17.想像力の翼
「へー、それでエルちゃんそんなおめかししてたんだ!可愛いっ♥」
「お、おめかしとかいうなよ……」
宿に戻った後。
各々の用事を済ませて戻ってきた俺達は軽い夕食を取れば、再び各々の部屋で夜の準備をしていた。
アリスは俺の格好に目を丸くしつつも、何処か楽しげに、微笑ましいとでも言うかのような素振りを見せてきて。
それが無性に気恥ずかしくて仕方なかったものの、それを顔を熱くする程度で何とか抑え込みつつ。
俺は――今夜の訓練で服が駄目にならないように、ちゃんと寝間着に着替えてから、ベッドの縁に腰掛けた。
「えへへ、私も今度エルちゃんと一緒にお買い物に行きたいな」
「ん……」
ぽふん、と飛び乗るように俺の隣に座り込むと、アリスは軽く身体を寄りかからせてきて。
ふわりと香る仄かな甘い香りに、少し心地よさを覚えながらも、俺はその身体を軽く支えるようにすれば、小さく息を漏らし。
「……別に、こっちに居る内に行けばいいだろ。それこそ明日でも良いし」
「いいのっ?」
『別に遠慮する必要もなかろう。別段、昼間はなにか用事が有るわけでもないからの』
「~~~~……っ♥」
俺とルシエラがそう口にすれば、アリスはプルプルと震えながら。
口元をにんまりと緩ませれば、表情を一気にほころばせて――
「ありがとっ、エルちゃん、ルシエラちゃんっ♥」
「と、と……っ、一々大げさだな、ったく」
『こうしておれば、ただの子供なんだがのう……』
――そして、俺とルシエラを纏めて抱くように、ぎゅうっと身体を押し付けて、きた。
柔らかく暖かな感触に、少しだけ胸を高鳴らせつつ。胸元の大きな塊がむにゅり、とアリスの体で潰れてしまうのが、少しだけ気恥ずかしい。
ルシエラの言葉通り、こうしていればアリスは無邪気な、本当に無邪気な子供なようで、微笑ましいのだけれど――……
「……それじゃ、アリス。今夜も頼めるか?」
「あ――そうだったね、うんっ。えへへ、頑張ってねエルちゃんっ♪」
……俺がそう口にすれば、アリスは思い出したかのように、ちょっと恥ずかしそうに笑いながら。
そのまま、俺に押し付けていた体をゆっくりと、俺の方へと傾けて――
「――……っ、え、あっ」
ぐらり、と体が揺れる。
先程まで支えられていたアリスの身体が、支えられなくなっていく。
ああ、また――また、あの姿にされてしまうのかと思えば、憂鬱で恥ずかしくはあったけれど。
アルケミラとの夜がそうであったように、きっとアリスとの夜で得られるものが有るに違いないと、俺はそれを何とか飲み込んだ。
「む、ぎゅ……っ」
「ふふ、今日はもーっと、やっちゃおっか……♥」
「……っ、~~~~……っ!?」
――飲み込んだ、のだが。
アリスの体がどんどんどんどん、重く、大きくなっていく。
ベッドの上だから押しつぶされるなんて事は無いけれど、それにしたっておかしい。
いったい、俺は、どこまで――……っ。
「……ん♥ふふ、今日はこれくらいでやってみようね、エルちゃん♥」
「っ、ぷ、ぁ……っ」
息苦しさから開放されれば、俺は思い切り息を吸い込みながら、俺を見下ろしているアリスの顔を見た。
その表情にあるのは、可愛らしい物を見た時に浮かべるような笑み。
それは、以前――前回のアリスと、何も変わらない。
ただ、何故か。
俺が寝転んだ状態だからかも知れないけれど、気のせいか、アリスが嫌に大きい、ような気がして――……
「……っ、あ、ぶ……だ、ぁ……っ!?」
……そして、声をあげようとして、俺は絶句した。
以前のように舌が回らない、どころの話ではない。
舌が、言葉を発するように動かすことが出来ない。
否、それどころか手足に完全に力が入らず、まっすぐ伸ばす事さえ出来なくて。
僅かにでも動かせば、たったそれだけで俺は疲労を感じてしまって、いて。
『え……エルトリス、か?』
「あ、ぅ……うぅー……っ!!」
ルシエラの言葉に答えようとしても、口から出るのは意味を成さない声――否、音ばかり。
一体どうなっているのか、と俺は頭を上げることさえ出来ない中、唯一満足に動かせる視線だけを身体に向けて。
――そして、今度こそ完全に言葉を失ってしまった。
そこにあったのは、自分のものとは思えないほどに――いや、確かに今の俺の身体は虚弱で弱っちいけれど――矮小で、稚すぎる身体。
短く小さい手は精々相手の指を握るのが精一杯で、まだ個別に動かす事さえ出来ず。
開いたまま、閉じることさえ叶わない足に至っては軽く曲げ伸ばしするのが精一杯、で。
……まだ筋肉なんて微塵もないその身体は、最早幼児という事さえ出来ない、文字通りの赤子……乳児、そのものだった。
「……っ、ぁ……う、あーっ!」
「後は、こうして……っと。ルールは前と同じだよ♥」
文句を口にしようとしても、口からは言葉なんてものは出てこない。出てくるはずがない。
何しろそんな機能は、この身体には備わっていないのだ。
そんな俺のことを見下ろしながら、アリスは指先で虚空を撫でれば、それだけで俺の身体はふわりとした柔らかな布地で包まれて。
そのままアリスは一方的にそんな言葉を口にすれば、前回のようにおもちゃ達を次々に作り上げていった。
馬鹿な。
前回はまだ、辛うじて身体を動かす事はできたけれど、今回はそれさえも奪われた。
こんな状況で鬼ごっこなんて、一体どうすれば良いと言うのか――!?
