24.咲き誇る大輪④
エルトリスの腕に巻かれた鎖が、伸びる。
腕に巻かれているそれよりも長く、永く。それこそ、エルトリスが望むるままに、それにルシエラが答えるように、どこまでも、どこまでも。
「――エスメラルダ!!」
「うん……うん、解ってるよ、エルトリスちゃん――!!」
そうして、伸びた鎖をアルーナの巨体に絡みつかせながら、エルトリスは叫んだ。
その言葉に応えるように、エスメラルダは頷いて、再び掌に魔力を集中させていく。
「十重奏――星の煌めき!!」
放たれたのは、強烈な――しかし収束されていない光。
魔力を収束して放つ星の息吹とは違い、それはアルーナの障壁を破壊することは叶わない。
だが、拡散していく胞子だけを確実に焼き払う事だけを目的とした、超広域を対象にしたその光は、空へと散りつつ有った胞子の全てを破壊し尽くして。
「……悪あがきを……っ」
自らが放った胞子を焼き払われていくのを――そして、その光が自らに対して何ら影響を与えない程度の威力しか無いのを見れば、アルーナは苛立たしげに言葉を口にした。
変わらない。
何も変わることはない。
胞子は再び生成できるし、例えどんな攻撃を受けたのだとしても、この形態ならば全てを破壊される事はない。
脅威である三人の内既に二人は死に体で、残る一人もこの形態となった自身に対する対抗策など無い筈なのだ。
唯一恐れていたのは、この形態に至る前に破壊される事だったが、それも既に問題ない。
だから、こんな事はただの悪あがきに過ぎないのに。
――だと言うのに。
先程まで絶望に近い表情を浮かべていた人間達が、どうしてこんなにも希望に満ち溢れた表情をしているのか。
理解できない感情が、恐れが、アルーナの中で首をもたげていく。
後は自らを増殖させていくだけで、ただそれだけで人間の世界を全て自身で埋め尽くし、全てを養分とできた筈なのに。
エクスとアルーナだけの世界が、あと一歩で完成する所だったというのに――
「――っ、何……これ、は――」
そんな最中。
突然全身――植物の部分に走った違和感に、アルーナは小さく声を漏らす。
一体何が起きたのか、とアルーナはその巨体の各所に華を咲かせて――そして、信じられないものを見た。
アルーナの巨体に、下部から上部に至るまで、黒い鎖が絡みついていく。
その鎖は先程も見た――全力で潰した、潰しそこねた相手が扱っていたもの。
だが、彼女の――エルトリスの扱う鎖は、こんなにも長くはなかった筈だった。
ユグドラの七つ首の一つを捕らえるので精一杯だった、筈なのに。
だと言うのに。
その鎖は事もあろうか、アルーナの人間部分が残っている華にまで、到達しつつ有った。
「な――あ……っ!?」
『くはっ、はははは!!良い、良いぞエルトリス――だがもっとじゃ!もっと、思うままにさらけ出せ――!!』
そして、そのまま黒い鎖が赤く、赤く赤熱する。
音を立てて回り、廻り、巨大なアルーナのその身体を削っていく。
アルーナの障壁の内側に、エルトリスが最初から入り込んでいたのもあるのだろう。
如何なる強固な障壁も、内側からの攻撃に対しては無力でしか無く、アルーナはその身を少しずつでは有るが、喰らわれつつあった。
より深い信頼を得られた事もあるのだろう。
ルシエラは狂喜するかのように笑いながら、アルーナを貪りつつ……そして、同時にエスメラルダが放っている光をも喰らい始めていた。
アミラとリリエルが作り出した、強烈な寒風も。
エスメラルダが放っている、星の煌めきも。
そして、アルーナのその巨体をも糧にしながら、ルシエラは容赦なくアルーナを喰らっていって。
……そして、事ここに至り、アルーナはこの巨体が今の状況では不利にしか働かない事を理解した。
エスメラルダだけならば良い。
アルカンやリリエル、アミラが居ても関係はない。
否、そもそもエルトリスが居た所で、本来ならばこの姿にさえなれたなら問題はない筈だったのに。
エルトリスがこの巨体に対応する事が出来るようになった今となっては、移動が一切出来ないこの姿はただの足枷でしか無かった。
これでは皿の上に載せられた料理のようなものだ。
無論、すぐに死ぬことはない。それどころか力を再生に廻せば、長い間耐える事はできるだろう。
だが、そうなってしまってはアルーナの悲願は叶わない。そうしてしまっては、自らを拡散させる余力は残らない。
こうなってしまった時点で、アルーナは今の姿を捨てざるを得なくなってしまったのだ。
――だが。
だが、それでもアルーナはその姿を捨てようとはしなかった。
既に力の大半を使ってしまったこともあるが、それ以上に――アルーナはエルトリスという存在を、先程の一戦で理解していたのだ。
どこまでも戦いに貪欲で、学習する厄介な敵。
「――よう。リターンマッチだ」
「しつこい子は、嫌われるわよ」
だからこそ。
エルトリスは必ず、自身の前に現れるとアルーナは確信していた。
鎖を伸縮させた反動で登ってきたエルトリスは、巨大な華の上に立てば、コキコキと肩を鳴らして。
アルーナはそんなエルトリスを見ながら、毒づきつつ――胸元に抱くように同化している、エクスの亡骸を指先でなぞれば、軽く目を伏せた。
エルトリスが死ねば、アルーナを縛り付け、喰らい続けている鎖は恐らく解けて消えるだろう。
それを考えるなら、エルトリス自身がこうしてアルーナの目の前に来る事はとてつもない愚行だ。
「……でも、そうね」
……でも、それを言うのであれば。
エクスと自分だけの世界を作り出す為だけに意地になっている自分も同じか、と。
アルーナは口元を軽く緩めながら――ずるり、と巨大な白い花の中央に埋めていたその身体を、引きずり出した。
その下半身は、最早人の形をしておらず。
腰から下は白い薔薇のような華に埋もれ、その下は棘が生え揃った茎が何重にも絡みながらうねり狂い、まるで蛇のよう。
「良いわ、今度こそ奇跡も紛れも無いように、その五体を引き裂いてあげる――!!」
「あはっ、きゃはは……っ、良いね――ああ、今度こそ決着だ!!」
――そして、二人……否、三人以外誰も居ない巨大な華の上。
既に滅び去った国の上で、最後の戦いが始まった。




