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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第七章 少女たちの安息日
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18.そして、見失う

「――♪」


 穏やかな日差しが降り注ぐ中。

 鼻歌交じりに俺の隣を歩くアリスと、保護者役として後ろから着いてきているアルケミラに囲まれながら、俺は小さくため息を漏らした。


 ――昨晩は、結果としては()()()を得るまでで終わった。

 ルシエラの鎖で作り上げた手足は確かに強力でこそあったが、維持する事が難しく、一度崩れてしまえば繕うことさえ容易ではない。

 結局俺はあの後、何度もおもちゃに掴まってはアリスの着せ替え人形として遊ばれて……


「……は、ぁ」

「どうかしたのですか?」

「いや、何でも無い」


 ……思い出すだけで顔が熱くなる。

 昨日メガデスに服を見繕ってもらった時は、何だかんだ気に入ったりしたけれど。

 やっぱりこう、何というか――余りにも女の子女の子し過ぎた格好は、させられてしまうと恥ずかしくて仕方がない。


 ともあれ、取っ掛かりは得たのだから後は練度を上げるだけ。

 元より、以前より遥かに虚弱になってしまった身体をルシエラで補っていたのだから、ルシエラをより上手に――思いのままに扱えるようになる事こそ、強くなる唯一の術なのだ。


 ……こんな最初から辿り着いていた、見えていた筈の答えを理解するのに随分と時間をかけてしまったけれど、まあ気づけただけ良いだろう。


「えへへ、楽しいねエルちゃんっ」

「ん、まあそうだな――っと、と」

『ぬ……む、ぅ。やはりまだ集中が切れると駄目だのう』


 アリスの言葉に軽く返しつつ。

 その途端に、ルシエラの鎖を用いて手元で作っていたもの――ぬいぐるみ状の何か――が綻び、崩れてしまえば。

アリスはそれを見ながら悪戯っぽく笑みを零しつつ、ぽんぽん、と俺の頭を帽子ごと撫でてきた。


「ふふっ、まだまだだね♥」

「う、ぐ。急に声をかけてくるから……」

「言い訳とは感心しませんよ、エルトリス。ほら、もう一度です」

「ぐぐ……っ、わ、判ってるよ」


 頭を撫でられ、上から窘められれば顔を熱くしつつ、再び両手を軽く合わせ、開いて――その間で鎖を編んでいく。

 鎖の編み物、といえば簡単そうに聞こえるが、実際は毛糸の一本一本を自分の意志で操って編み上げるような物なのだから、堪らない。


「エルちゃんなら大丈夫、きっと出来るようになるから――ね♥」

「ん……っ、ああ、出来るようにならないと、な」


 以前アルーナとの戦いでやったように、乱雑に鎖を纏め上げて形を作るよりもより難解な行為を行いつつ。

 アリスに軽く寄り添われれば、笑みとともにそう返して、俺は集中を途切れさせないように街中を歩いていった。


 何れは、集中せずとも、意識せずとも形を作り、それを維持できるように。

 それさえ出来るようになったのならば、きっともっと戦いの幅も広がるし――それ以上に、今以上に強くなれるであろうことは、俺自身判っていたから。








 そうしてしばらくの間通りを歩きつつ、アリスやアルケミラにちょっとした妨害を受けながら。

 昼時が近くなってきた事もあって、俺達は噴水の近くにあったベンチに陣取れば、軽く昼を済ませる事にした。


「昼食はお任せします。この辺りのものは大概、食したことが無いものですから」

「私もエルちゃんに任せちゃうね♥」


 二人のそんなある種、最も困るような言葉を受けながら。

 俺は一旦人型になったルシエラと共にその辺りの出店に向かえば、周囲から漂う様々な匂いに惑わされつつ。


『私は肉が良いのう。エルちゃんはどうじゃ?』

「俺は……軽いのが良いな。あんまり重たいと、眠くなりそうだし」


 結局、俺は比較的軽めなパン系を。

 ルシエラは自分の好みに合わせて肉系を複数、手分けして四人分になるように注文して。


「一人で買い物なんて偉いね、お嬢ちゃん。これはオマケだよ」

「――……」


 にこやかに、一切の悪意なく。

 全くの善意で優しくそう言われてしまえば、俺は顔を少し熱くしながらも、軽くこくん、と頷いて返しながら、頼んだ分よりも少し多めにパンを受け取った。


 そうして、ベンチで待っていたアルケミラ達と合流すれば、買ってきた物を適当に四人で分けていく。


 俺とアリスは少なめに。

 アルケミラはすべての種類を少しずつ口にするように。

 そしてルシエラは、肉を中心に。


 穏やかな日差しの中、気ままに昼食を取りながら――そう言えば、と。

 不意に、俺は目の前に居る二人が魔族であり、そのトップとも言える六魔将である事を思い出した。


 ……いや、別に忘れていた訳ではないのだけれど。

 どうせ、何れ直接会いに行くんだから聞いても仕方ないか、とも思っていたのだけれど。

 丁度いい機会だし、二人に魔王の事を聞いてみてもいいんじゃなかろうか――?


