7.公国での日々②
軽く食事をしたり、買い物をしたり。
まだ道もろくに知らない公国の中をのんびりと歩き回れば、いつの間にか日が暮れて。
夜の事もあるから、と宿へと踵を返せば、その途中でふと物珍しい物が目に入った。
外見は、大きな宿。
しかし宿泊するような設備はなく、屋根にあるのだろう煙突からは白い煙を漂わせているその大きな施設は、何やら賑わっていて。
「――大浴場、ですか。宿にそういった物がついている事はありますが」
「わざわざ大勢で入る意味はあるのか……?」
今まで通ってきた街では見かけなかったその施設に、俺達は軽く首をひねった。
浴場、といえばまあ湯浴みをする訳だけれど、それをわざわざ見ず知らずの他人と共にするなんて言うのは、正直良く判らない。
宿に戻ればそれこそ、小ぢんまりしているとは言え湯浴みは出来る訳だし。
公国に住んでいる人間の多くは自宅に小さいながらも浴室らしい物は持っているだろうから、そもそも商売として成立する筈もない、のだが……
……だと言うのに、何故か目の前の大浴場と銘打たれた施設には、多くの人が集まっていた。
行商人や旅人は、まあまだ分かる。
それ以外の――恐らくはこの街の住民と思われる者まで居るのは、一体どういう訳なのか。
まあ、何がともあれわざわざこの人数で行くようなものでもないだろう、きっと。
「まあ、別に行く必要も――」
「入ってみましょうか。どうせ宿に戻れば入るのですし、ここでも良いでしょう」
『――行ってしまった、のう』
――そんな考えを、アルケミラは一蹴するかのように、然も当然のように大浴場へと入っていった。
アルケミラが入れば当然クラリッサも追従し、俺達は一瞬だけ戸惑ったものの。
「エルちゃん、私もエルちゃんと一緒に入りたいなっ」
「いや、それは別に宿でも――ん、まあ良いか」
アリスの小さな手が――とは言っても俺と同じ程度ではあるのだけど――きゅっと、俺の手を握りしめてくれば。
ここまでされてしまっては、こうなってしまってはわざわざ断るのも、無視するのも面倒か、と軽く苦笑して。
ルシエラとリリエル、それにアミラに視線を向ければ、二人共仕方ないと言った様子で苦笑しながら、俺達はアルケミラ達の後に続いて、その大浴場とやらに足を踏み入れる事にした。
「……む、ぅ」
「どうしたの、エルちゃん?早く脱ごっ?」
『そうじゃぞ。まあ時間制限がある訳では無いらしいが』
「い、いや、まあ、うん」
……さて。
とりあえずアルケミラと合流して、女性用に案内されたのは良いのだけれど。
「……」
「ん……どうしたリリエル?なにか着いてるのか?」
『リリエル、気にしないの――回りを見れば分かるけど、アミラ達が少数派よ』
「ふふ、楽しみですね。こういったモノは初めてです」
「アルケミラ様、御召し物は此方に。盗難などは無いとは思いますが、一応」
周囲を見れば、そこには一糸まとわぬリリエル達。
ルシエラやリリエル、アミラにワタツミはまあ、おいておいて……そこにアルケミラとクラリッサ、それにアリスが加わると、なぜだか妙に緊張してしまう。
……いや、緊張している理由はそれだけではないのだろう。
「――わぁ、綺麗」
「何処かの冒険者かしら?」
「他国の貴族と護衛じゃないかしら――」
「~~~~……っ」
周囲からの無遠慮な、好奇の視線。
服を脱げばなおさらに突き刺さるそれに、どうしても俺の顔は熱くなってしまう。
リリエルやルシエラ、アミラは良い。
アリスやアルケミラ、それにクラリッサだって許容しよう。
でも、でも――こんな不特定多数の前で裸になって注目されて、何も感じるなっていう方が無理ってもんじゃないのか――!?
何でルシエラ達もアリス達も、こんな平然としてるんだ……!!
