14.公国での日々④
「――公国の英傑?」
公国の街中を歩きながら、雑貨などを買い出ししている最中。
不意に、荷物を両手に持っていたアミラが、そんな事を私に聞いてきた。
なかなか大したもので、その細腕に大荷物を抱えた姿は中々に面白い――が、それはさておいて。
「お前なら、知っているのではないかと思ってな」
「……人の事を魔族に聞くの?全く」
私の言葉にアミラはむぅ、と小さく唸りつつ……それを少し可愛らしいと思いながら、私は頭の中に眠っている埃を被った記憶を掘り起こしていく。
――正直な話をすれば。
人とか魔族だとか、そういうのを抜きにして。
私はアミラを始め、エルトリスやリリエル――それから、アルーナとの戦いを共にした面々の事を気に入っていた。
以前ならその程度自分で調べなさい、と一蹴していた問いかけに答える気になったのも、そういう事。
今回アルケミラ様が直々に赴いてくださったのは、そういう意味でも実に有り難い。
アルケミラ様との力の差を、そしてその御威光を直に感じたなら、きっとエルトリス達だってアルケミラ様の元に着くことを嫌がったりはしないだろう。
「メガデス=ギガ=テラスケイル。名前くらいは知っているかしら?」
「ああ、弓を扱う英傑……という程度の事は、小耳に挟んだことは有る」
それはさておき、以前――将来は敵対する可能性の高い、それでいて油断ならない手合として調べた三英傑の記憶を掘り起こせば、私はその名前を口にした。
メガデス=ギガ=テラスケイル。
少女の外見はしてはいるが、年齢不詳の弓使い。
ピンク色の髪に少女風の甘ったるい服を着た彼女は、この国で光の壁を超えてくる魔族の掃討にあたっていた。
姿どころか口調さえも甘ったるいその有様からは想像も付かない程に、メガデスの扱う魔弓は強力無比で――私も、こちらに来る時はわざわざ面倒くさくて険しい、この国の近辺を通らずに済むルートを選んだ程。
「成程、やはり凄い手合なのだな、メガデスさんというのは」
「――ああ」
私の口にするメガデスの情報にふむ、ふむ、と小さく頷きながら歩くアミラを見ながら、私は不意に気づいてしまった。
そう言えば、アミラもまた魔弓使いだった。
ともすれば、自分の上位互換――とはまた違うか、自分より上の弓使いという者には興味があったのだろう。
何とも可愛らしいじゃあないか、なんて勝手に思いつつ。
私はひょい、とアミラが持っていた荷物を少し肩代わりすれば、言葉を続けていく。
「まあ、そうね。でも貴女もアルケミラ様との修練が終わる頃には、もっと強くなっているんじゃないかしら?」
「――ぐ。未だに良いようにされているようにしか思えないが」
「大丈夫よ、アルケミラ様はその辺りちゃんと考えていらっしゃるから――」
そんな言葉を口にしつつ、私達は買い出しを進めていく。
そう、アミラもリリエルも――そして、多分私も、一月後にはきっともっと、強くなっている事だろう。
そうした後で訪れる、あの魔族であれば誰もが忌避する六魔将であるアバドンとの戦い。
周囲を不毛の地にすることで隔離されていた――誰もが近づく事さえも怖れたソレが、一月後にはやってくる。
――ああ、どうか全員が無事であれますように。
私は以前感じた空虚さと苛立ちを再び味わいたくは無いと、強く、強く願ってしまった。
「……はふ」
もふもふ、もふもふ。
膝の上にずっしりとした重みを感じつつも、それを掌で撫でれば、思わず気の抜けた声が漏れてしまった。
「わぅっ」
「おーよしよし、いい子だ」
『エルちゃんはニヤケっぱなしだのう。まあ確かに獣とはいえ子供は可愛いものじゃが』
「……良く躾けられていますね。敵意の欠片も無いとは」
ごろんところがり、お腹を出した犬だか狼だかの子供のお腹をわしゃわしゃと撫でれば、自然と頬がほころんでしまう。
アルケミラの言う通り、このどうぶつ喫茶に居る動物たちには、どういう訳だか俺達に対する敵意というものが感じられなかった。
普通、見知らぬ相手を見た獣という物は少なからず警戒するものだ。
それこそ、俺達が移動に使っていた走り蜥蜴だってそうだし――それを御する為に、行者というのは必要なのだ。
だと言うのに、一体何故ここの獣達はこんなにも警戒心が薄いのか。
「こんなに警戒心がないと、連れ去られてしまったりが不安ですね」
「ふふ、それは大丈夫ですよ。店長達が躾けた子達ですから」
「というと?」
リリエルの言葉に自慢気に胸を張る店員に、アルケミラが首をひねる。
躾けた子達だから大丈夫――というのは、どういう事だろうか。
こうやって誰にでも無警戒になるように躾けた、というのであれば寧ろ心配しか無いと思うのだが。
わしゃわしゃ、もふもふ、と膝の上の子犬の体をなでつつ、テーブルの上にあるお茶を口にすれば、小さく息を漏らし。
リリエルも、アルケミラも各々気になった――もとい、気に入った獣を膝の上に、あるいは傍らに侍らせるようにしながら、店員に視線を向けて。
そんな俺達の視線に、店員は得意げに笑みを浮かべれば――
「実はですね。この子達の躾は――」
「――おサボりは駄目だよっ☆」
「ぴっ!?」
――不意に響いたその少し作ったような愛らしい声に、店員はびっくんっ!と肩を震わせた。
声の方に視線を向ければ、そこに立っていたのはピンク色の髪を左右で束ねた、如何にも少女風な服に身を包んだ少女が一人。
「私語は良いけど、あんまり話しすぎて仕事が疎かにならないようにねっ☆」
「は、はい、ごめんなさいメガデス様……」
「メガデスちゃんで良いってばっ☆ほら、お仕事お仕事っ☆」
頭を下げた店員に、気さくに声をかけながら。
少女は軽くピンク色の髪を揺らすと、俺達の方に視線を向けて――
「――……」
――刹那。
今まで見せていた可愛らしさが上っ面だけの物だと言わんばかりに、静かな、そして冷たい視線を俺達に向けてきた。
「……ゆっくり楽しんでいってね、お客さまっ☆」
が、それも一瞬。
まるでもう確認は済んだ、と言わんばかりに先程のような笑顔を見せれば、手を振りながら彼女は喫茶店の一角に座ると猫を膝に載せつつくつろぎ始めて。
「ふ、む。何か、品定めをされたようですね」
「……だな」
品定め、というのが正しい単語かはさておいて、どうやら俺達はメガデスのお眼鏡にはかなったらしい。
アルケミラが居るこの状況でどうしてそうなったのかは謎だけれど。
俺とリリエルはほっと胸を撫で下ろせば、再びもふもふ、と憩いの時間を過ごし始め――
「――メガデスさん、でしたか。ご相席しても?」
「ぶふ――……ッ!?」
『んな……っ、何を考えておるのじゃ、この女――!?』
――その憩いの時間は、瞬く間に破壊されたのだった。




