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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第六章 妖花に沈む大国
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26.愛に、全てを

 先んじて間合いを詰めたのは、アルーナだった。

 茎を、蔦を束ねて作り上げたその両足は、人智を超えた脚力で花弁を蹴り砕き、瞬時に数メートルは有った間合いをゼロにする。

 エルトリスは刹那、その疾さに驚愕するものの、身体を硬直させる事はせず。


 ――瞬間、下から斬り上げる青白く光る長刀と、上から振り下ろされる赤熱する鎖の拳が交錯した。


 互いに力を拮抗させながら、長刀と鎖は一進一退、互いに折れる事も斬れる事もなく、ぶつかり合う。

 衝突で生じた衝撃波は巨大な白い華の花弁を散らし、雲を割り、轟音を鳴り響かせて。


 そんな強烈な力のぶつかり合いに、エルトリスもアルーナも口元を歪めていた。

 エルトリスは、渾身の力を出して尚、拮抗してくれるアルーナに――その戦いに狂喜し。


 そして、アルーナは予想通り、力勝負に出てくれたエルトリスに――予想から外れなかった事に、狂喜する。


「――っ!?」


 力は、互角。

 アルーナの全霊を込めた長刀は、ルシエラの力を使いこなしつつあるエルトリスの拳に、決して引けを取ることはなかった。

 故に互いに折れる事も、砕ける事も、傷つく事さえもない。


 ――だから、その結果は有る種、当然のことだった。

 力では拮抗しつつも、反発するそれを抑え込む力だけは違う。

 正面からの押し合いであるならばまだしも、今回は上下での押し合い。

 アルーナの斬り上げる力と、エルトリスの叩き込む力がぶつかり合えば――そこから生じた力は、エルトリスの幼い身体を打ち上げるには十分すぎる程だった。


 空中に投げ出されたエルトリスに、ダメージは無い。

 鎖が砕けたわけでもない。

 だが――空を飛ぶことが出来ないエルトリスには、それは余りにも致命的な隙となる。


「これで終わりよ、エルトリス――!!!」


 今度こそ、確実に終わらせる。

 アルーナは叫びながら、背中から無数の蔦を伸ばし、空中で身動きが取れないであろうエルトリスに殺到させた。


 このまま空中から降ろさない。

 いかに鎖を用いて防ごうとも、ここから先、エルトリスに一切の攻撃は許さない。

 アルーナは容赦なく、無数の蔦を鞭のように振るいながら、再び長刀を構えて。








 ――そして、信じ難いものを見た。

 エルトリスは、魔族ではない。

 アルーナはエルトリスの身を裂いた感触で、それを理解していた。

 クラリッサのように人の姿に形を変えて正体を隠蔽していたのだとしても、その身体にダメージさえ負わせれば、それが人間か魔族かは簡単に分かるのだ。


 エルトリスは、急所さえ穿てば――致命傷さえ負わせれば殺すことが出来る人間なのだ、と。


 そのエルトリスが、殺到する蔦を見て、()()する。

 それは有り得ない動きだった。

 エルトリスには翼もなければ、なにもない空中には鎖を掛ける場所さえもない。

 何処かに鎖を掛けるよりも早く、蔦はエルトリスの元へと殺到したのだ。

 最早、為す術など何一つ残っては居ない筈なのに――


「あ、は――っ、もうそれは、対策済みだよ――!!」


 ――唯一。

 アルーナが犯した、犯してしまったミスは、エルトリスの過去を考慮に入れなかった事だった。

 エルトリスはこの幼い身体に、か弱い少女とさえも言い難い身体になってしまって以来、ずっとこの身体に悩まされてきた。

 非力、脆弱、性差。

 それこそ汎ゆる場面で悩まされ続けていたが、最もエルトリスがこの身体で迷惑を被っていたのは、その体格。

 間合いの短さもあるが、その身体の軽さは余りにも、余りにも戦いにおいては致命的で。


 だから、今。

 ルシエラを使いこなしつつある今、エルトリスがそれを克服しない筈がなかったのだ。


 エルトリスは周囲を舞う円盤を足場にするように蹴り、跳躍しながら躍動する蔦からひらり、ひらりと逃れつつ、地上へと――アルーナの元へと、再び勢いを付けて戻っていく。


「チッ――」


 人間であるエルトリスが空中で跳ぶ、その異常事態にアルーナは舌打ちをしながら再び長刀に魔力を集中させていった。

 肩口に咲いた華から、周囲に有る魔力を徴収し、かき集め――


「――っ、ら、あああぁぁぁぁ――ッ!!!」

「く……ぐ、うぅぅ――!!」


 ――しかし、間に合わない。

 空中を跳躍し、矢のように戻ってきたエルトリスはその勢いのままに拳をアルーナに向けて叩きつける。

 まだ淡く光っているだけの長刀で、アルーナは迎撃を試みるものの、その長刀には先程のような力はなく。


「――あ」


 火花が散ったのは、一瞬。

 金属音が鳴り響いたかと思えば、長刀は微塵に砕け散り、鎖に貪られていって。


 それを見ながら、アルーナは自らの敗北を理解した。

 汎ゆる可能性を計算し、思考し、進化しようとするが、間に合わない。

 エルトリスの拳は、一切の慈悲も容赦もなく、アルーナの顔面に向けて叩き込まれ――








「……させ、ない」


 ――その、刹那。

 ずるり、とアルーナの胸元から生えた腕が、エルトリスの拳をわずかに遮った。

 それは、アルーナの腕ではない。

 細く、しかししっかりとした男の腕は、徐々にその身を食い千切られながらも、確かにエルトリスの拳の勢いを弱めて。


 それを見た瞬間、諦観していたアルーナの瞳に光が灯った。


「あ……ああああぁぁぁああぁぁぁぁ――ッ!!!!」


 どうか。

 どうか私に、エクス様に――エクス様の愛に応えられるだけの力を。


 誰かに祈る訳でもなく、願う訳でもなく、アルーナは心の底からそう想いながら、砕け散った長刀を投げ捨てれば、その細腕でエルトリスに向けて殴りかかった。

 細腕とは言えど、アルーナは高位の魔族である。

 一度その拳がエルトリスの肉体に届いたならば、それは決して軽いものでは済まない。


 拳を受け止められて、隙を晒したエルトリスはアルーナの叫びを、そしてその拳を見つめ――その拳が顔に届く刹那。


『――私達も、一人ではないからのう』


 それを、円盤が――ルシエラが、遮った。


 エルトリスの拳を受け止めていた男の腕が食い千切られ、削れ、無くなっていく。

 放った拳は遮られ、次の矢はもう間に合わない。


「……ああ」


 僅かに灯っていた光が、アルーナの瞳から消えていく。

 酷く悲しげで、残念そうな声を漏らしながら――アルーナは、最後にその身体の位置を僅かにずらした。


 エルトリスの拳が、エクスの顔に触れないように。

 ただ自分の体だけを砕くように――より致命傷を受ける事になるのを理解しながらも、そう導いて。








 アルーナの身体は、鎖の拳に打ち砕かれた。


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[一言] これってどちらが勝っても悲しい結果にしかならないやつでは...
[一言] ある意味悲しい終わり
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