22.咲き誇る大輪②
――それは、いわゆる処刑道具だった。
全てを八つ裂きにする円盤を鎖でつないだような、奇っ怪な剣。
魔剣と呼ばれるそれの前に、俺は突き飛ばされるように差し出された。
理由はまあ、そんなに大したことではない。
俺が殺した相手が、ちょっとしたお偉いさんの息子だったか何だったからしく、そのお偉いさんが金を積んで、数で俺を囚えただけ。
そして、俺が無惨に死ぬ様を見世物にして、金を稼ごうとしているというだけの話。
……つくづく、うんざりしていた。
物心ついた時には、居るはずの両親もおらず。
ただ強く、ただただ強くなければ、生きる事さえ叶わなかったから、俺はそうなっていただけの事だと言うのに。
それを非難がましく、口喧しく罵る連中には、心底ウンザリする。
それは、奪われる奴が悪いのだ。
それは、守れなかった奴が悪いのだ。
それは、逃げようとも思わなかった奴が悪いのだ。
両手両足には鋼の足枷。
そこから伸びた鎖には鉄球が付いており、しっかりと俺の動きを制限していた。
全くもって、ここに居る誰よりも若い子供相手に、本当にご苦労なことだ。
「……ったく、触りゃ良いんだろ、触りゃあ」
まあ、もうどうでも良かった。
何れはこうなる事を望んでいたような気さえする。
真っ当に話ができる相手もおらず、日々怯える相手を、挑みかかってくる相手を、殺すだけ。
生きる為にそうしているだけの日々は、とっくの昔に色褪せきっていて。
『――ほう。今日の贄は子供か』
そんな俺の耳に、不意に女の声が届いた。
周囲を見ても、それらしい奴はおらず、首をひねる。
『こっちじゃ、こっち。ふん、今日のは小汚いのう』
「……何だ、テメェ」
訝しむように眉を顰めれば、幻聴ではないというかのように再び届いた声に、俺は視線を向けて。
そこでようやく、目の前の処刑道具が声を上げているのだという事に気がついた。
周りの連中はまるで気付いていないのか。
ただ、俺が処刑道具を前に怯えて戸惑っていると思っているらしい、的はずれなヤジを飛ばしていて。
『案ずるな、どうせ私の声は豚どもには届いておらん』
「は……っ」
……そんな周囲のことを、豚呼ばわりする目の前の処刑道具に、思わず俺は笑ってしまった。
周囲に居るのは、金持ち連中だ。
金に物を言わせるばかりで、自分の力では俺を殺すことさえ出来ない連中。
『さて……では小僧。私の前で命乞いをしてみせろ。場合によっては助けてやっても良いぞ』
それと同じように、処刑道具は俺に――見えないけれど、冷めた視線を向けながら、そんな言葉を口にした。
……何故だろう。
命乞いをさせて、愉悦に浸ろうとしているような、そんなセリフだと言うのに……だと言うのに、何故か、俺は目の前の処刑道具がそれを望んでいないようにも見えた。
もうそれには飽き飽きしている、というか。
もう全てに興味が持てず、退屈を持て余しているかのような。
――少しだけ、胸が高鳴ったのを、覚えている。
色褪せていた世界に、僅かに色が戻ってきたのを、覚えている。
果たして、俺はあの時なんと口にしたんだったか――……
「……へっくちっ」
……夢は、そこで覚めた。
肌寒い、冷たい空気に身体が震えてくる。
周囲を見回してみるが、何も見えず――ただ、俺は狭い所に閉じ込められているのだという事だけは、判った。
『む。目を覚ましたか、エルトリス』
「ん、ああ……成程、ここはアイツの中か」
ルシエラの声を聞いて、今がどういう状況なのかを思い出す。
――ユグドラが巨大な竜になって、俺を飲み込もうとした一瞬。
壁を作っても抑えきれないと判断した俺は、自分の周囲を鎖で球状に覆って、圧殺されるのを免れたのだ。
鎖で球状にくり抜いて、既の所で助かりはしたものの、どうやら閉じ込められた事には変わりはないらしく、周囲には光さえもないけれど。
「……くっちゅんっ」
『さっきから妙に冷えてきてるのう。何事じゃ……?』
……それにしても、妙に冷えるのは一体どういう事なのか。
くしゃみしながら、俺はさてどうしたものかと考える。
アルーナの力は、本当に圧倒的だ。
今であれば、俺はヘカトンバイオンにも勝てる自信はあるけれど……でも、アルーナには勝てる確信は未だ持てずに居た。
今回は辛うじて死を免れたけれど、最後の一撃は本当に危なかったし――無策で挑めば、今度こそ全力で叩き潰されるだろう。
つまり、アルーナに勝利するには先手必勝、最初の一撃で決める必要があるのだ。
アルーナじゃなく、悪辣で余裕たっぷりなアルルーナ相手であったなら、それも簡単だったろうに……なんて思いつつ、俺は暗闇の中で考える。
――鎖を使う、その方向性は間違っていないと思う。
今まで俺は、ルシエラを剣として考えていたけれど――だから、剣の形から逸脱するような事は考えもしなかったけれど、その実ルシエラを構成しているものは牙が生えたような円盤と、その鎖だ。
人魔合一によってルシエラと一体化した事でよく判ったけれど、ルシエラのその力は円盤にのみ宿っている訳ではない。
それらをつないでいる鎖にも、当然ながら『喰らう力』は備わっており――だからこそ、先程はアルーナの攻撃もしのぎ切る事が出来た。
でも、足りない。
あれだけでは、アルーナを打倒するには足りていない。
『――エルトリスよ』
そんな事を考えていると、不意に暗闇の中からルシエラが声をかけてきた。
その声は少しだけ心外だ、といった様子の声色が混ざっていて。
……急に人魔合一が解けたかと思えば、俺の身体は何か、柔らかなものに包み込まれた。
ふわり、と香る甘い匂いに、俺は自然と目を細めて。
『全く。一人で考え込むでない、寂しいではないか』
「……悪い」
『私とエルトリスは、最早二人で一人のようなもの。案ずるでない、二人で出来ぬ事など、何も無いさ』
ぎゅう、と。
俺の身体を優しく、優しくルシエラは抱きしめて、包み込んでくれた。
……ああ、そうだ。
足りないんじゃあない、俺がそうしようとしていなかっただけだ。
勝手に自分の力の限りを決めつけて、勝手に小難しく考えていただけだ。
「そう……だな。俺とお前なら」
『そうだとも。だから、エルトリス――あらん限りを、私に求めよ』
「ああ、解ってる。一緒にやっちまおう、ルシエラ」
理解してしまえば、真っ暗闇の中だと言うのに急に視界がひらけたような気がした。
肌寒くなってきたその理由も、少しだけ思い当たる節がある。
――アイツらだって頑張ってるんだから、俺がうじうじ考えてる訳にも行かないだろう。
「人魔、合一――よし、それじゃあやるか」
『人魔合一――ああ、共に行こう、エルトリス』
俺は、ルシエラに暖かく、柔らかく包まれながら、再びルシエラを身に纏って。
――そして、あらん限りの力を持って、俺達を飲み込んでいるその巨木を打ち砕いた。




