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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第七章 少女たちの安息日
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3.彼女の提案

 ――六魔将というのは、魔王を除いた魔族の中で、トップクラスの能力を有している者たちの総称である。

 それぞれがただならぬ権能を持ち、ある者は思うままに力を振るい、ある者は魔王が居ない内に世界を統治してしまおうと目論見、ある者は弱者を玩具のように蹂躙し。

 そんな六魔将の元には、その力の元に滴り落ちるであろう甘い汁を吸おうとする者や、ただその在り方に惹かれた者などが集い、それぞれが大きな勢力を作り上げていた。


 アリスは、ただ穏やかな、暖かな日差しを望んで一人の従者を携えながら、友を求み。

 アルケミラは、より優秀な種を残そうと人と魔族から優れた者を掬い上げ。

 アルルーナは、ただ享楽に生きようと――他者を玩弄しながら愉悦に浸り。

 バルバロイは、より強き者を求め、ただただ戦いに明け暮れて。


 それぞれが全く別の方向を向いている六魔将だが、その中でも特に異質なのが残る二体だった。


 その二体の内の片割れ、アバドンには意思らしい物はない。

 否、それどころかアバドンというのは総称でしかなく、そもそも魔族かどうなのかさえ曖昧で。

 意思の疎通さえも図る事ができないソレの元には配下など居るはずもなく、ただ静かに、何にも干渉を受ける事も無く――魔族が住まうその世界の奥地で、穏やかに暮らしているだけの存在。


 ――その筈だった。








「その、アバドンとやらが来るとどうなるんだ?」


 アルケミラの言葉に静まり返る中。

 俺がポツリと言葉を口にすれば、アルケミラはふむ、と小さく呟きながら、何かを考えているのか口元に指を当てて。


「そう、ですね。まず対処をしなかった場合ですが、こちら側の文明らしい文明は滅びます」

『――何じゃと?』

「い……いやいや、待て。文明が滅ぶ、というのはどういう事だ。そもそも、光の壁は越えられないだろう!?」


 ――その言葉にルシエラは声をあげ、アミラは表情を引きつらせた。


 文明が、滅ぶ。

 人間が滅びかねない、というのであればまだ理解は出来ただろう。

 何しろ六魔将であるアルルーナの仔のような存在であるアルーナでさえ、大国一つを崩壊させたのだ。

 六魔将が直々に来たともなれば、被害はおそらくはそれ以上になるだろうし――納得したくはないが、そうなるかもしれないと思う事は、出来た。


 だが、アルケミラは人間が、ではなく文明が、と口にして、特に訂正する事も無く。

 同時に、アミラが口にしたその言葉を、頭を振って否定した。


「残念ですが、光の壁はアバドンには無意味です。文明が滅ぶというのも文字通りです――人の作った物……街や道具、畑、食物に至るまで、アバドンは全てを食い尽くすでしょうから」

