21.思わぬ再会
――公国に来てから、暫くの時が過ぎた。
毎晩の特訓は変わらず続き、最初の頃は観光気分であちこち歩き回ったのも今は昔。
すっかり公国に慣れてしまった俺たちは、その日も各々、思い思いの時間を送っていた。
リリエルは少し路銭を稼ぐついでに鍛錬代わりにと、冒険者ギルドに。
アミラは最近何やら睡眠時間を削って皆が寝静まる時間に出歩いているのか、熟睡中。
アリスは永遠のお茶会と此方を行ったり来たり。
アルケミラとクラリッサは、公国の文化を学びつつ取り入れるべきものを探しているようで。
「……はふ」
『エルちゃんは本当にここが好きだのう』
そして、俺はと言えば。
人型になったルシエラと共に、以前メガデスと出会ったどうぶつ喫茶でまったりとした時間を過ごしていた。
今日膝の上に載せているのは、今の俺からしても小さな子猫。
もふもふしていて、柔らかくて、軽く撫でると甘えるようにお腹を見せつつ足を絡めてくるのが、何とも言えず癒やされてしまう。
「おーよしよし。いい子だなーお前はー」
『猫撫で声まで出しおってからに。私はそんな事してもらった覚えがないぞ』
「何だ、ルシエラ。お前そんな風に扱われたいのか?」
『……冗談じゃ』
珍しく顔を赤らめながら視線を逸したルシエラに、軽く首をかしげつつ。
俺は膝の上の猫が丸くなったのを見れば、撫でるのを止めてテーブルの上の飲み物に口を付けた。
――魔王との対話ではなく、魔王を殺す――謂わば、あの日の少年のようになると決めた日から、数日。
あの女のことについてうだうだ聞き出すよりも今の目標の方が性に合っているからか、アリス達との夜の特訓も若干ながら、進展があった。
アルケミラとの特訓では、先日ようやくアルケミラの片腕を斬り落とす事に成功したし――無論、その後狂喜したような顔をしたアルケミラに容赦なく叩き潰されたけども。
アリスとの特訓でも、大分長い時間手足を維持出来るようにもなってきたし――結局掴まってアリスの腕の中で猫可愛がりされたりするけど。
「……まだまだ遠いなぁ」
進展はあれど、まだ目標には程遠い事を思い出して、小さく息を吐く。
以前の身体……というよりは、普通とは違って今の身体は成長しない、というのも立派な足枷になっていた。
ルシエラをより上手に、巧みに操る以外の伸びしろがないと言うのは、中々にもどかしく。
毎晩毎晩……というか、これまで散々死闘を経験してきたこの身体は、未だにぷにぷにでぽよぽよな、頼りない身体のまま。
何一つ成長した様子のない俺自身に呆れつつ、じゅるる、と少し音を立てながら飲み物に口を付ける。
『これ。行儀が悪いぞエルトリス』
「お前に行儀を問われるとは思わなかったぞ、ルシエラ……」
行儀とは縁遠いであろうルシエラにそんな言葉を口にされてしまえば、俺は苦笑しつつ――まあ、それも悪くないか、なんて。
以前のように相棒でありながら道具ではなく、相棒であり自らの一部と感じることが出来るようになったルシエラに視線を向けながら。
「ほら、お前も何か頼んどけよ。結構悪くないんだからさ、ここ」
『ん……それもそうだの。私としてはエルちゃんの仕草を見ているだけでお腹いっぱいじゃが――』
「――それでは、貴方達は外で待っていなさい。荷物をしっかり見張っておく事」
「は、はぁい……わかりまちたぁ」
「了解、ですわぁんっ」
ルシエラの世迷い言に苦笑していると、不意に――何やら、どこかで聞いたような。
何処で聞いたかは思い出せないけれど、聞き覚えのある声が店の外から聞こえてきた。
視線を向けてみれば、外には白い布地に金の装飾品で着飾った背の高い女性と、ソレとは対照的な黒いローブを身にまとった少年。
……そして、その二人の奴隷か何かなのだろうか。
