閑話:黄金嬢と従者の道行き
人の世界と魔族の世界を別つ、光の壁から少し離れた所にある大国、テラスケイル公国。
光の壁に最も近い大国という事もあって、この国では魔族に関する話題が事欠く事はなかった。
とは言っても無論、その多くは低級――つまりは特に策を弄さずとも光の壁を通過できるような弱い、弱い魔族やそれが連れてこれるような物ばかり。
極々稀に現れる規格外な存在は、テラスケイル公国が抱えている三英傑の一人によって尽く討ち果たされ、立地にも関わらず今日も公国は平和そのもの。
「――ランパードの方が色々大変みたいですね」
そんな公国の街中にある、ギルドの一角。
弱小とは言えど魔族と渡り合った経験のある者たちが屯うその中でも、その二人は一際異彩を放っていた。
片や、軽く肌の透ける薄手の黒いローブと顔の半分を金色の仮面で隠している小柄な少年。
片や、同じく軽く肌の透ける白い布地と、金色の装飾品で身体を彩った、やや長身の美女。
「やはり私の予想通り、あちらには行かないで正解でしたわね」
「え、エルドラド様はランパードに行きたがってませんでしたっけ――あぅっ」
ポコン。
長身の女性――エルドラドは、不思議そうにそう口にした少年の頭を軽く小突いた。
少年は軽く頭を抑えつつも、特に嫌そうな素振りを見せることもなく、手元にあったホットミルクに口を付けて、小さく息を漏らす。
「兎も角。折角大きな国に来たのだし、楽しみたいのだけれど。ちゃんと調べたのでしょうね、ノエル?」
「あ、はい。分かる範囲ですけれど、この国の美術商とかの位置は――」
「――おいおい、ここは喫茶店じゃあないんだぜ」
「そうそう、お嬢様がたはとっとと出てった方が良いんじゃあないか?」
エルドラドの言葉に、ノエルと呼ばれた少年は笑顔でそう答えながら。
不意に、それを近くで眺めていた男達が酒を片手に、茶化すように言葉を口にして、威圧するように二人のいるテーブルを軽く叩いた。
片や、筋骨隆々とした大柄な男。
片や、それなりの容貌をした、やや細身で長身の男。
男達としては、別に二人に対して危害を加えるつもりは無かったのだろう。
ただ、酒の肴の代わりに余りにも場違いな二人をからかって、嗤って、慌てふためくさまを見たかった、というだけで。
「――……」
「っ、え、エルドラド様っ!行きましょう、美術商だけじゃなくて博物館とかも――」
「ははは、ビビっちまったか、悪い悪い」
「ここは可愛らしいお嬢ちゃんが来るような場所じゃねぇからなぁ!声かけただけでチビっちまうなんてな!」
だから、どんなに嘲笑うような言葉を口にしたとしても、直接暴力を振るう事は無かった。
これだけ言えば、顔を真赤にして涙を浮かべながら外へ駆け出していくだろうと。
それは些か悪趣味ではあったものの、男達以外から見てもエルドラド達二人は確かにこの場には不釣り合いだったからか、誰も止めるような事はせず。
ノエルは慌てたように――決して怯えた様子ではなく――エルドラドにここから出ようと促したものの。
愛らしい従者のそんな言葉に、エルドラドはただ静かに笑みで返した。
誰もが見惚れるような妖艶な笑みを見れば、ノエルはああ、もうダメだ……とでも言わんばかりに顔を伏せて。
「……これは失礼を。実は私、まだこの国の事をよく知りませんの――良かったら、案内してくださる?」
「んぁ?そうだなぁ、お嬢ちゃんがしっかり金を払ってくれるってんなら――」
「ええ、勿論。たっぷりとお支払い致しますわ」
予想とは違う言葉に、態度に男達は僅かに戸惑いつつも。
冗談交じりに言ったその言葉に返すように、エルドラドが金貨の詰まった袋を見せれば、表情を一変させて。
「解った、任せときなお嬢ちゃん!」
「俺達がこの街をしっかり案内してやるぜ。宿屋とか、娼館とかもなぁ!」
世間知らずのお嬢様に街案内するだけで金を貰える……そんな降って湧いた儲け話に、男達はニンマリと笑みを浮かべれば、二つ返事で了承し。