「ほら、エルちゃん行こっ。えへへ、エルちゃんと一緒にお風呂、お風呂っ♥」
「え、あっ、ちょ――わ、判った、判ったから引っ張るなって、ば――っ」
手を引かれれば、思わず蹌踉めきながら。
だぷっ、だぷんっ、ぶるんっ、と胸元の膨らみが重たく揺れる度に、周囲の視線はどうしても突き刺さってしまって。
俺はますます顔を熱く、熱く。
耳まで赤熱しているかのようになりながら、俺はアリスに引かれるままに……既に先に行っていたリリエル達の後に、ついていくように。
「……ふふっ、今のエルちゃんったらちっちゃな女の子みたい♥」
「ば……っ、だ、誰がっ」
『ククッ、エルちゃんは元々可愛い女の子だからのう♪ほれ、こっちに来い』
「あ――」
そして、そのまま――促されるがままに、ルシエラとアリスに手を引かれれば。
おそらくは湯浴みする前に身体を流しているのだろう、大勢とまでは行かずとも結構な数の女性が屯しているその場所に、ルシエラは腰掛ければ――そのまま、ひょいっと俺のことを軽く抱きかかえ、膝の上に載せて。
『久々に私が洗ってやるとしようかの』
「……あ、ぅ」
『何じゃどうした、別にこれが初めてというわけでもあるまいに』
ルシエラの言う通り、こうして体を洗ってもらうのは別に初めてではない。
今まで、こうして旅をしていく中でそれこそ何度も、何度もやってもらった事がある。
……だが、それとは別に。
「おかーさん、おかーさん!私もあの子みたいにしてー!」
「もう、ダメよ。もうそんな歳でもないでしょう?」
「ぶー……それはまあ、あの子はまだちっちゃいけどー……」
「……う、ぅ」
周囲からの好奇の視線を感じてしまえば、どうしてもこう、身体は強張って、縮こまってしまい。
それをルシエラも察してくれたのか、少し可笑しそうに笑えば――それ以上問いかける事はなく、俺の身体を、頭を、優しく洗い始めた。
リリエルと比べれば少し雑に感じるけれど、それでも丁寧に髪の毛を、身体を洗われていくのは心地よくて。
俺はまだ火照る顔を少しずつ覚ましつつ、ルシエラの手に、指先に身を委ねて――……
「ねえねえ、私もエルちゃんを洗ってあげたいわっ」
『む……ちゃんと自分の方は洗ったみたいだの。仕方あるまい、下半身は任せるぞ』
「はーい♥えへへ、きれいきれいしようね、エルちゃん――♥」
「わ、ふ……っ、こ、こども扱い……する、にゃあ……っ」
……すっかり身を委ねている所に、アリスに乱入されてしまえば。
俺はくてり、と身体を脱力させたまま、急に力を入れる事もできず……アリスの小さな手が、俺の足をたどたどしく、丁寧に洗っていく感覚がくすぐったくて、身体を捩ってしまい。
アリスはそんな俺の反応が楽しいのか、嬉しいのか。
何処か楽しそうに、嬉しそうに笑みを零しながら……足先からふくらはぎ、足の付根……その上まで、くすぐるように洗って、洗って――
「……ふ、わぁ……」
『……アリス、エルトリスに何かしたのか?』
「んーん。ただ、気持ちよくなーれ、気持ちよくなーれ、ってきれいきれいしただけだよ?」
――ふにゃふにゃと、まるで液状に溶けてしまったかのように身体を弛緩させながら。
足を閉じることはおろか、立ち上がる事さえ叶わない程に脱力しきった俺を柔らかな、大きな膨らみで支えているルシエラの顔を見上げつつ。
周りからの好奇の視線が更に強くなったのを感じれば、顔を熱くしながらも――それをどうにかする事も出来ないまま、ただただ心地よさに身を委ね。
「――そうだ、良い事思いついちゃった。えへへ、今夜は楽しみにしててね、エルちゃんっ♥」
……そんな、アリスの不穏な言葉にぞくり、と背筋を冷やしつつも。
ルシエラに抱き上げられれば、そのままアリスと一緒に湯船まで運ばれていった。




