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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第六章 妖花に沈む大国
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23.咲き誇る大輪③

 ――かつてランパードだった瓦礫の山に、冷たい風が吹き荒ぶ。

 冷たい、と言っても肌寒いといった程度では断じて無い。

 息は白み、呼吸をすれば口内が痛むような、そんな猛烈な寒風が、瓦礫の中央にそびえ立つようにしている植物――アルーナを中心に、吹き荒れていた。


「――っ、は、ぁ……っ」

「大丈夫か、リリエル……?」

「は、い……まだ余裕があります」

『……しかし、よく考えるわね。私とそれの()()()、なんて』


 隣り合うように瓦礫の上に立ちながら、白い吐息を吐き出しながら。

 マロウトを翳すようにしたアミラと、抜き放ったワタツミを構えたままのリリエルは、アルーナに向けて凍えるような風を巻き起こし続ける。


 本来ならそれなりに暖かな筈のランパードは、今や雪国であるアマツさえも温かいと感じられる程の寒冷地と化していた。

 ワタツミによる冷気と、マロウトによる風をあわせたその寒風は、僅かにあった水分を白く凍りつかせながら、巨大な植物と化したアルーナの身体を凍てつかせていく。


『名付けて、氷精乱舞(ひょうせいらんぶ)!なんてどうかしら』

「……その名前は却下するとして。どうやら、やはり効果はあったようですね」

「ああ。どう見ても寒冷地の植物ではなかったからな――さぞ堪えるだろうさ」


 ――アルーナは魔族では有るが、それ以上に植物としての特性を色濃くもっていた。

 植物とは太陽の光を浴び、養分を吸い、育つもの。

 既に養分である人間、そして幼体を補食し終えたアルーナにとって、この極端な冷気は正しく猛毒。


 見れば、葉の一部は乾いて固くなり、欠け始めており。

 全身に白く霜が降りていけば――アルーナは悲鳴こそあげはしなかったものの。

 本来ならば、既に繁殖するための己の分身を放っているであろうその華は、ゆっくりと閉じ始めていた。


「大したものね……障壁は確かに、見えない鎧のようなものだもの」

「温度は成程、そのまま通す……と。すまん、鳥のお嬢ちゃん。もうちょっと寄ってくれんか」

「……変な所触ったら潰すわよ」


 リリエルたちから少し離れた場所。

 吹き荒ぶ冷たい風に耐えるように、物陰に固まっていたクラリッサとアルカン、そしてエスメラルダは身を寄せ合いながら震えていた。

 エスメラルダもこの寒さで体の中を荒れ狂う熱が収まりつつ有るのか、ようやく落ち着いた様子を見せて。


「……エルトリス、ちゃん……」


 ……そして、先程アルーナとの戦いの最中。

 アルーナの用いる最大の攻撃――と思われる何かに巻き込まれた少女の名前を、寂しげに呟いた。

 エスメラルダの目の前で、エルトリスはあの巨大な顎に飲み込まれ、城ごと吹き飛ばされたのだ。


 恐らくは生きては居ない。

 もし自分がちゃんと動けていたのなら、あんな事にはならなかったのに、という自責の念に、エスメラルダは凍えそうな身体を軽く抱えて。


「……何じゃ、デカいお嬢ちゃん。あのお嬢ちゃんの心配をしておったのか」

「アルカン、さん……」


 そんなエスメラルダを見れば、アルカンはクラリッサの翼に軽く抱かれるようにしつつ、その枯れ木のような身体を寄りかからせながら、意外そうな顔をしてみせた。

 エスメラルダはそんなアルカンの様子に、声を震わせて。


「だって……だって、エルトリスちゃんは、私の、目の前で――」

「死んだ所を見た訳でもあるまい。目の前で肉片になった、というなら話は別じゃが」


 エスメラルダの目の前で、一体何が起きたのかを見た訳ではないアルカンは、軽い様子でそう言葉にしつつ、白い霜に包まれていっているアルーナを見上げた。

 今までアルカンが、エスメラルダが相手にしてきた木っ端魔族とは比較にならない、正しく規格外な存在。

 ただ一人で国を文字通り落としてみせた、怪物。


「……あのお嬢ちゃんは、簡単には死なんさ」


 エルトリスはそんな怪物と渡り合いつつも、最後の一合で押し負けた。

 普通に考えるのであれば、命を落としていると考えるのが普通だろう。


 だが、それでも尚、アルカンは特にそれを考えることも無く口元を緩めてみせた。

 そんなアルカンの様子に、エスメラルダは眉を顰めて。


「何で――」

「……儂との再戦が済んでおらん。勝ち逃げなど、させるものかよ」


 ……そして、その言葉にきょとんとすれば。

 何の根拠もない、根拠にもならない、気休めにさえならない――そんな言葉に、何故か酷く安心してしまった。


