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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第六章 妖花に沈む大国
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22.咲き誇る大輪②

 ――それは、いわゆる処刑道具だった。

 全てを八つ裂きにする円盤を鎖でつないだような、奇っ怪な剣。

 魔剣と呼ばれるそれの前に、俺は突き飛ばされるように差し出された。


 理由はまあ、そんなに大したことではない。

 俺が殺した相手が、ちょっとしたお偉いさんの息子だったか何だったからしく、そのお偉いさんが金を積んで、数で俺を囚えただけ。

 そして、俺が無惨に死ぬ様を見世物にして、金を稼ごうとしているというだけの話。


 ……つくづく、うんざりしていた。

 物心ついた時には、居るはずの両親もおらず。

 ただ強く、ただただ強くなければ、生きる事さえ叶わなかったから、俺はそうなっていただけの事だと言うのに。


 それを非難がましく、口喧しく罵る連中には、心底ウンザリする。


 それは、奪われる奴が悪いのだ。

 それは、守れなかった奴が悪いのだ。

 それは、逃げようとも思わなかった奴が悪いのだ。


 両手両足には鋼の足枷。

 そこから伸びた鎖には鉄球が付いており、しっかりと俺の動きを制限していた。


 全くもって、ここに居る誰よりも若い子供相手に、本当にご苦労なことだ。


「……ったく、触りゃ良いんだろ、触りゃあ」


 まあ、もうどうでも良かった。

 何れはこうなる事を望んでいたような気さえする。


 真っ当に話ができる相手もおらず、日々怯える相手を、挑みかかってくる相手を、殺すだけ。

 生きる為にそうしているだけの日々は、とっくの昔に色褪せきっていて。


『――ほう。今日の贄は子供か』


 そんな俺の耳に、不意に女の声が届いた。

 周囲を見ても、それらしい奴はおらず、首をひねる。


『こっちじゃ、こっち。ふん、今日のは小汚いのう』

「……何だ、テメェ」


 訝しむように眉を顰めれば、幻聴ではないというかのように再び届いた声に、俺は視線を向けて。

 そこでようやく、目の前の処刑道具が声を上げているのだという事に気がついた。

 周りの連中はまるで気付いていないのか。

 ただ、俺が処刑道具を前に怯えて戸惑っていると思っているらしい、的はずれなヤジを飛ばしていて。


『案ずるな、どうせ私の声は豚どもには届いておらん』

「は……っ」


 ……そんな周囲のことを、豚呼ばわりする目の前の処刑道具に、思わず俺は笑ってしまった。

 周囲に居るのは、金持ち連中だ。

 金に物を言わせるばかりで、自分の力では俺を殺すことさえ出来ない連中。


『さて……では小僧。私の前で命乞いをしてみせろ。場合によっては助けてやっても良いぞ』


 それと同じように、処刑道具は俺に――見えないけれど、冷めた視線を向けながら、そんな言葉を口にした。

 ……何故だろう。

 命乞いをさせて、愉悦に浸ろうとしているような、そんなセリフだと言うのに……だと言うのに、何故か、俺は目の前の処刑道具がそれを望んでいないようにも見えた。


 もうそれには飽き飽きしている、というか。

 もう全てに興味が持てず、退屈を持て余しているかのような。








 ――少しだけ、胸が高鳴ったのを、覚えている。

 色褪せていた世界に、僅かに色が戻ってきたのを、覚えている。


 果たして、俺はあの時なんと口にしたんだったか――……








「……へっくちっ」


 ……夢は、そこで覚めた。

 肌寒い、冷たい空気に身体が震えてくる。

 周囲を見回してみるが、何も見えず――ただ、俺は狭い所に閉じ込められているのだという事だけは、判った。


『む。目を覚ましたか、エルトリス』

「ん、ああ……成程、ここはアイツの中か」


 ルシエラの声を聞いて、今がどういう状況なのかを思い出す。


 ――ユグドラが巨大な竜になって、俺を飲み込もうとした一瞬。

 壁を作っても抑えきれないと判断した俺は、自分の周囲を鎖で球状に覆って、圧殺されるのを免れたのだ。

 鎖で球状にくり抜いて、既の所で助かりはしたものの、どうやら閉じ込められた事には変わりはないらしく、周囲には光さえもないけれど。


「……くっちゅんっ」

『さっきから妙に冷えてきてるのう。何事じゃ……?』


 ……それにしても、妙に冷えるのは一体どういう事なのか。

 くしゃみしながら、俺はさてどうしたものかと考える。


 アルーナの力は、本当に圧倒的だ。

 今であれば、俺はヘカトンバイオンにも勝てる自信はあるけれど……でも、アルーナには勝てる確信は未だ持てずに居た。

 今回は辛うじて死を免れたけれど、最後の一撃は本当に危なかったし――無策で挑めば、今度こそ全力で叩き潰されるだろう。


 つまり、アルーナに勝利するには先手必勝、最初の一撃で決める必要があるのだ。


 アルーナじゃなく、悪辣で余裕たっぷりなアルルーナ相手であったなら、それも簡単だったろうに……なんて思いつつ、俺は暗闇の中で考える。


 ――鎖を使う、その方向性は間違っていないと思う。

 今まで俺は、ルシエラを剣として考えていたけれど――だから、剣の形から逸脱するような事は考えもしなかったけれど、その実ルシエラを構成しているものは牙が生えたような円盤と、その鎖だ。

 人魔合一によってルシエラと一体化した事でよく判ったけれど、ルシエラのその力は円盤にのみ宿っている訳ではない。

 それらをつないでいる鎖にも、当然ながら『喰らう力』は備わっており――だからこそ、先程はアルーナの攻撃もしのぎ切る事が出来た。


 でも、足りない。

 あれだけでは、アルーナを打倒するには足りていない。


『――エルトリスよ』


 そんな事を考えていると、不意に暗闇の中からルシエラが声をかけてきた。

 その声は少しだけ心外だ、といった様子の声色が混ざっていて。


 ……急に人魔合一が解けたかと思えば、俺の身体は何か、柔らかなものに包み込まれた。

 ふわり、と香る甘い匂いに、俺は自然と目を細めて。


『全く。一人で考え込むでない、寂しいではないか』

「……悪い」

『私とエルトリスは、最早二人で一人のようなもの。案ずるでない、二人で出来ぬ事など、何も無いさ』


 ぎゅう、と。

 俺の身体を優しく、優しくルシエラは抱きしめて、包み込んでくれた。


 ……ああ、そうだ。

 足りないんじゃあない、俺がそうしようとしていなかっただけだ。


 勝手に自分の力の限りを決めつけて、勝手に小難しく考えていただけだ。


「そう……だな。俺とお前なら」

『そうだとも。だから、エルトリス――あらん限りを、私に求めよ』

「ああ、解ってる。一緒にやっちまおう、ルシエラ」


 理解してしまえば、真っ暗闇の中だと言うのに急に視界がひらけたような気がした。

 肌寒くなってきたその理由も、少しだけ思い当たる節がある。


 ――アイツらだって頑張ってるんだから、俺がうじうじ考えてる訳にも行かないだろう。


「人魔、合一――よし、それじゃあやるか」

『人魔合一――ああ、共に行こう、エルトリス』


 俺は、ルシエラに暖かく、柔らかく包まれながら、再びルシエラを身に纏って。


 ――そして、あらん限りの力を持って、俺達を飲み込んでいるその巨木を打ち砕いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] もうエルトリスもルシエラも結婚しちゃえばいいのに( ˘ω˘ )!
[一言] エルちゃんの過去が分かりそうで分からなかった回。 くしゃみかわいい
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