13.暴風、吹き荒れる
魔物を狩るのは、別に初めてって訳でもない。
アタシ達紅蠍は徒党を組んでからそこそこ長くて、今までに両手で数え切れない程の魔物を倒してきた。
緑色の肌の小人や、動く水のような魔物。豚のような顔をした巨漢に……言い出したらそれこそ、きりがないくらいに。
「GuRuAaaaaa!!!」
「ぐ、あっ!?」
「下がりな!正面から受けてんじゃないよ!!」
……だと言うのに。
そのアタシ達は目の前の魔物達には、まるで駆け出しの冒険者みたいにまるで歯が立たずにいた。
身につけている装甲は、私達が着ている鎧よりもずっと上等な物を使ってるんだろう、剣は文字通り刃が立たない。
力任せの突進と、四足の魔物の上に乗った奴との連携攻撃は防ぐのが手一杯で、攻めに転じれない。
いや、そもそも攻めに転じた所で相手に与えられる有効打が余りにも少なすぎる――!!
「ち、ぃっ」
「姐さん、ここは一度撤退を――」
「馬鹿野郎!!魔物の群れを街に入れるつもりかい、アンタは!!」
普段だったら一度撤退して策を練り直すなり、罠を張るなりしてどうにか出来たと思う。
けれど、ここは既に辺境都市の門の間近。
ここで背を向けて逃げた所で――仮にアタシ達が助かったのだとしても、街の中に魔物が入ればそれはアタシ達が死ぬより凄惨な結果が待っているだけだ。
「ああ、くそ……こんな事なら黒鉄の一党と交代して貰うんだったねぇ」
「BuOooooo!!!」
「うるさいんだよ、このデカブツ……ッ!!」
手にした大剣を、思い切り魔物の顔面に叩きつけて、突進をいなす。
火花が散りはしたけれど、これも一時しのぎだ。
アタシの渾身の一撃でさえも、あの装甲を多少凹ませるだけで有効打にはならない。
魔物がよろけた隙に体勢を立て直し、視線をその奥へと向ければ少し、ほんの少しだけ心が折れそうになった。
――倒せた魔物は2体。
それだけでこっちは満身創痍だってのに、視線の先にはまだ10を軽く超える魔物達が屯しており、まるでアタシ達を嬲るのを楽しむように、襲いかかることも無く静止していた。
嗚呼、多分南と東はもうやられちまったんだろう。
特に東を担当してた賞金首刈りの少女は、絶望的だ。
たった3人だけ、しかも内一人は戦えるかも怪しい子供だってのに……あの口ぶりじゃあ、魔物との戦闘さえ経験してないんだろう。
ギリアムさんも数合わせで入れたんだろうが、それで相手がコレなのは不運としか言いようがない。
「GuGyaGya!GyaAaaaaa!!」
「ちく、しょう……っ」
だからこそ、だからこそアタシ達が何とかコイツらを倒して、他の箇所の救援に行かなきゃ行けないってのに――っ。
幾度かの打ち合いの末、長年連れ添ってきた大剣が音を立てて砕け散る。
それを見た魔物達は――何を言ってるのかは理解できなかったけれど、こちらを嘲笑しているのだけは理解できた。
遠巻きに見ていた連中が動き出し、アタシ達に向かって突撃してくる。
「すまない、ギリアム……っ」
……終わりだ。
向こうが遊ぶのを止めてしまったなら、もうアタシ達に為す術はない。
1体1体ですら苦境に立たされる相手が、10を超える群れで突撃してくるのだから何をしても、もう食い止める事が出来ない。
アタシ達は壊れた武器を構えつつ、せめて1体だけでも道連れにしようと身構えて――……
「――あっはははははははははっ!!!」
「!?」
……その瞬間に聞こえてきた、その場に余りにもそぐわない幼い笑い声に――そして飛び込んできた小さな影に、目を疑った。
その小さな影は、アタシ達に向けて突っ込んできていた魔物に横から飛び込んで、その……何と形容したら良いのかわからない武器を、思い切り叩きつけて。
「GuRu――GuGyaaaaaaaaaa!?!」
「ほらっ!ほらほらほらぁ!ちゃんとしろよ、南の連中はもっと歯応えがあったぜ?!」
「GyaOoooooooo――ッ!?」
そして、アタシ達が散々苦労して結局破れなかったその装甲を、いとも容易く破砕してみせた。
ああ、あの魔物の血は青黒い色だったんだ、なんて抜けた事を考えつつも武器を握る力に手を込めれば――それを、後から息を切らして走ってきたのだろう。