 ああ、確かにエルトリスちゃんならば。

 まだ楽しみが残っているという状況で、死ぬ訳がない、なんて。

 アルカン同様、何の根拠もない確信を、エスメラルダは抱きながら――……








「……っ!?」

「なんだ……これ、は」


 ……白く、白く霜に覆われて。

 このまま枯れゆくかと思われたアルーナの身体に、異変が起きる。

 パキン、パリン、と音を立てながら表皮が割れたかと思えば、内側から新たに細い蔦が幾重にも絡んだような、そんな植物が姿を表したのだ。


 徐々に表皮が割れて砕け散り、霜が取れていけば、まるで脈打つかのようにアルーナの身体は瑞々しく、枯れる様子など微塵も無くなっていて。

 そして、それと同時に再び閉じかけていた花びらが、開き始めた。


「そんな――これさえも、乗り越えるというのですか……!?」

『冗談でしょ!?とっくに生き物なら血まで凍りついて死んでる温度なのに――!』


 それは、アルーナの……アルルーナの持つ進化の力。

 自らを構成している植物では、耐性を持ち得ない筈の冷気さえも、ついに耐性を獲得したアルーナは、その白い花びらを大きく、大きく開きながら。


 その巨大な花の中央で、無数の綿のような何かに囲まれた、下半身をその大輪に埋めた――上半身だけは人の形を保っていたアルーナは、淡く笑みを浮かべた。


「――さあ、いきなさい、私。世界を、私で埋め尽くすの――」


 その小さな宣告と同時に、ふわり、ふわりと粉のようなモノが、空に向かって舞い始める。

 それは、アルルーナが進化の中で獲得していた種子によらない繁殖方法……オルカに対して寄生した時のように、胞子を介して行われるモノだった。


 種子とは違い、成長に若干の時間を要するものの。

 胞子による繁殖は静かに、そして広く――そして、膨大に。

 一度飛散したのであれば、数十体どころか数千ものアルーナが世界に生まれ落ちる。


「……っ、いけない!クラリッサさん、私を、空へ――!」

「待って、何を」

「私の魔法で飛散する胞子を焼き払います!急いでッ!!」


 そんな未来を予見したのか。

 種子ではなく白い粉が飛散していく光景に戸惑っていたクラリッサを、エスメラルダは叱咤するように声をあげた。


 エスメラルダはその大きな体を抱えられるようにして、冷たい風が吹き荒ぶ上空へと飛んでいく。

 リリエルとアミラも、飛散していくそれが危険だと察したのだろう。

 風の流れを操ることで、飛散を少しでも防いではいたがそれでも全てを抑え込めるわけではなかった。


 ――エスメラルダは考える。

 仮に全力で魔法を放ったとして、胞子を焼き払ったとして、それでどうなるのか。

 今のアルーナの障壁は以前よりより強固に変わっている。

 この規模を考えるのであれば、全力で星の息吹を放ったとしても、殺しきれる物ではない。

 殺しきれなければ――再び胞子を放たれたなら、今度こそそれを防ぐ手段が無くなってしまう。


「……っ!十重奏(デクテット)――!!」


 そんな最悪の未来を想像しつつも、エスメラルダは頭を震えば、その膨大な魔力を一点に集中した。

 ……考えるのは後だ。

 今目の前の事態をどうにかしなければ、その未来さえも無くなってしまうのだから、と。

 半ば、諦めにも近い感情を入り混じらせながら――








「――っ、へ……くちょっ!!」


 ――そんな切迫とした状況の中。

 不意に、可愛らしいくしゃみのような声が、微かに鳴り響いた。


 アルルーナの巨大な体躯のその一角が、突然内側から黒い何かに食い破られて、勢いよく体液を撒き散らしていく。


 細い蔦が幾重にも絡んだような、その体躯の内側から現れたのは――片腕に大きな黒い螺旋を作り出しつつも、寒さに身体を震わせている、小さな、幼い少女。

 少女は金糸のような髪を冷たい風に揺らしながら、白い息を吐いて。


「さ、む……っ、ったく、リリエル達も結構やるじゃねぇか」

『ワタツミとマロウトの合せ技、かのう。大したものじゃ』

「……っ、エルトリスちゃん――!!」

「おう、心配かけたか」


 体を震わせながらも、少女は――エルトリスはこの状況が嬉しいとでも言うかのように、笑えば。

 軽くエスメラルダに手を振りながら、黒い鎖を編んで作り出したであろう螺旋を解くと同時に、小さく息を吸って、吐いて。


「――んじゃやるぞ、ルシエラ」

『ああ……お前の思うままを為すが良い。エルトリス』


 ルシエラの、そんな優しげな言葉にエルトリスは嬉しそうに笑みを零し――








 ――瞬間。

 その両腕から、黒い鎖が勢いよく四方に、八方に伸びた。


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