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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第七章 少女たちの安息日
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2.喫茶店にて

「成程、そういう経緯だったのですね。クラリッサからも報告は受けていましたが」

「うん、そうやって私とエルちゃんはお友達になったのっ」


 全員集まったというのと、折角だから落ち着いた場所で話をしようという事で、俺達は今、近くにあった喫茶店で……少なくとも表面上は、落ち着いた時間を過ごしていた。

 人数も人数なので、席を2つに分けた訳だが――


「アリスと真っ当に意思疎通が出来る人間……俄には信じ難い話でしたが、成程」


 ――青い瞳が、俺の事を真っ直ぐに見据えてくる。

 俺の前に座っているのは、青い髪に白い肌で、背丈の割にスタイルが良い少女、アルケミラと。


「もう、失礼しちゃうんだから。私とエルちゃんは仲良しなお友達だもんね?」

「ああ、そうだな」


 アルケミラの訝しむような視線と言葉に、頬を膨らませながら。

 えへへ、と嬉しそうに屈託のない笑みをこちらに向けてくる、アリス――つまり、今俺の目の前には六魔将と呼ばれている魔族の内、二人が並んで腰掛けている、わけで。


 そんな二人と喫茶店で同席しているという、良く判らない状況に戸惑いつつも。

 隣に腰掛けているリリエルと――そして、既に俺の横、魔剣の姿で机に立てかけられながら、臨戦態勢に入っているルシエラを見れば、俺は軽く吐息を吐き出した。


 ……うん、大丈夫。

 アリスの方とは特に争う理由も無いし、アルケミラだって別にこちらを襲いに来たわけではないのだ。

 それに何より、目の前で座っているアルケミラからは強者特有の雰囲気こそは感じられるものの、こう、何というか。


「――あ、そうだエルちゃん」

「ん、どうした?」

「えへへ、さっきのお返し!私のケーキ、ちょっとあげるね?」


 そんな事を考えていると、不意にアリスが自分の頼んでいたケーキを軽く切り、刺して、俺の口元に差し出してきた。

 成程、さっき待ち合わせの時に俺の食べていた菓子をつまみ食いした埋め合わせ、という事だろう。


「あー……」

「はい、どうぞ♥」

「……ん。ん、く」


 口を軽く開けば、ケーキを口元に押し当てられて。

 ちょっぴり俺の口よりも大きなそれを、俺は精一杯口を開きながら咥え込み。


「エルトリス様、失礼します」

「ん……っ」


 口元を軽く、リリエルに拭われつつ。

 口の中に広がる甘味に、俺は頬をほころばせて――


「……ふっ、ふふふ」

「ん、ぁ……な、何だよ」


 ――そんな俺の様子を見ながら、不意にアルケミラは可笑しそうに、本当に可笑しそうに表情をほころばせた。

 口元を軽く押さえつつ、笑みを零し。

 しばらくそうして、ようやく落ち着いたのか――まだ口元を少し緩めたまま、軽くお茶を口にすると小さく息を漏らし。


「失礼、余りにも貴女が面白かったもので」

『……エルトリスを珍獣扱いするつもりかの?』

「いえ、そういう意味ではなく」


 ルシエラに殺意混じりの敵意を向けられても、特に慌てる様子もなく。

 アルケミラは青い瞳を再び俺の方へと向ければ――


「エルトリス。貴女は、とても面白い」

「――……っ」


 ――刹那。

 まるで、深い深い水底にでも引きずり込まれたかのような錯覚を、覚えてしまった。

 周囲に変化はない。

 ルシエラだって、リリエルだって平然としているというのに、まるで俺だけが突然、別の場所にでも放り込まれたかのような感覚。


「強さと弱さ。粗野と幼稚。相反する両極をかき混ぜているような――そんな在り方をする者を、私は見たことが有りません」


 それを与えているであろうアルケミラは、平然と言葉を連ねながら、手元にあるお茶にミルクを注いで、くるくるとかき混ぜつつ。


 ……まるで、自分がそのお茶にでもなってしまったかのように。

 アルケミラがくるくるとお茶をかき混ぜていく度に、どくん、どくん、と胸が勝手に高鳴って……もっと、されてしまいたい。


 ああ、いっそ、あの手元の液体になってしまいたい、なんて。

 そんな馬鹿げているとわかりきった望みさえ、浮かべてしまいそうになれば、それを俺は必死に振り払いがなら――


「――アルケミラちゃん。ちょっと抑えて」

