13.公国での日々③
穏やかな日差しの下を、歩く。
今日はぞろぞろと全員揃って、という訳ではなく三グループに分かれて適当に夕方までの時間を過ごす事になっていた。
クラリッサとアミラは、今後の旅程で使う事になるかもしれない雑貨の買い出しに。
アリスは長らく永遠のお茶会に戻っていないこともあって、ハッターの所へ顔を出しに。
そして――
「エルトリス様は何処に行きたいとかは有りますか?」
「んー、そうだな……」
――俺とリリエル、そしてアルケミラはいつも通りに街中を宛もなくぶらぶらと散策していた。
いい加減公国にも慣れてきたから大勢で移動する事もないだろう、というのも一つの理由では有るが、一番は先日のちょっとしたトラブルである。
冒険者ギルドで絡まれた時の注目の受け方。
ああいう有象無象にとって、どうやら俺達は如何にもカモらしく映るらしい。
「……まあ、そうだなぁ」
「どうかしましたか、エルトリス?」
「ああいや」
何でも無い、と軽く返しつつアルケミラとリリエルを見て――そして、アミラ達の事を思い返す。
なるほど確かに、実際の力量が見えないのだとすれば俺達は世間知らずの綺麗所の集団にしか見えないのかもしれない。
リリエルもアミラも、そして人の姿をとっているクラリッサも当然のように美人だし。
人の形になったなら、ルシエラやワタツミだって――性格にさえ目を瞑れば美人だし。
……そして、正体が知れたなら公国が恐怖のどん底に陥るであろうアリスとアルケミラも、外見だけを見るなら絶世の美女と世間知らずなゆるふわ美少女だ。
「でもまあ、こうして分散しときゃあ目立ちはしないだろ」
「目立つ……?」
「何でも無い。そうだな、何か落ち着ける場所があれば」
「畏まりました。ご案内致します」
ポツリと呟いた言葉に首をひねったアルケミラに苦笑しつつ。
本人達が全くもってそういうのに無自覚だっていうのが、何というか本当にアレだな、なんて思いつつ――俺はリリエルにそう口にすれば、リリエルは軽く頷いて。
そうして歩く事数分程度。
しばらくの間街の通りを歩いた俺達の目の前に現れたのは、一風変わった形の店だった。
おそらくは喫茶店か何かなのだろう、店の中からはふわりと甘い香りが漂ってくる……のは、良いとして。
「随分と変わった看板ですね」
『面妖と言うか、珍妙というか、何というか……ううむ』
そう、俺もルシエラも、アルケミラも――恐らくは情報を収集しただけで、実際に店に入ったことは無かったのであろうリリエルも、その看板に完全に目を奪われていた。
看板に書かれている店名もだけれど、まずその形がおかしい。
ケモノ――猫のような形をした耳のような物が象られていたり、犬か狼のような尻尾の形が突き出していたり、挙げ句肉球らしい意匠が凝らされていたり。
そんな奇っ怪な看板の真ん中に、「ワクワクどうぶつ喫茶」だなんて書かれているのだから、固まらない方がおかしいだろう。
「……?入らないのですか?」
「え」
ただ、アルケミラはと言えば、そんな奇っ怪な喫茶店をしばらく見た後で何の躊躇いもなく一歩前に足を踏み出した。
……心なしか、その顔が妙にキラキラしているというか。
未知のモノに対する期待と憧れで満ちているような、そんな少女のようなモノになっているような気がするけれど。
「ん……まあ、別に評判が良いんなら悪い事もないか」
「はい、それは大丈夫……な、筈です。調査はしましたので」
まあいつまでも店の前で屯している訳にも行かないか、と。
俺は自分を納得させるようにそう言えば、リリエルの後押しに従うように――アルケミラの後ろをついていくように、ワクワクどうぶつ喫茶に足を踏み入れた。