下品な言葉を口にする二人を見ながら、エルドラドは淡く笑みを浮かべつつ――ノエルは何とも言えない、可哀想なものを見るような表情を浮かべていた。
「それじゃあノエルはここで待ってて頂戴な。直ぐに済ませますわ」
「はい、エルドラド様……ん」
「心配しないで。私の従者は、今は貴方だけなのだから」
そうして、男二人に案内されるままギルドを出た後。
適当な紹介を受けつつ、下心満載で宿屋へと案内しだした男達にエルドラドはほくそ笑みながら、ノエルの頭を軽く撫でると先ほどとはまるで違う、穏やかな笑みを見せて。
自身の能力越しに、主のそんな笑みを見れば――ノエルは顔を耳まで赤く染めながら。
そんな自分の従者の様子に、エルドラドは満足げに笑みを浮かべつつ、男達に促されるがままに宿屋の一室へと足を運んでいく。
「へへへ、悪いな坊主」
「まあ坊主にはまだ早すぎるからな。お前の部屋もとってある、そっちで休んどくと良いさ」
男達の言葉に、ノエルは少しだけ難しそうな顔をしつつも頷いて。
「――ご愁傷さまです」
……男達とエルドラドが部屋に入った後。
まるでその先の未来さえ見えているかのような口ぶりで、男達を憐れむようにそんな言葉を口にした。
「――ノエルは気が利くし、便利だし――まあ従者としてはまだまだ不足ですけれど……それはさておいて」
その日の夜。
エルドラドは先程男達と入った宿の一室で、ノエルと共に湯船に浸かっていた。
顔を赤く染めているノエルと微笑ましく眺めつつ、身体を洗わせたり、ノエルが体を洗っているのを眺めてからかったり――それは、二人にとってはいつもの事だったのだけれど。
その日は、そんないつもの日常に僅かな変化が訪れていた。
「でも、貴方は力仕事は苦手だものね。こうして奴隷を調達出来たのは、喜ばしい事ですわ」
「奴隷……です、か?」
「ええ、奴隷ですわ?ふふ、従者は今は貴方一人だと言ったでしょうに」
不思議そうに顔を上げたノエルの頭を優しくなでつつ、エルドラドは可笑しそうに笑う。
ノエルは従者であり、今日調達したのは奴隷なのだと口にしながら、視線を壁際に向けて。
「――そうですわよね?二人共」
「は、はいっ。あたしは、えるどらどさまの、どれいでしゅっ」
「私も、エルドラド様の奴隷ですわぁんっ」
――そして、壁際に立っている二人の女性は、顔を真っ赤に染めながら――羞恥に染まりながら、甘ったるい声でそう口にした。
片や、100に届くか届かないか程度の背丈に、無駄に大きな乳房、それに大きなお尻をした――まるで誰かを揶揄するかのような体型の女性。
片や、150程度の背丈にムチムチとした肉を蓄えた、おっとりとした容貌の女性。
金色の装飾品で身体を彩った、やや露出過多とも言える格好をした二人は、自らの言葉に更に恥ずかしそうにしつつ。
そんな二人を見れば、愉しげに、愉しげにエルドラドは笑みを浮かべながら、はぁ、と小さく息を吐き出した。
「これで力仕事にも困りませんわね。明日からは美術商や博物館に行くとしましょうか、ノエル」
「あ――は、はいっ。場所はちゃんと調べましたから、大丈夫です」
「ふふふ、美術品、美術品……♪」
膝の上に載せたノエルを軽く抱えるようにしながら、鼻歌交じりにエルドラドは笑みを零し。
そんな主の様子を、能力越しに眺めながら――ノエルは少し、見惚れるように顔を赤らめて。
「――貴方達は荷物持ちですわ。ちゃんと働いたら元に戻してあげるかもしれなくもないから、精々頑張りなさい?」
「はいっ。あたし、いっしょうけんめいがんばりましゅっ」
「はぁい。私も精一杯がんばりますわぁんっ」
二人の奴隷は、主の言葉に嬉しそうに――しかしどこか泣き出しそうな表情で――応えながら。
――その日から、酒場からは二人の冒険者が姿を消して。
代わりに、美術品を買い漁る身なりの良い女性と少年、そして露出の高い格好をした二人の女奴隷が色んな場所で話題になるようになったとか、何とか。