「……食い尽くす?」

「アバドンはね、そういう物なの。沢山の虫の集合体で、ご飯を一杯食べる事以外は何も考えてない子だから」


 眉を顰めたリリエルに、アリスは軽くそう言うと指先でくるくると空中をかき混ぜて。

 そして、虚空からぽとん、と。

 テーブルの上に、黒褐色の甲殻で全身を覆った手のひらサイズの虫が落ちてきた。


「ひ――っ、あ、アリス様っ!?」


 それを見た瞬間、クラリッサは表情を引きつらせながら椅子から飛び降りて、奇声をあげる。

 アルケミラも一瞬だけ眉をピクリと動かしたが――ひょい、とその虫をつまみ上げれば、軽く苦笑して。


「……アリス。作り物とは言え、精神衛生上よく有りませんよ?」

「えー、だって見た方が早いかなって。エルちゃん、これがアバドン――の、見た目だよっ」


 唇を軽く尖らせながら、アリスは軽く文句を口にすると。

 アルケミラから黒褐色の虫……の模型か何かなんだろうか。それを受け取れば、アリスは笑顔を見せながら、俺に手渡してきた。


 ……小さい。

 今の俺の小さな手ですら、両手を使えば包めてしまいそうなくらいに小さな虫。


「……えっと。実物はこれよりずっとデカいとか、か?」

「いえ、実物もその程度……というか、それが実物そのものですね」

『何じゃ、仰々しく言うから何かと思えば。こんな虫なんぞ、駆除してしまえば良かろう』

『何匹居たところで全部凍らせちゃえばお終いでしょ、この程度。びっくりして損したわ』


 珍しくルシエラとワタツミは意気投合するように、呆れたようにそんな言葉を口にした。


 アミラも、リリエルも少し肩透かしをくらったような気分になったのだろう。

 少し弛緩した空気を漂わせながら――俺も、アルケミラが大げさに言っているんじゃなかろうか、と少し気を緩めつつ。


 ……しかし、俺の手にしているアバドンの模型を見ているクラリッサは、まだ少し顔を青褪めさせたままで。


「アルケミラ。因みに聞いておきたいんだが」

「はい、何でしょうか?」

「……コイツの数は?」


 クラリッサがそういう表情を浮かべる、という事は。

 こんな矮小な、掌で包んで潰せそうな虫は――アバドンは、本当に脅威なのだろう。

 そう判断してアルケミラに問いかければ、アルケミラは何処か喜ばしいかのように表情を緩ませて。


「――判りません」

「解らない?」

「えっとね、エルちゃん。アバドンの数を数えるのは無理だと思うよ?」


 俺の問いが、余程おかしなことだったのか。

 まるで子供に言い聞かせるように、アリスは苦笑しながらそう言うと、俺の頭をぽんぽん、と机に乗り出すようにしながら、なでてきて。


「ん……」

「一面の黒い絨毯。視界一杯の黒。それが、食べれる物にめがけて飛びかかって、食べちゃう……って言えば、分かるかな?」

「視界いっぱいの黒、は言い得て妙ですね。地平線まで黒で覆われている、といった具合ですし」


 ――そして、二人はさも当然のように信じ難い言葉を口にした。

 この小さな黒い虫が、地平線一杯にひしめいている。

 そんな地獄めいた有様を想像すれば、俺はブルブルと背筋を震わせてしまって。


「えへへ、大丈夫だよエルちゃんっ。怖かったら私が守ってあげちゃうから♥」

「……い、いや、大丈夫だ。想像したらちょっと肝が冷えただけだから」


 アリスにそんな、お化けを怖がる小さな子を慰めるような言葉を口にされれば、俺は顔を赤く染めつつ、小さく息を吐き出した。

 ……成程、六魔将の一つに数えられるだけは有る、という事なのだろう。

 一体一体は小さな虫であれど、そこまで大量なら立派な災害、災厄だ。


 文明を滅ぼす、というのも解らないでもない。

 建物から何から何まで食い尽くす、という存在がそれだけ居るのならば、それを為すには十分だろう。


「――さて、エルトリス。私がこちらにきた理由ですが――貴女に、二つの道を提示しようかと思いまして」

「2つの、道?」

『ふん、貴様に恭順する道など願い下げじゃぞ』


 ようやくアバドンがどういう存在なのかを飲み込めば。

 アルケミラは軽く頬杖を付きながら――再びその青い瞳で、品定めするかのように。


「一つは、私に救いを乞う道。こちらは、まあ私が何とかして差し上げましょう。青田刈りをされてしまうのは、私としても不都合ですし」


 ――何故だろう。

 アルケミラはそう口にしておきながら、俺を――俺達を煽るかのように、小馬鹿にするかのように、していて。

 まるでそれは、こちらの選択肢を出来るなら選んではほしくない、とでも言うかのよう。


「そして、もう一つは」

「――ぁ」


 するり、と。

 アルケミラの白く細い指先が、頬を軽くなぞる。


 ひんやりとした指先の感触に、小さく声を漏らせば――アルケミラは淡く笑みを浮かべて。


「――貴女達が自力で、アバドンを打ち倒す道。無論、今の貴女達では不可能でしょうが……幸い、一ヶ月近い時間がありますからね」

「アルケミラ様、まさか」


 もう一つの選択肢を提示すれば、選ぶまでもないでしょう?と言った表情を見せながら。

 そっと、頬をなぞっていた指先を、俺の手の上に軽く重ねてみせた。


「こちらを選ぶのであれば――私が、貴女達を磨いて差し上げましょう。無論、私の配下に加われとはいいませんので、ご遠慮無く」


 そんな、アルケミラの言葉に俺達は顔を見合わせつつ。

 余りにも都合がいい――いや、或いは六魔将である、人間の敵である筈の相手からの誘惑とさえ取れるその言葉に、若干戸惑いながらも。


 ……しかし、どうやら俺達の中には、前者を選ぶような気質の奴は居ないらしかった。


「あー、ズルいズルいズルいっ!私も、私もエルちゃんと、皆と遊ぶ!!」

「ふふ、アリスが居たのは正直予想外でしたが……そうですね、アリスにもそうして貰った方が効率も良いでしょうか」


 俺が、俺達が応えるよりも早く。

 既に後者を選んだ後のような反応をしているアルケミラ達に、俺達は軽く眉を顰めつつも。


 ……俺は、アリス以外の六魔将の実力がどの程度かを知れるいい機会だ、と。

 少なからず、胸を軽く高鳴らせていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] みんなで楽しく?パワーレベリング!
[一言] 六魔将って人が勝手に呼んでいるだけなのですかね。 群生もその中のひとつなのは以外でした。 アリスちゃんの「遊び」にどこか期待している自分流がいる...
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