 そう、俺ではない魔王。

 かつて蔑称として魔王と呼ばれていた俺とは違い、魔族から畏敬にも似た響きで魔王と呼ばれる、それ。


 俺がこの身体に押し込まれる前から共通しているその名を持つそいつならば、あのクソ女の事について何か知っているんじゃないか、という希望。


「なあ、アリス、アルケミラ」

「ん……どうかしたのですか、エルトリス?」

「どうしたの、エルちゃん?」


「――二人は、魔王ってどんな奴か知ってるのか?」


 ――その言葉を口にした瞬間、アルケミラは――否、アリスまでもが身体を僅かに硬直させた。

 それは、今まで見たこともない反応。

 アリスもアルケミラも、表情を一変させながら――ぱくり、と手にしていた物を口にすれば、小さく息を吐き出した。


「……それを聞いて、どうするつもりですか?」

「どうする……っていうか、確かめたい事があるだけだけど」

「確かめる――んー、少なくとも()()魔王くんに会っても無理だと思うよ?」

『今の……とはまた、含みがある言い方じゃな?』


 アリスの言葉に、ルシエラが軽く首をひねる。

 今は。ということは、今でなければそういう事が出来る時期がある、という事で。


「私はどのような事であれ、魔王と会う事はお勧めしません。例え貴女が私の配下になったとしても、です」

「……いや、配下になるつもりはないけども。何でだ?」


 しかし、アリスの言葉をアルケミラは頭を振って否定した。

 魔族の側に立ったとしても、それだけはしてはいけない、と真剣な顔をしているアルケミラを見れば、きっと何かしらの理由があるのだろう事は、想像出来る。


 それを問えば、アルケミラは少し悩みながら――まるで、それを口にして良いものか決めあぐねているかのような表情を見せながら。

 そんなアルケミラの肩を軽く叩けば、アリスは頭を振って、そして俺の顔を覗き込んだ。


 ――その表情は、以前……そう、永遠のお茶会で、俺とアリスが友人になる直前に見たあの顔。

 少女であるアリスではなく、六魔将アリスとしての顔を見せながら、彼女はゆっくりと言葉を紡いでいく。


「エルちゃん。魔王くんはね、今はぐっすりと眠っているの」

『……眠っている?封印されておるという事か?』

「いえ、文字通り眠っているのです。かつて、光の壁が築き上げられた時の戦いが元で……とは言われていますが」


 それが、恐らく今会ったとしても無理だ、という理由。

 力を蓄えているのか、あるいは純粋に眠っているのか、それは判らないけれど……意識がないというのであれば、確かに会った所で望みは叶わないだろう。


「それでね――もし目覚めたとしても、エルちゃんと魔王くんじゃ、会話なんて出来ないわ」

「……それは、力とかそういう意味でか?」

「ううん。例え、私達と同じくらい強くなっても、言葉なんて交せないの」


 俺の言葉を、アリスは頭を左右に振って否定する。

 ……力が足りない、というのはまあ多分合ってはいるのだろうけれど、恐らくはもっと根本的な問題があるのだろう。


「魔王くんはね。人間を、滅ぼす存在だから――だから、絶対に会っちゃ駄目」


 ――人間を、滅ぼす存在。

 よくよく考えてみれば、魔族からして人間とは敵対的だった。

 その大本であろう魔王がそうである事は、ある種当然の事で――でも、だとすれば。


 ……あのクソ女の事を知る術が、手がかりが、絶たれたという事でもある。


「――大丈夫。エルちゃんたちは私の世界でちゃんと保護するから、ね♥」

「アリスがそうしなくとも、私が保護しますから。ですから、安心して下さい」


 俺の表情が強張った――あるいは沈み込んだのを見たからか。

 アリス達のそんな、暖かな言葉を受けながらも、何の反応も返すことができなかった。


 ――この身体になってからの大目標。

 俺はあの女への復讐する為の道筋が途切れた事に、思考が停止してしまっていた。


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[一言] おっと~
[一言] ささやかな休日で事態が大きく動く...!
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