29.戦いの後
あれから、少しの時間が過ぎた。
原型を留めない程に破壊され、崩壊したランパードという国だった名残から、華に寄生されていた連中を拾い上げ、近隣の見晴らしのいい丘に埋葬していく。
助かった連中は、百にも満たない程で――これはまあ、事実上ランパードという国は消滅した、という事になるんだろう。
そういった連中はどうやらクロスロウドの方で新しい生活を送る事になったらしい。
物好きなことだ、とは思うがまあ、これに関しては俺がどうこういう領分でもないから、まあ別にどうだって良い事だろう、うん。
「……っと」
「む。どうかしたかの、お嬢ちゃん」
そんな事を考えながら、丘から少し外れた場所。
少し寂れているようなそこに、ぽつんと置かれている墓石の方へと歩いていくと、それに何かをかけている老人――アルカンの姿が目に入った。
「あー、まあ、一応な」
……匂いからするに、酒でもかけていたのか。
アルカンなりの弔いなんだろうと思いつつ、俺もアルカンの隣に立てば、ちっぽけな墓石の前に立った。
墓石はまるで岩を転がしただけのようで、名前さえも刻まれていない。
他の連中からも離れた場所にあって、ここにそれがあると判らなければ、見に来るような物好きだって居ないだろう。
それが、元ランパードの国王であったエクスと――そして、アルーナの墓だった。
「……儂の我儘を聞いてくれて、有難うの」
「ん……や、まあ。俺もアルーナから頼まれてたからな」
俺の言葉にそうか、と軽く返しつつ、アルカンはそのまま野営地の方へと戻っていく。
……アルーナは元よりエクスの墓を作る事には、生き残った連中から激しい反対が起きていた。
どうして国を滅ぼした愚王と毒婦――否、魔族にそんな事をしなければならないのか。
こんな怪物は打ち捨てておけばいい、焼いてしまえばいい。
そんな怨嗟の声さえ上がる中……その流れを断ち切ったのは、アルカンだった。
ランパードは滅びこそしたけれど、その怪物を葬った者の一人であり、自分たちの恩人でもあるアルカンが静かに頭を下げれば、生き残った連中もそれ以上は何も言えず。
他のものと一緒の場所には埋めないで欲しいという要望だけは聞き入れた結果、こういった形に落ち着いたのだ。
「……これで、満足か?」
言葉を返せる筈もない、墓石と言うにもみすぼらしいそれを、指先で軽く撫でる。
酒で濡れたそれは、アルカンが磨きでもしたんだろう。
苔の一つも生えておらず、野花らしいモノが手向けられており。
『もう良かろう、エルトリス。墓を訪ねた所で腹は膨れぬぞ?』
「ったく――まあ、それもそうだな」
ぽん、ぽん、と。
軽く墓石を叩けば、小さく欠伸をするルシエラに急かされながら、俺はその場を後にした。
国が一つ消えたことで色々有るんだろう、エスメラルダはあわあわとあたふたしながら慌てふためいていたけれど、それはおいておいて。
俺はそんなエスメラルダの様子を横目に見ながら、自分の天幕へと歩き――
「――あれが、エルトリス様か」
「とても幼いのに凄い方だ――」
――そんな、囁かれるような言葉を聞けば、小さくため息を吐き出してしまった。
『何じゃ、大人気じゃのうエルちゃん?』
「うるせー。何一つ嬉しくない」
茶化すようなルシエラの言葉に、肩を落とす。
実際問題、そんな羨望の眼差しやらなにやらを向けられたって嬉しくも何ともないのだ。
そんな物を向けられた所で何も返すつもりはないし、何よりこの先に有るものは酷くくだらないものだと、俺は痛い程に理解している。
『――まあ、魔王とやらに会うには避けては通れぬ道だろうさ。諦めよ』
「……解ってるっての、ったく」
そんな俺の心中を察したのか。
ルシエラは苦笑しながら、俺の頭を軽く撫でれば――胸の中にこみ上げてきた、ムカムカとしたモノも幾分かマシになってくれた。
まあ、何がともあれ準備が済んだならさっさとここを発つとしよう。
エスメラルダに軽く挨拶はするつもりだが、どうせ俺が居た所でやる事なんざありはしないのだ。
……ああ、アマツの方に行って湯にゆるりと浸かるのも良いかもしれない。
正直な所を言えば、身体にも結構疲労が溜まっているし、リリエル達だってきっとそうだろう。
