20.続・夜の公国にて
深夜の公国。
もう衛兵くらいしか起きていないであろう時間に、公国を囲う城壁の上で、チカチカと閃光が瞬いていた。
ピンクのフリルドレスに身を包んだツインテールの少女――メガデスが弓の弦を弾く度に、閃光とともに矢が放たれたかと思えば、遥か彼方で小さく炸裂音が鳴り響く。
常人には何が起きているかも見えないような闇夜の森であっても、メガデスにとっては目眩ましにさえならないのだろう。
つい先日休日を満喫したばかりのメガデスは、以前のように悪態をつく事もなく淡々と、本当に淡々と、冒険者たちが徒党を組んで長時間かけて倒すような魔族を処理していた。
「――何か用かなっ☆」
そんな彼女が、唐突に。
闇夜の森から視線を動かすことも無く、言葉を口にすれば――音もなく彼女に近づいていた影が、びくりと震えた。
そんな影の様子にメガデスは動じることもなければ、特に警戒する様子もない。
悪意が感じ取れなかった、というのも一つの理由だが、何より大きいのはその力量差だろう。
メガデスはその影を警戒するに値しない存在と判断して、だからこそ気さくに言葉を口にしたのだ。
……恐らくは、メガデスに近づいていたその影もそれを自覚していたのだろう。
軽く息を吸って、吐いて――緊張している自身を落ち着かせるようにすれば、メガデスの側に立った。
背中に大きな、身の丈ほどの弓を携えた、若草色のエルフ――アミラは、メガデスが再び矢を放ち、少し過ぎたのを見計らってから口を開く。
「……夜分遅くに、申し訳ない。少し、時間を貰っても構わないだろうか?」
「お話くらいなら大丈夫☆今日はそんなに忙しくないからねっ☆」
アミラの言葉に、メガデスは気さくにそう返しながら三度、闇夜の森に向けて矢を放った。
一瞬後に響く炸裂音が、その一矢が決して適当に、当てずっぽうに放ったものではないのだと、アミラに理解させる。
大森林では一番であった自身よりも、明らかに格が上の弓手。
単純な戦力としての格ではなく、同じ物の担い手として明確に上に立つ者を前にして、アミラはその胸元を軽く抑え込みながら――
「……恥を承知で頼みたい。私に、弓を教えてもらえないだろうか」
「――あん?」
――深々と頭を下げつつ、そんな言葉を口にして。
その途端に、メガデスはその気さくな、話しやすそうな雰囲気を一変させた。
今まで気さくに言葉をかわしつつも一瞥さえしなかったアミラにメガデスは視線を向ければ、その姿を頭からつま先まで軽く睨め回し。
「帰れ。私は暇じゃねぇんだよ」
そして、そのままアミラから視線を外せば、再び闇夜の森に向けて雷光を放った。
メガデスは別段、アミラに対して意地悪をしている訳ではない。
実際問題として彼女は酷く忙しいし、つい先日とった休日だって本当に久方ぶりの物で。
ただ、それ以上にメガデスはアミラに対して物を教える気にはなれない理由があった。
「っ、頼む。私はどうしても――」
「――もう十分お前は強いよ。それ以上求めたって不毛だ」
――メガデスははっきりとそう言葉にしてから、再び矢を放つ。
「軽く見た感じ、この公国じゃ私以外にお前に勝てる弓使いは居ねぇよ。それじゃあ不満か?」
そう、メガデスはアミラに物を教えるという事に対して、意味を見出だせなかったのだ。
事実、アミラの弓の腕は元より障害物が多い大森林においても随一であり、それから彼女は旅の過程で更に腕を上げている。
そんな彼女がこれ以上腕を上げて何になるというのか、と。
そしてそれにメガデス自身が時間を割く価値はあるのか、と――メガデスは言外に告げていて。
しかしアミラは、視線をうつむかせる事さえなく、軽く深呼吸をすれば、物怖じすること無く口を開いた。
「……私の尊敬する仲間は、仲間たちは、魔族との戦いに身を置いているのだ……です。だから、私はもっと強くならなければ」
「今のお前でも十分助けにはなれるだろ。一人で魔族を倒さなきゃならないわけでも――」
アミラの言葉に呆れつつ、メガデスは軽くそう返しながら、矢を放って。
「――ああ。そうなりてぇのか」
――そして、不意に。
以前メガデス自身が経営にも口出ししている喫茶に居た、あの奇妙な面々を思い出して、眉を潜めた。
二人の尋常ならざる魔族と、魔剣を携えた一人の少女。
相手の抱く感情を色として認識できるメガデスは、その三人が完全な善良ではなくとも悪ではないと理解出来ていた。
もし、この弓使いが彼女達の仲間であったとするのならば――これだけの腕を持っていてもなお不足だと思ってしまうのも仕方ないのか、と小さく息を漏らし。
「……はぁ。判ったよ、片手間で良いなら教えてやる」
「ほ、本当か――ですか!?」
「口調は無理すんな。見てて痛々しい」
ため息まじりにそう言えば、再び闇夜の森に向けて矢を放ちつつも、メガデスは視線でアミラに隣に立つように誘導すれば、アミラは慌てた様子で魔弓を手にして、構えた。
「先ず……そうだな、今のお前の全力が見たい。撃ってみな」
「あ……ああ、判った」
そんなアミラに、一瞬だけ矢を放つ手を止めつつ。
メガデスはそう言葉にすれば、視線をアミラの方へ向けて――そして、矢を番える彼女の姿を見れば、ふむ、と小さく声を漏らした。
「ちょい右な」
「え、あ――ああ」
荒れ狂うような風を矢に纏わせながら、アミラはそれを引き絞れば、闇夜の森に向けて放ち。
一瞬後に、木々の枝が折れるような音とともに、何かの断末魔のような声が闇夜の森から響いてくれば、メガデスは軽く頷きつつ。
「40点かなっ☆」
「え」
「力をちゃんと纏められてないねっ☆お手本は――こうっ☆」
いつもの調子に戻ったメガデスの言葉に戸惑いつつ。
ちゃんと力は纏わせているのに、とアミラは疑問符を頭に浮かべる――が、それを口にはせずに、メガデスに注視した。
メガデスが軽い調子で言葉を口にしながら矢を引き絞れば、瞬間、矢は眩く光り――そして、雷光の如き疾さで闇夜の森へと放たれて。
刹那の後、鳴り響いたのはパァン、という炸裂音のみ。
アミラが放った矢のような余分な破壊など一切起こさないソレは、闇夜に紛れて人の領域を侵そうとする魔族に警戒さえも許さない。
改めて、自らとの格の違いを見せつけられたアミラはごくり、と息を呑み――
「キミは取り敢えず矢を放つより、矢にさっきの力を全て集中させる所からかなっ☆」
「……っ、ああ、判った!」
――そして、そんな格上に物を教えてもらえるという事に、喜びながら。
言われたとおりに矢を番えれば、自らが今まで纏わせるだけだったその力を全て、一本の矢に集中させはじめた。
そんな生真面目とも言えるアミラの姿に、メガデスは口元を軽く緩めて。
「――あ。失敗するとちょっと痛いから気をつけてね☆」
「え……わ、ひゃあぁっ!?」
手元の矢を有り余る力で破裂させたアミラに可笑しそうに笑いながら、再び闇夜の森に向けて雷光を放っていった。




