11.魔族なるもの
「――という訳でだ、ここに居る奴らには辺境都市近郊を遊撃する形で防衛して貰いたい。斥候は何組か既に向かわせてるから、そいつらの情報で動いてくれれば大丈夫だ」
そう言いながら、ギリアムはその外見に似合わず結構丁寧に書いてある辺境都市と周辺の図をバシバシと叩いた。
まあ、大体は先日の依頼通りだし特に問題もない。
他の連中も事前に説明らしきものは受けていたんだろう、特に異を唱える者は居らず。
……ああ、でも一つだけ。
「なあ、オッサン。もし魔族とやらに鉢合わせたら、先にやっちまって良いんだよな?」
これだけは、一応確認をとっておこう。
元より魔族とは話も聞きたい関係上俺がやるんだが、まあ金を貰う訳だしそれくらいはした方が良いだろうし。
ただ、俺の言葉を聞いたギリアムは妙に難しい顔をすると、少しだけ考え込むように眉を潜めた。
周囲の連中も、何故だか俺の方に訝しげな視線を向けてくる。
「……無論、構わない。だが魔族を甘く見ないほうがいいぞ、エルトリス」
「別に甘く見てるつもりはないんだけどな」
ギリアムの言葉に軽くそう返すと、ギリアムはますます難しそうな顔をしてしまった。
……そんなに、俺と魔族がやりあう事に問題があるんだろうか?
「あのな、エルトリス。魔族ってのは一人じゃまず勝てない相手なんだぜ」
そんな事を考えていると、話を聞いていたマクベインがギリアムの書いた図の横に何やら人っぽいモノを書き始めた。
あんまり絵は上手くないんだろう、辛うじて人と分かるソレの周囲をなぞるようにマクベインは線を引いて。
「一応俺も以前、魔族との戦いに参加したんだけどさ。あいつら、障壁みたいなのを常に身体の回りに張ってるんだよ……それも、とんでもなく硬いやつを」
「硬いって、どれくらいだ?」
「俺たち黒鉄の一党の他に四つの徒党が参加した上で、昼過ぎから交代交代に延々攻め続けて夜半にやっと破れたくらいだ。しかも、ソレで何とか撃退した程度」
『……そりゃあまた、随分だのう』
その時の事でも思い出したんだろう、マクベインは小さくため息を漏らしつつ図に更に何かを書き加えていく。
「しかも、あいつら魔族は異様な程に強い。障壁に完全に防御を任せて攻撃してくるんだから、幾らエルトリスが強くても止めたほうが無難だよ」
「確かに、千日手となってしまっては……」
「あー、まあ取り敢えず魔族と遭った時にでも考えるさ、それは。ちなみに魔物にもその障壁ってのはあるのか?」
「いや、それは無い。そういった障壁を持ってるのは魔族だけだ」
「魔物はまあ、相手にするのにはそこまで問題ないさ。基本的には頭が悪いし、群れた所で連携をとったりする訳でもないしな」
リリエルも少し不安になったのか、考え込むようにしていたけれど。
俺はそれならそれで、今までに相手にした事がないタイプで楽しそうだな、なんて思ってしまった。
ルシエラもルシエラで、今まで喰った事の無い相手に心を躍らせているようで、にんまりとした笑顔を浮かべてるし。
ただ、それを口に出すことはなく――出した所で特に意味は無いだろうし――その後は、過去にギリアム達が戦ったことのある魔物の特徴や種類などを多少なりと共有しあって、それで話し合いは一段落ついたようだった。
「取り敢えず、後は斥候からの情報待ちだな。思念魔法使いが居るから、見つかったら直ぐに連絡が来る筈なんだが――」
――一方、辺境都市周辺の森の中。
ギルド長であるギリアムの指示の下、魔物及び魔族の索敵に出ていた徒党は今、悲鳴を上げそうになりながらも必死に息を潜めていた。
彼らの視線の先には、数十ではきかないような数の魔物達が行進しており――それだけでも彼らからすれば死を覚悟するというのに、その奥には明らかに魔物と違う者が居て、人間である彼らが聞いても綺麗と思える……しかし不気味な音色を、手に持ったハープで奏でていた。
無論、彼らが怯えているのは、今にも泣き出しそうなのはその奥に居る者が魔族だろうから、というのも有るのだが――
「……何で、どうして……っ、魔物が、こんなに統率がとれてるなんて……」
――ソレ以上に彼らを絶望させていたのは、その魔族が文字通り率いている魔物達の、その行進にあった。
彼らとて、ギリアムに信頼されて依頼された者たちだ。過去に魔物と遭遇した経験が、まるで無い訳ではない。
だが、彼らの眼前にいるその魔物達はソレとはまるで比較にならないような、そんな別種とさえ言える存在で。
ガシャン、ガシャン、と二足歩行の魔物が一歩歩く事に、身につけている重厚な鎧が音を鳴らす。
ズシン、ズシン、と同じく鎧を纏った四足歩行の魔物が背中に魔物をを載せて、大地を揺らす。
それは、さながら軍隊の行進のごとく。
それをなす魔物達の目には、明らかに知性らしきものが宿っており――……
「思念魔法はまだ出来ないのか!?早くギリアムさん達に伝えなければ……!」
「やっています、やってるんです!でも、なんで、どうして――ッ」
(――ああ、無駄ですよ。ワタシがずっと妨害していますので)
ひっ、と必死になって思念魔法を使おうと試みていた女性は悲鳴を上げた。
混線、或いは割り込みとでもいうべきなのか。
思念を飛ばそうとしていた所に突然聞いたことも無いような声が入り混じり、女性はその場で尻もちを付きながら、歯をガチガチと鳴らして顔面蒼白になり。
彼女の様子に何が起きたのか理解できない彼らは、戸惑いを隠せなかったが――
「さて、示威行動……というんでしょうか。ワタシの楽団は如何でしたか?」
「~~~~ッ!?」
――まるで最初から、そこに居ることに気付いていたように。
吟遊詩人が一曲終えた後に、聴衆に声をかけるようなそんな気軽さで、ハープを奏でていた魔族が言葉をかけてくれば、そこでようやく彼らは理解した。
この魔族は自分たちが居た事になど、最初から気付いていて。
自分たちはただ、聴衆として、観衆としてこの光景を見せつけられていただけだったのだ、と。
「喜んでいただけたようで、恐悦至極。それでは、お代を頂くと致しましょう」
「……っ、行け、お前が一番疾い。俺たちが何とか食い止める、だから」
「おや、タダ見にタダ聞きとは関心しませんね。ワタシの曲を聞けたのですから、しっかりと対価は頂かなくては――」
「行けッ!!」
それでも、絶望に襲われながらも彼らは命は諦めながらも、役目は諦めなかった。
彼らの内で一番小柄な少年が、恐らくはリーダーであろう男性に背中を叩かれて矢のように駆け出していくのを見れば、ハープを持っている魔族は至極残念そうな言葉を――
「――嗚呼、全く仕方有りませんね。さあ、徴収の時間ですよ」
――しかし、酷く愉しそうな声色で、その嘴から呟けば。
大地を揺るがしながら、その楽団は彼らを一息で、僅かな時間もかけずに踏み潰した。