12.夜の公国にて
テラスケイル公国は、三つ有る大国の内でもっとも光の壁に近い国である。
矮小とは言えど魔族が現れる事は然程珍しい事でも無く、その度に実力のある者たちが対処にあたっていた。
魔族が持つ障壁を単独で打ち破る事ができる冒険者は稀有であり、そんな冒険者が公国に居る事もまた稀である。
故に、殆どの場合は冒険者達は大規模な徒党を組んで魔族を文字通り袋叩きにする事で障壁に対処していた。
通常、冒険者たちがそうやって大勢集まって一つの事を為すというのは有り得ない事だ。
何しろ人数が増えれば増えるほどに、報酬は頭割りになっていくのだから実際問題としてそんな事をすれば、生活さえ危うくなってしまう。
それでも魔族を相手にする冒険者が大規模な徒党を組む理由は唯一つ。
公国から拠出されている、莫大な報酬に尽きる。
それこそ数十人規模で戦ったとしても、それなりに難しい依頼をこなしたのと同等の報酬を得られるのだ。
冒険者としては大人数でリスクを減らして安全に稼げて美味しい、公国としては金で悩みの種である木っ端魔族を処理できて美味しい、と両者ともに納得の上でソレは回っていた。
「――ふぅ」
……そのwin-winの関係がほころび始めたのは、いつからだったか。
そんな事を考えつつ、公国に使える三英傑が一人、メガデス=ギガ=テラスケイルは小さく息を吐き出した。
ピンクを基調としたフリルドレスに大きなリボンで左右に結ったツインテールを揺らしつつ、メガデスは手に携えている魔弓を構え――そして、遥か彼方へと放つ。
雷光の如く放たれた矢は、僅かなブレも無く闇夜の森に吸い込まれ、そして彼方でパァン、と小さな炸裂音を鳴らして。
一体何が起きたのかを目視しているかのように、メガデスは小さく舌打ちをすれば瞬きの間に一発、二発、三発と続けて雷光を放っていった。
「――チッ、チッ、チッ。最近の魔族はほんっっとうに面倒なのが増えやがったな」
まだ成人はしていないように見えるその容姿からは、信じられない程にドスの効いた声を漏らしつつ。
メガデスは城壁の上に軽く腰掛けると、大きくため息を吐き出した。
面倒と口にした魔族を、ほんの四発の矢で射止めておきながら、メガデスがそんな言葉を口にするのには当然理由がある。
以前ならば、一射で確実に仕留められる程度の魔族の質が、最近になって目に見えて上がってきているのが一つ。
そして――
「嗚呼クソっ!レディの休息を邪魔するんじゃねぇよ、汚物が――ッ!!」
――口汚く言葉を吐き出しながら立ち上がれば、メガデスは再び立ち上がって闇夜の森にまぎれている魔族に向けて、雷光を放っていく。
つまりは、そういう事。
魔族の質が上がるのと同時に、領内へと侵入している魔族の数も加速度的に増加しているのだ。
それはまるで、魔族の侵攻が始まっているかのようでもあり。
同時に、まるで何かから逃げようとして、此方側に来ているようでもあった。
再び魔族を射殺した後、メガデスは今度こそ休憩だ、と城壁にどっかりと胡座をかけば、口元に咥えた紙筒に火を灯して、紫煙を吐く。
メガデスの対処している魔族は、公国内に侵入した魔族の実に6割にも及ぶ。
その癖、メガデスに対しては――英傑に対しては、国に仕える者だからという理由で、莫大な報奨が与えられたりする事も無かった。
無論、メガデスとしてもその待遇に不満がある訳ではない。
素行などに問題が有るとは言えど、メガデスも英傑とまでなった人間なのだから、報奨が足りないだとかそんな事を口にする事はない。
「――っ、ああもう、何時になったら私は休めるんだよ――ッ」
――ただ。
そう、ただメガデスはこの所まるで休み、休暇、安息日を与えられていなかった。
最後に貰った休みはかれこれ一ヶ月以上の前のこと。
それ以降は、最近急増した魔族の事もあって、毎晩毎晩明け方まで魔族を警戒し、昼過ぎから城壁の上で潰走しかけている冒険者グループを助け――そんな日々が続いていた。
流石の英傑とは言えど、このハードというかデスとさえ言えるスケジュールには流石にストレスが溜まっており。
ダンダン、と壁面に足を叩きつけるようにして音を鳴らしながら、スカートが翻るのも気にすること無くメガデスは――一応眠っているであろう街の人間に届かない程度には気を使って――声を荒げた。
「……あ、あの」
「あ゛ぁん!?」
「ひ……っ、え、ええとっ」
そんな彼女の背後から声をかける兵士が一人。
メガデスに凄まれてしまえば、思わず尻もちを付きそうになる……が、既の所で踏みとどまれば、手にしていた紙を握りしめて。
そんな兵士の様子を見れば、メガデスはしまった、と眉を顰めながら、紙筒を踏み躙るようにすると、大きく息を吐きだせば――
「――どうかしたのかなっ☆」
「は――は、はいっ」
――先程までの凶相は、ドスの効いた声は何処へやら。
愛らしい笑みを浮かべてみせたメガデスを見れば、兵士はホッと胸を撫で下ろしながら手にしていた紙を広げて見せて。
「その、明日一日はメガデス様はお休みになられて良い、と」
「お休み……休み!?」
そして、メガデスは兵士からの言葉に声を裏返らせた。
願ってもない話ではあるけれど、何故突然に……否、そもそも自分が一日休んでも平気なのか、など。
いざ休みが降って湧いてくれば、今度はそんな疑問が頭を埋め尽くしていく。
そんな、目をぐるぐるとさせながら困惑しているメガデスに、兵士は軽く笑みを浮かべれば、とん、と軽く自分の胸を叩いてみせた。
「明日一日は、私達兵士一同、そして冒険者ギルドの協力を得て、総力を上げて防衛に当たりますので!メガデス様は、気兼ねなくお休みいただければと!」
「……っ、もう、やるじゃん。こういうのしてくるから困るってのに」
兵士の言葉に、メガデスはどうやってその一日を捻出したのかを理解して、嬉しそうにはにかんだ。
思わず素の口調を出したメガデスに、兵士もどこか嬉しそうにして。
ああ、こんなだから無茶振りされても守りたくなってしまうのだ、とメガデスは苦笑すれば、その場で軽く伸びをした。
「――よーし☆それじゃあ夜明けまでメガデスちゃん、頑張っちゃうぞー☆」
「はいっ。此方に夜食も用意いたしましたので!」
「ありがとねっ☆」
――そうして、公国の夜は更けていく。
メガデスは溜まっていたストレスが霧散していくのを感じながら、明日は一日どう過ごそうかと――魔族の頭を雷光で打ち抜きながら、鼻歌交じりに考えていた。