「……っ」
……違う。
考えろ、アリスだって何の意味もなく、ただ弄ぶ為にこんな事をしてるわけじゃない。
以前のアリスなら判らなかったけれど、今のコイツはそんな奴じゃあない。
思い出せ。
アリスが言っていたことは何だった?
――エルちゃんは、もう答えは見えてる筈なのに。
確か、アリスはそんな言葉を口にしていた。
既に答えを見ているのに、どうして解らないのだろう、と、アリスは寧ろ不思議そうに首をひねっていた。
答えは見えているのに、気づいていない。
考えれば考えるほどに判らなくなる。
「ほーらエルちゃん♥早く起き上がらないと掴まっちゃうよ?」
『……っ、エルトリス!兎に角私を纏え、そうすれば這いずって逃げるくらいは――』
それでも、考えろ。
ずっと、強い奴と戦う時はそうしてきたじゃあないか。
今は死地だとかそういう訳じゃあないけれど、それでも――これ以上、アリスを失望させたくはない。
だから、この身体でも出来る事を――……
「……ぁ」
……そこまで、考えて。
俺はようやく、アリスが俺をこんな身体にした理由に思い当たった。
馬鹿か、俺は。
何がこの身体でも出来る事を、だ……!!
「っ、あ、ぅー……っ!」
『……っ、ああ解った!人魔合一――っ!』
幸い、俺が言葉を発する事さえ出来なくても、ルシエラなら俺の考えている事を理解してくれる。
俺はルシエラを纏うようにすれば、思考を巡らせる。
この身体でもとか、そんな事は何の関係もない。
それこそ身体が羽虫にされようが、子犬にされようが何の関係も無かったんだ。
「――うん。やっと気づいたんだね、エルちゃん♥」
アリスの言葉に、気恥ずかしくなってしまう。
そう、アリスの言う通り――最初から、俺は答えを知っていたのだ。
人魔合一を使う以前から、この身体になってから、俺はずっとルシエラを扱って戦ってきた。
最初は拙く振り回すだけだったけれど、それでもルシエラは俺の意図通りに伸縮したり、姿を縮めたりしてくれていたんだ。
人魔合一に至ってからは、その幅は更に広がった。
鎖を篭手にして、円盤を周囲に展開して。
それだけじゃあない、アルーナとの戦いの最中で俺は鎖を操り、編み上げ、別の形を作り上げる事さえやってきたのに。
「……っ、あ、ぅ……っ!」
……だから、それこそが答えだったのだ。
アリスは最初から一貫して、これを教える――あるいは鍛えるつもりだったのだ。
自分の体には一切頼れない状況で、どうすれば迫りくる物から身を守れるのか?
答えは酷く単純だった。
『……っ、しかし、これは――中々に堪えるのう……っ!!』
ルシエラが珍しく、苦悶の声をあげる。
それも仕方のない事だろう。
何しろ、今ルシエラは、俺の意思通りに――俺の身体を核とした、鎖で出来た人型を形作り続けているのだから。
今までやってきた、戦いの最中に巨腕を作り上げて殴ったら即解除、みたいな形ではなく形作ったものの維持は予想以上に難しく、俺も頭が軽く赤熱しそうになっていた、が。
「さ、それじゃあ鬼ごっこスタート♥今日はちょっぴりスピードアップしちゃおっか――」
そんな事はお構いなしに、アリスは無慈悲にも、無邪気にもそんな事を口にすれば。
以前の倍では効かないようなスピードで、おもちゃ達が俺達に迫ってきた。
上等だ。
やり方さえ分かれば後は数をこなすだけなんだから――俺はそう考えながら、既に綻びかけている鎖を引き締め直して、アリスが作り出した空間の中を駆け出した。