ひたいに汗を滲ませつつ、表情には疲労を出さずとも呼吸が乱れきった様子のエルフが、私達の隣に立った。
「……すこ、し……やすん、で……いて、ください。エルトリス、様の……邪魔は、しない、方が……懸命、です」
「邪魔……って」
「い、幾ら何でもあの数の魔物を一人じゃ無理だ!協力して――」
「――無理な、ように……見えますか?」
呼吸を何とか整えながら、背筋を伸ばしたエルフが指差した先へと視線を向ける。
――そこにあったのは、先程のアタシ達の予想を、そして今抱いた心配を軽く打ち砕くような、そんな光景だった。
「Gu……GaRu,GuRuOoooooooo!!!」
「あはっ、あっははははは!いいぞ、良い!危うく当たる所だったじゃねぇか!!」
「OGyoOoooooo?!?!」
魔物の猛攻を紙一重で躱し、弾き。
返す刃で次々と魔物を屠っていくその少女は――エルトリスは、終始笑顔のままで。
単純にあの武器が強いというだけではなく、戦いの勘、というべきなんだろうか。
まるで魔物がどう動くのかを理解しているように、その上で予想を越えられてもなお対応して、エルトリスは小さく幼い身体を躍らせ続けている。
「……ああ、こりゃあ確かにアタシ達じゃあ邪魔、だね」
「邪魔をされると、気分を害すると思います。命の保証もしかねますので」
エルフの言葉になるほどね、なんて返しつつ、アタシ達はその場に腰を下ろしてしまった。
それは、先程までなら有り得ない行為だったけれど。
それをしても問題がないと思えてしまう程に――否、確信してしまうほどに、あの少女が圧倒的だったから。
「GuGiIiiiiiiiii!?!?」
「ほらぁっ、次ぃ!!にげないでね、きゃはっ、あははははっ!!」
……全く、誰が数合わせだというのか。
そもそもあれじゃあ賞金首狩り、じゃなくて魔物殺しって呼んだ方が余程似合ってるんじゃないかね。
そこそこ経験を積んで思い上がっていた自分に気付かされながら、アタシは小さく息を吐き出した。
「――嗚呼、良い、良いですね。ワタシとここまで渡り合えるとは!!」
一方、北門では未だに絶望的な戦いが繰り広げられていた。
魔族からの称賛の言葉に眉を潜めつつ、ギリアムは口内に溜まった血を吐き出して、両手に握った一対の斧を構え直す。
黒鉄の一党は良く魔物を抑え込んでは居たものの、ギリアムの加勢にはとてもではないが行けるような状況ではなく。
――ポロン、と美しい音色が鳴り響いたかと思えば、その瞬間にギリアムはその場から飛び退いた。
それと同時に上がる砂埃に、何度したかも判らない舌打ちをしつつギリアムは指一つでハープを奏でている魔族の元へと切り込んでいく。
無論、一直線ではなくフェイントを織り交ぜつつ、縦横無尽に動いて撹乱しながら。
その動きはとても引退した冒険者とは思えない身軽さで、この場にいる魔物程度ならば余裕をもって撹乱し、屠る事が出来るであろう程で。
「ンン、残念ッ!」
「――ぐ、ぁっ!?」
「クカカ、惜しい惜しい。さあ、もう一度です!」
……しかし、その魔族と対峙するには余りにも足りなかった。
ポロロン、と指先で音色を奏でた瞬間、ギリアムの身体が見えない何かに弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
苦悶の声をあげつつも直ぐに体勢を整えつつ、ギリアムは再び魔族を睨みつけ――それが、先程から幾度となく北門で繰り広げられている光景だった。
試行錯誤を繰り返して魔族との距離を詰めようと試みても、不可視の攻撃に弾かれる。
不可視の攻撃自体決して軽い物ではなく、幾度と無く受けたギリアムの身体は徐々に徐々に、限界に近づきつつあった。
それでも、ギリアムは諦める事無く闘志を燃やし、未だに一太刀さえ入れられていない魔族を睨む。
状況は絶望的だ。
仮に攻撃を入れた所で、魔族には障壁がある以上ダメージは望めない。
その障壁を破壊しない限り――優位が崩れない限り、魔族は決してこの場から去る事も無いだろう。
それでも、と。
ギリアムは背後にある守るべきモノの為に、諦める事だけはしなかった。