うん、それが良い。
準備が済んだらアマツの方で一度のんびりとしようじゃあないか。
そうやって鬱陶しい視線を振り切るようにしながら、俺は自分の天幕に入って――そして、硬直してしまった。
天幕の中に居たのは、いつものように静かな表情で――しかしどこか緊張している様子のリリエルと、動揺がはっきりと表情に現れているアミラ。
天幕の中にはふわり、と甘い香りが漂っていて。
「あ、こんにちはエルちゃんっ♥えへへ、遊びに来ちゃった♥」
――そして、天幕にはなかったはずのテーブルの上。
悪戯っぽい笑顔を浮かべた少女……アリスが、何故か知らないがそこに腰掛けていた。
「――大変だったんだねぇ、エルちゃん」
「ん、まあな」
外から中の様子を見られないようにしっかりと天幕を閉じつつ、アリスと軽く言葉を交わす。
最初の言葉通り、どうやらアリスはただ俺の所に遊びに来ただけらしく――まあ、それでもそんな様子を周りの連中に見られたらどうなるか、っていう話ではあるんだが。
丁度、俺ものんべんだらりとしたかったというのもあって、俺はアリスにここ数日の事を軽く話して聞かせてみせた。
アリスはふんふん、なんて口にしつつ、俺の話を聞くのが面白いのかは知らないが、どこか楽しそうにしていて。
……そんなアリスの様子を見てしまえば、俺も軽く口元を緩めてしまう。
「ね、エルちゃん」
「どうした?」
「そのランパードって街、直しちゃおっか?」
――事も無げに口にしたアリスに、俺は改めて目の前の少女が規格外なのだと思い知らされる。
アリスは別に冗談や酔狂でそんな言葉を口にしている訳ではない。
恐らく、それをアリスは容易く行えてしまうのだ。
軽く、口に出してしまえるくらいに簡単に。
まあ無論、だからといって恐れだとか、そういったものは胸に去来することはなかったのだけれど。
「――いや、良いさ。建物だけ治っても仕方ないしな」
「そうなんだ。ん、エルちゃんがそう言うなら」
俺がそう言えば、アリスはえへへ、なんて笑みを浮かべながら軽く返して。
そうしてしばらくの間、リリエルやアミラも交えてアリスとのんびりとした時間を過ごしていると。
不意に、ばたばたと慌てたような足音が天幕の外から聞こえてきて――一瞬だけ身構えるが、外に見えた影に安堵の息を漏らした。
見慣れた人影は天幕を開け放つように勢いよく中に入れば、何やら酷く興奮したような、嬉しそうな表情を浮かべていて。
「――エルトリスっ!エルトリスは居るっ!?」
「ええ、ここに。どうかしたのですか、クラリッサさん」
「どうしたもこうしたも――って、あ、アリス様っ」
「こんにちは、クラリッサちゃん♥ほら、クラリッサちゃんも座って座って?」
手にした便箋をぶんぶんと振りながら、リリエルの言葉に笑顔で応えていたものの。
アリスの姿を見れば――やはり、魔族からしてみれば六魔将であるアリスは緊張する相手なのか。
ビキ、と身体を硬直させながら、促されるままに椅子に腰掛けて。
……そして、こほん、と小さく咳払いをしてみせれば。
手にしていた白い便箋を、俺達に見せびらかすように晒してみせた。
「何と!何と、何とアルケミラ様から直々に便箋が届いたのよ――!!」
「……アルケミラ、っていうと」
「クラリッサさんの主で……」
「……六魔将の、一人、だな」
凄いでしょう凄いでしょうと見せびらかしてくるクラリッサとは対照的に、俺は何やら嫌な予感を感じて眉を潜めてしまう。
リリエルもアミラも、六魔将からの手紙がわざわざクラリッサの元に届いたという事に何かを感じたのだろう、緊張した面持ちで。
「アルケミラちゃんがそんな事をするなんて珍しいわね。何々、何が書いてあるのかしらっ」
「何やら事態が動いたからこちらに使いを出す、と――ああ、この手紙は一生保存しなくちゃ――」
アリスからしても珍しいらしい、どうやって届いたのかも解らないアルケミラからの便箋。
それにますます嫌な予感を強めながら――
『……のんびりと休むのは、まだまだ先になりそうだの』
――ルシエラのそんな言葉に、俺は大きく、大きくため息を吐き出してしまった。