「……っ、失礼。望外な程に良いエルトリスを見て、少々我を失いました」

「っ、は、ぁ……は……っ、ぁ」


 ――そんな異様な陶酔が、感情が、アリスの一言で収まる。

 呼吸することさえ忘れていたのか。

 唐突に訪れた息苦しさに、俺は荒く呼吸を繰り返しつつ……意図してやった事ではなかったのか、申し訳無さそうにしているアルケミラに視線を向けた。


『貴様、エルトリスに何をした』

「……ただ視ていただけですよ。失念していました、この身体でもこれは健在でしたね」


 大丈夫ですか、と声をかけてくるアルケミラからは、先程のような不思議な――溺れるような感覚は感じられず。

 俺は小さく息を吸って、吐いて。呼吸を落ち着ければ、ぽん、と軽くルシエラの身体に手を置いて。


「大丈夫だ。ルシエラもリリエルも落ち着け、敵意が有るわけじゃあなさそうだしな」

『む、ぅ。まあ、エルトリスがそういうのであれば』

「……畏まりました」

『……リリエル、私が幾ら言っても聞かないのにエルトリスが言うと一度で聞くのは酷くないかしら?』


 ――先程から、静かな表情のままワタツミに手をかけていたリリエルを軽く抑えつつ。

 二人が納得した、敵意と殺意を抑え込んだ事に安堵すれば、俺は軽くお茶を口にした。


 見れば、アミラの方もマロウトに手をかけていたらしく。

 それをクラリッサが抑えていて……危うく喫茶店が修羅場になる所だったと判れば、俺は背筋を軽く震わせる。


 いやまあ、はっきりと敵意を見せてきてる相手ならそれも吝かじゃあ無いが。

 少なくともそうでも無い相手に、喫茶店で、しかもまだケーキを半分しか食べ終わってないのにおっぱじめるなんて冗談じゃあない。


「……で。クラリッサからの報告を受けてんなら分かると思うが、俺はお前の下僕になるつもりはねぇぞ」

「ええ、それは聞いています。まあ何れ配下に加えるつもりでは居ますが、今回は別件ですね」

『別件じゃと?』


 あむ、といつ雰囲気が変わり果てても良いように、ケーキを口にしつつ。

 ルシエラの声に、アルケミラは軽く頷けば――


「アルルーナの分体と交戦したそうですね。どうでしたか?」

「……ん、む。アルルーナっていうか……まあ、強かったよ」


 ――つい先日、ランパードでやりあったアルルーナ……もとい、アルーナの事を口にした。

 実際問題、アリスを除けばアルーナは今までで紛れもなく最強の敵であり、魔族だった。

 勝ちはしたが、結局ランパードは跡形もなく崩壊し、俺は俺で一度は圧殺されかけたし。


 ……実のところを言うのであれば、アルーナとの戦いで負った傷だって、まだ完全に癒えた訳じゃあないのだ。

 致死に、行動不能に陥る怪我だけは避けたけれど、それでも全身は傷だらけだし、まだ痛みだって残っている。


「人の身でありながら、アレを打倒したのは実に素晴らしいと思います。貴女一人に寄るものではないのでしょうが」

「まあ、な。で、それがどうしたんだ?」

「――アルルーナが、こちらに向けて少々厄介な物を差し向けました。こちら……この国に到達するまで、大凡一ヶ月と言った所でしょうか」


 ……その言葉を聞いた瞬間、その場に居たアリスとアルケミラ以外の全員が、表情を引きつらせた。

 アルーナはまあ、色々と狂っていたとは言えどまだ良識がある方だったが、アルルーナの方ははっきり言って最低最悪のクズだ。

 そんなクズが差し向けてきた、というのであれば――それはきっと、真っ当なものではないのだろう。


 それを察してしまった俺達を見れば、アルケミラはどこか好ましいとでも言うかのように、頬を緩めつつ。


「差し向けられたのは、六魔将の一人――いえ、一つに数えられているアバドンという魔族です」

「アバドン……って、そう言えばそんな子も居たねー。もう、アルルーナちゃんったら悪い子なんだから……」


 アルケミラの言葉に、アリスはまるで悪戯っ子が悪事を働いた時のように、軽く頭を抱え。


 ――俺達は、六魔将がこの国に差し向けられたというその事実に、絶句してしまった。


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― 新着の感想 ―
[一言] エルちゃん、変わらない吸引力で面倒事を吸い寄せる( ˘ω˘ )
[一言] これで登場(言及)した六魔将は五つ目かな...? (見落としがいたら、ごめんなさい) エルちゃんがどんどん世界のやっかいごとの渦中に呑まれてゆく...
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