すっかり冷めてしまった飲み物に口をつけながら、漸く安堵したかのように、リラックスしたかのような表情を見せて。
「……それにしても。貴女達は何故ここに?美術や芸術に興味があるとも思えないのですけれど」
「何だかちょっと癪に触る言い方だな、ったく」
そして、漸く以前のように――いや、以前と比べれば対話する意思を感じられるだけ随分マシにはなっているが――尊大に、エルドラドが此方の方を見下してきた。
いや、まあ。
エルドラド自身かなりの長身だから、見下そうとして見下している訳じゃあないのかもしれないが。
俺の方から見上げれば、エルドラドの顔は殆ど見えず、その大きな胸に遮られているっていうのが何とも癪で仕方がない。
「……ん」
それはさておいて。
俺たちが何故この公国に滞在しているのかを、エルドラドに話す必要があるかどうかと言われれば、それは全く無い。
どうせこいつの滞在なんて一時の事だろうし、放っておけば何れは余所に出ていくだろう。
……ただ、それで良いのか、と。
これから先、後半月と少しで訪れるアバドンとの決戦も有るには有るが、それだけではなく、それよりも更に先。
俺が魔王に戦いを挑み、勝利するにあたって、戦力は出来うる限り集めておきたかった。
以前の俺のように、或いは少年のように、単独で全てを超える事ができるのであれば、その必要はないのだけれど――それが難しいのは、薄々だけれど察せてしまっていたから。
それこそ、ルシエラを十全に――完璧に、コレ以上無く扱えたのならば、アルケミラは打倒できるかもしれない、という予感は有る。
アリスはまあ友達だから除外するとしても、それなら他の六魔将に対しても大小有れど、勝ちの目自体は見えるだろう。
だが、魔王はその更に上に立つ者だ。
正直アルケミラよりも上となってしまえば、少なくとも現状では、俺一人で太刀打ち出来る未来はどうしても想像が出来なかった。
「なあ。エルドラドは、後どれくらいこの国に居るつもりなんだ?」
「……質問に質問で返さないで下さるかしら?そうですわね、まあ気に入った美術品やらを買い占めたら移動するつもりですけれど」
『――おい待てエルトリス。まさか』
「俺たちと一緒に来るつもりは無いか?癪だが、テメェも戦力としちゃあ一角だろう」
――それならば。
目の前にいる魔剣使い……ではなく、魔剣そのものだけれど……を見逃す手は無いだろう。
以前のままかどうかは判らないが、エルドラドも戦力として数える事ができる、ある種貴重な存在だ。
「……ふぅん」
……無論、性格にはとんでもないレベルの難が有る、とは思うのだが。
エルドラドは俺からの提案に、目を細めつつ――にんまりと、妖艶に笑みを浮かべて。
「そう、ですわね。貴女からは富の香りがしますし、構いませんけれど――条件が一つ」
『貴様、図に乗るなよ小娘が――っ!!』
「ストップ、ルシエラ。何だ、条件って」
ルシエラが殺意を顕にしかけたのを手で制しつつ、エルドラドの胸で殆ど見えない顔を見る。
……意地悪気な雰囲気は、ある。
でも、以前のように悪意のような物は感じられない。
俺はメガデスのように、色で見えたりとかするわけじゃあ無いが――今のエルドラドなら、まあ以前ほど酷い事はしないだろう、と不思議と確信出来ていて。
「……今夜一晩、私の部屋に来て下さるかしら?それで、手打ちにして差し上げますわ」
――再びルシエラから殺気が立ち上ったのを、両手で抑え込みつつ。
俺はエルドラドからの提案に、小さく頷けば――エルドラドはそれに満足気に頷いて、少しの後席を立った。
ノエルはこちらにしきりに頭を下げつつ、慌てた様子でエルドラドをおいかけていって。
エルドラドが奴隷たちに軽く指示を出せば、彼女――いや、彼らは重そうな荷物を引いていき。
そんな彼女達を視線だけで見送りつつ。
俺は、ルシエラからの心配そうな、それでいてどこか恨みがましいような、そんな視線を受けながら……今晩の特訓をどう断ったものか、と軽く頭を悩ませた。




