16.少女のお色直し
「最後に帽子を被せて……っと☆」
「い、いや、これはいらないんじゃ――」
『何を言っておる。似合っておるぞ、エルちゃん♥』
ぽふん、と頭に載せられた帽子に顔を熱くしながら。
ルシエラもメガデスも、俺の疑問をあっさりと一蹴すれば、軽く俺の髪を整えて。
「ほら、でーきたっ☆」
「ちょ……っ、――……」
そして、メガデスは俺の顔を鏡の方に向けさせれば――そこに映っているモノを見て、俺は軽く硬直してしまった。
それは、決して辱められているから、というわけではなく――
「――おまたせっ☆」
「随分と時間がかかりましたね。一体何、を」
「……これは」
――メガデスに軽く手を引かれながら、リリエルとアルケミラの元へと戻る。
確かに辱めるような、恥ずかしい服装ではない……のだけど。
それでも、やはりそれを衆目に晒すというのはどうにも気恥ずかしくて、俺は視線をうつむかせていた、のだけど。
「とても良くお似合いです、エルトリス様」
「……そ、そう、か?」
それも、リリエルの言葉に軽く、いとも簡単に氷解した。
似合っている、と言われて悪い気がする訳がない。
特に今の格好は、その、何というか――俺自身も悪くない、というか、良いな、って思ってしまったものだから。
赤と白を基調にした楽団風の服は、肩口から大胆に切り取られており、腋も、そして……服に窮屈に押し込まれている胸も、横から少し見えてしまっていて。
スカートは以前のものよりも大分短く、膝上まで露出しているけれど、かえって動きやすく。
両腕には赤のアームカバーに、白い布地に軽く金の装飾を施した篭手のようなモノを。
両足には篭手と同じ意匠のブーツを履いて――露出が増えてしまったのはやや恥ずかしかったけれど。
「ええ。良く似合っていますね、少し驚きました」
「折角の素材を腐らせたら勿体ないからねっ☆」
『いつまでも同じ服では台無しだからのう』
「帽子も髪型も、とても可愛らしいです。メガデス様、代金は――」
「そ、っか。そっか」
こう、手放しに褒められてしまうと、どうにもこう、心がふわふわと浮ついてしまう。
頭に被せられた、白い――犬の垂れた耳をあしらったような帽子を軽く撫でながら、俺は小さく呟けば。
「――えへへ」
「わぅん」
「ん。よしよし」
つい、嬉しくなった気持ちを口から溢れさせつつ。
足元に寄ってきた犬の頭を優しく撫でながら、表情を緩ませた。
化粧だとか何とか、色々と面倒くさかったけれど。
こうして、可愛いとか、似合っているとか言われてしまうと、それさえも悪くないような気がしてしまって――
『エルちゃんも思わぬ所で女の子の階段を登ったのう?』
「……へっ?」
――そんな、浮ついた気持ちの俺の耳に、ルシエラのそんな言葉が届いた。
女の子の、階段?
『可愛らしい格好をして、身嗜みを整えて、喜ぶ。立派な女の子じゃぞ?』
「え、あ……い、いや、だって、似合ってたし……っ!」
『そういう思考が女の子という事じゃなぁ』
ぼん、と、一気に顔が熱く、熱くなっていく。
言われてみれば、そのとおりだ。
可愛い格好――いや、似合っている格好をして、身嗜みを整えて、褒められて、喜んで。
これじゃあ本当に、女……いや、小さい女の子みたいな思考じゃあないか……っ。
「ぐ、ぐ……っ、うぅ……」
「……あれ?どうかしたのかなっ☆」
「い、いや……」
そう理解してしまうと、途端に恥ずかしさで頭が一杯になってしまう。
この格好は動きやすいし、可愛いし、決して悪くない……というか、凄く良いと感じてしまっているのが、妙に恥ずかしくて仕方ない。
化粧だって覚えてみてもいいのかな、なんて思ってしまった自分が恥ずかしくて、恥ずかしくて――
『……それじゃあいっそ元の服に着替えて帰るかの?』
「や、やだっ!」
――だというのに。
ルシエラからそんな事を口にされれば、思わず、反射的に俺は声を上げてしまった。
『ぷ……ふふふっ、冗談じゃ冗談。私もエルちゃんにはよく似合ってると思っているからの』
「……あ、あぅ」
ルシエラの小さな笑い声と、優しい声に耳まで熱くしながら。
顔どころか身体まで熱くなってくれば、俺は足元にすりすりと寄ってきた子犬を軽く抱くようにしつつ、大きく息を吸って、吐いて。
「――メガ、デス」
「ん?」
「その……ありが、とう」
そう言えば、口にしていなかったな、と。
この服を選んでくれたメガデスに、小さな声で礼を口にしつつ、子犬と一緒に椅子に登れば。
メガデスは少しだけキョトンとした様子を見せつつも、優しげに、そして嬉しそうにはにかんだ。
「……いい子、いい子☆またおいでねっ☆」
「ん……っ」
ぽんぽん、と頭に載せた帽子ごと撫でられれば、不思議なくらいに心地よく。
俺は軽く目を細めながら、その心地よさをしばらくの間享受して――
――そうしてしばらくすれば、メガデスは店員達に軽く声をかけてから、店を後にした。
英傑なのだし、きっと色々忙しかったりするんだろう。
俺はようやく冷めてきた熱に安堵しながら、すっかり冷めてしまったお茶を口にしつつ。
「本当に不思議な方ですね、貴女は」
「……ん、何が?」
アルケミラが不意に、膝の上に子猫を載せながら、指先で戯れてつつ俺の方に言葉を投げかけてくれば、首をひねってしまった。
そんな俺の様子を見ながら、アルケミラはくすくす、と口元を軽く抑えるようにしながら笑みを零し。
「昨晩私を殺そうとした貴女と、そうやって少女のように愛らしい貴女。一体どちらが貴女の素なのでしょうね、エルトリス」
「~~……っ、昨晩の方だ、当たり前だろ」
「ふふ、どうでしょうね」
『どうじゃろうなぁ』
アルケミラの言葉に顔を熱くしつつも、当然のように答えれば――何故か知らないけれど、アルケミラはさておきルシエラまでそんな言葉を口にして。
俺は大きくため息を吐き出しながら、リリエルが差し出してくれた水に軽く口を付けた。
……まあ、恥ずかしいとかそういうのは兎も角として、案外悪くはない外出だった、とは思う。
新しい服もだけれど、こうしてもふもふしてるだけでも大分癒やされたし、うん。
この分なら夜も……アリスとの夜もきっと、多分、何とかやっていけるだろう。
俺は帽子のたれ耳を指先で軽くいじりながら、そんな事を考えつつ。
宿に戻るまでの間、生暖かな視線を向けるアルケミラに妙に気恥ずかしい思いをさせられてしまったのだった。