肌の透けた布地に金色の装飾品だけ、という余りにも露出過多な格好をした女性たちが、顔を赤らめながら荷物の側で腰を下ろして、いて。
「……うわぁ。うわぁ」
『これまたど偉い格好だのう……エルトリス、ああいう格好に興味は?』
「ば……っ!馬鹿いうなっ、誰があんな格好するかっ!」
思わず、見ている側だと言うのに顔を熱くしながら。
ルシエラの言葉に慌てて反論しつつ――何やらルシエラが、そういう意味で言ったんじゃないんだがのう、とか言っていたけれど――俺は、その金色の主従から視線を外した。
ああいうのとは関わり合いにならないのが一番だ。
折角もふもふにいやされに来たというのに、何が悲しくて気苦労をしなければならないというのか。
「へぇ……本当に変わっていますわね。足元に注意なさいな、ノエル」
「はいっ、ちゃんと見ているので大丈夫ですっ」
こつん、こつん、こつん。
そんな此方の気持ちなど知らずに、主従はどうやら俺たちの隣に腰掛けるつもりなのか、足音が聞こえてくる。
ああいや、そもそも結構人気の店だからそこくらいしか席が空いてないのか。
まあそれならそれで、視線も向けず関わらなければ良いだけだろう。
「さて、と……それでは私はこの一番高額な飲み物を――」
……そんな風に考えて。
白い布地を身にまとっている女性が俺の隣を通れば、ルシエラが何かに気づいたように視線をその女性に向けた。
まるで何かに驚いているかのような、ルシエラにしては珍しい表情。
「どうした、ルシエラ?」
『……いや、まさか』
「あら……何か用かしら?因縁をつけられるような覚えは――」
ルシエラからの視線に気づいたのだろう。
女性が少しムッとした様子で言葉を紡ぎつつ……しかし、唐突に言葉を途切れさせる。
視線を感じて女性の方を見れば、何やら女性は俺の顔を見て固まっている様子で。
いや待て、俺はまだ何もしていないのに――……
「……んん?」
『おいエルトリス、こやつ、まさか』
「――っ、な、ななっ、なぁ――ッ」
「……?どうかしたんですか、エルドラド様?」
「ば――っ、ノエル、しーっ、しー……っ!!」
……エルドラド。
何か、何処かで聞いたことのあるような名前と……そして、見覚えのある顔。
よく考えれば、あの奴隷たちが着せられていた装飾品にも見覚えがある。
そう、あれは確かワタツミを取りに行く最中で――……
「っ、お前――ッ」
思い出した。
思い出すのと同時に顔が一気に熱くなる。
俺にあんな、あんな――あんな、恥知らずな格好をさせて弄ぼうとした魔剣。
確かにあの時、怒りに任せて叩き潰した筈なのにまだ生きてやがったのか――!!
「……っ、ストップ、ストップですわっ!こんな場所で争うおつもりですの!?」
「ぐ……っ」
『……よくもまあ生きていたものじゃな』
「え、えっと……エルドラド様、お知り合いですか?」
あんな格好をさせられた事を思い出して、顔を熱くしながら。
そのまま殴りかかろうとした俺を、エルドラドが正論を盾に躱そうとすれば――それを無視してやってしまおうかとも、一瞬だけ考えたけれど。
エルドラドの隣に立っている少年を、そのエルドラドの従者とは思えない毒気のない様子を見せられてしまえば、俺は小さく息を吐き出して。
「取り敢えず、その。店員さんも睨んでいますから、座りましょう?子犬や子猫達も、怯えていますから、ね?」
「……わかった、わかったよ」
見れば、先程まで俺の膝で丸くなっていた子猫は怯えた様子で遠くに逃げてしまっており。
従者の至極もっともな言葉に、俺は顔に溜まった熱を収めるように、頬を軽く抑えれば――顎で、エルドラドに隣の席に座るように促した。
……さて、ここでは抑えるとしても。
散々俺を辱めた挙げ句、のうのうと生きていたこいつを一体どうしてくれようか――