「――おお」
「んぶ……っ、急に立ち止まるなよ、どうした」
先に足を踏み入れたアルケミラが、声をあげる。
急に立ち止まったアルケミラのお尻に顔をぶつけて軽くうめきながら、ひょっこりと脇から顔を出せば――
「……おおう」
『なるほど、これは確かにどうぶつ喫茶じゃな』
――先の事情もあって、剣の形をしたままのルシエラの言葉に、俺は思わず頷いてしまった。
わんわん、にゃーにゃー、こんこん、がおー。
そんな可愛らしい声がそこかしこから聞こえてくる店内は、正しくどうぶつ喫茶だった。
間取りこそ普通の――よりはやや広い程度の喫茶店では有ったものの、そこかしこに犬が、猫が、鳥が……挙げ句、あれは猛獣の類じゃなかろうか、といったモノまで。
そんな様々な動物の幼体、いわば子供が店員と客の間をうろうろしたり、客の膝の上に寝転んだりとやりたい放題していたのだ。
「いらっしゃいませーっ。お客様は三名様で宜しかったでしょうか?」
「はい。初めてなので、概要をお聞きしても?」
「あ、初来店の方なんですね。まずはお席の方にご案内しまーす」
俺もリリエルも、武器の姿のままなルシエラも、その文面通りの光景に若干固まっていたものの。
アルケミラはといえば、静かな口調とは裏腹にワクワクが抑えきれないといった表情で店員に案内されていって――俺とリリエルも、後から慌ててついて行けば、そのまま店員に促されるままに席について。
店員は俺達ににっこりと笑みを浮かべれば、メニューをテーブルの上に載せつつ少し得意げに、このワクワクどうぶつ喫茶について語り始めた。
何でもこの店は、五年程前に公国に出来た比較的歴史の浅い喫茶店らしく。
当初は動物要素もなにもない普通の喫茶店だったのだが、それ故に売上は鳴かず飛ばず、経営は苦しくなり半年であわや閉店寸前まで追い込まれていたのだそうだ。
そこを拾い上げた人物が、一人。
偶々この喫茶店に入り、口にしたものがいたく気に入ったその人物は、喫茶店に出資する代わりに内容――主に内装などを自分好みにさせて欲しいと口を出してきた。
当時、既に閉店寸前だったこの喫茶店は縋るような思いで――何よりその人物の立場も鑑みて、要望を承諾。
結果として、鳴かず飛ばずだった喫茶店はこのワクワクどうぶつ喫茶に生まれ変わり――そして、今まで鳴かず飛ばずだった売上は右肩上がりに伸びて、伸びて。
その物珍しさと、喫茶店として出されるモノの質の高さから公国でも随一の喫茶店まで上り詰めた、という事らしい。
「……大した手腕ですね、その人物とやらは」
「ええ、ええ。本当に凄いお方なんですよ!この公国では知らない人なんて居ないくらいなんですからっ」
「へぇ。そういや、一体誰なんだ、そのお方ってのは」
店員から出されたサービスのお茶を口にしつつ、小さく息を漏らす。
なるほど、お茶一つ取ってみても前に行った喫茶店よりも美味しいな、なんて思いつつ。
……リリエルがちょっとむずかしい顔をしているのはまあ、置いておいて。
俺の問いを聞いた店員は、にんまりと笑みを浮かべれば――
「――なんとっ。この国の英傑、メガデス様なんですよ!凄いですよね、本当っ」
「ふむ、英傑ですか」
――そんな、ちょっと聞き逃がせない事を口にした。
『……何じゃ、妙に嫌な予感がするのう』
「奇遇だな、俺もだ」
「私もです。少ししたら出たほうが良いかも知れませんね」
俺も、ルシエラも、リリエルも。
アルケミラの何処か愉しげな顔を見つめながら――どうか、どうか英傑とは遭遇しませんように、と。
せめて日中くらいは穏やかに過ごさせて下さい、と心から願ってしまった。




