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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第六章 妖花に沈む大国
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17.異変

 大広間を抜けて、走る。

 背後では激しい戦闘音が鳴り響いていたが、アルカンならば大丈夫だろう。

 そんな確信めいたものを懐きながら、先へ、先へと進んでいけば、階段を登り。


「――エルトリスちゃん」

「ああ、解ってる」


 そして、その先から――先程からずっと感じていた、強烈な存在感を感じれば、エスメラルダは小さく声を漏らした。

 全身を掌で握り潰されているかのような圧迫感。

 心臓が勝手に鼓動を止めてしまいそうな程の威圧感。


 幼体達やエクスとは明らかに格が違う、その圧力に俺達は少しだけ呼吸を整えて。


「……行くぞルシエラ、エスメラルダ!」

『ああ、先手必勝じゃ』

「うん……っ」


 そして、それを振り切るように俺達は勢いよく駆け出した。


 本来ならば、アルカンと三人で一気に仕留める手筈だったが、欠けたものを悔やんでも仕方がない。

 兎に角、相手に一切の進化の余裕を与えずに、最大火力をもって叩き潰す。

 最初から決めていたとおりに、俺とエスメラルダは階段の先にある扉を開け放てば――その先に、玉座に蹲るようにと腰掛けていた少女へと、飛びかかった。


「……」

「人魔合一――!!」

『人魔合一!!』


 少女は――アルルーナは、異様なまでの圧を放ちながらも動くことはなく。

 即座に、俺はルシエラと一体化すればアルルーナに向けて拳打を放った。


 アルルーナは、未だに俺達を一瞥さえしていない。

 まるで、そんな事よりももっと大事なことが有るとでも言うかのように、無反応で。


 ぐしゃり、と。

 俺の拳が、ルシエラの鎖が巻き付いた拳打がアルルーナに届くよりも早く、分厚い花弁がそれを遮った。

 アルルーナは未だに、蹲ったまま。

 視線をこちらに向ける事さえ無く――


「……あ、あ」


 ――まるで、何かにショックでも受けているかのような、そんな声色を漏らしながら。

 そんな有様だというのに、玉座の影から、足元から生い茂るように繁茂した植物が、一斉に俺達に向けて襲いかかってくる。


『ち――っ、これは、鬱陶しいのう……!!』

「まってて、エルトリスちゃ――」

「こっちに構うな!!」


 鋼のような蔦。

 こちらを飲み込むように絡みつこうとしてくる枝木。

 足元から勢いよく伸びた草は、一度飲み込まれたのならばそのまま俺達へと寄生するのではないか、という程に不気味にうごめいて。


 そんな有様を見れば、エスメラルダは魔法を植物に向けようとしたが、俺はそれを言葉で遮った。


 そんな事をすれば、アルルーナに進化の機会を、学習の機会を与えることになる。

 予定は変わらない。

 最大火力を、全力で――何故か茫然自失としているアルルーナに叩き込んで、それで決着を付ける――!!


 俺の意図を察したのか、エスメラルダは詠唱しようとしていた魔法を中断し、即座にその膨大な魔力を練り始めた。

 ああ、それで良い。やるべき事が判っているのは、流石というべきだろう。


 まるで茫然自失としたアルルーナを守るように繁茂し続ける植物を、周囲を舞うルシエラの円盤で切り払い、拳打で打ち払いながら、それがエスメラルダの元に到達しないようにと戦い続け――そうしている内に、不意に。

 地面から……繁茂した植物の隙間から、這い出すように何かがアルルーナの元へと送られたのを見れば、俺は僅かに思考を鈍らせた。


 ――それは。

 先程俺達が戦い、そしてアルカンが今戦っている――否、その戦いが決したのか。

 最早動くことは無いであろう、肩口から上しか残っていない、エクスの亡骸だった。


 アルルーナはそれを愛おしむように抱きしめながら、小さく息を漏らし――








 ――一方、エルトリス達が戦っているその階下。

 華に寄生された使用人たちと、時間が経過して新たに産まれたであろう幼体達と死闘を繰り広げていたリリエル達は、突然の変化に戸惑っていた。


「……っ、何をしているの……止めなさい、そんな事私は望んでいないわ!?」

「何が起きて――っ、ふざけないで、何を馬鹿な事を――」


「……何が、起きているんだ?」

「分かりません、ですが……っ!」


 幼体達が突然狼狽えるようによろめき、声をあげて、自問自答するかのように声を上げ始めたのを見れば、最初こそ戸惑っていたものの。

 リリエルはそれを好機とばかりに、既に軽くはない傷を負っている身体に鞭を打って、白刃を隙だらけの幼体に向けて振るい始めた。


「――あ、ああ、もう……っ、鬱陶しい、鬱陶しい、鬱陶しい……!!何でこう、おかしな事ばかり――!!」

「っ、好機だ!畳み掛けるぞ!!」


 リリエルの攻撃に対して反応しようとするも、幼体達は何故かその動きに精彩を欠き。

 謎の不調に罠かと訝しんでいたアミラも矢を放っていけば、あれほど苦戦していた筈の幼体達は、次々と壁に打ち付けられ、倒れ伏して。


「……っ、こんな……こんな事、有り得る筈――っ、止めなさい、やめ――!!」


 しかし、リリエルの、アミラの攻撃よりも。

 それ以上に何かを止めようとしているかのように、幼体達は叫び、狼狽えれば――


「な――リリエル、下がれッ!!」

「これ、は……!?」

「あ――ぎっ」

「こ、な――ぁっ」


 ――ばくんっ、と。

 床から突然湧き出した巨大な花弁が、幼体達を捕食するように、喰らいついた。

 否、ようにではなく文字通り捕食なのだろう。

 幼体たちを飲み込んだ花弁は、そのままリリエル達には一瞥もくれずに床下へと潜っていって。


「……リリエル、アミラ!無事!?」

「クラリッサ……何なのだこれは!?」

「知らない、解らない――こんなの、今までアルルーナは一回も……っ」

「自分同士で同士討ち……では、無いとは思いますが……」


 クラリッサの所でも同じ出来事が起きたのだろう。

 今までアルルーナと戦った経験があるクラリッサでさえも理解できない、不可解な現象にクラリッサも混乱しながら。

 リリエルもまた、混乱はしていたものの、何とか現状を理解しようと試みて――そして、エルトリス達が戦っているであろう階上へと視線を向けて。


「……エルトリス様達に、何かが有ったのかもしれません。幸い私達はまだ戦えます、行きましょう――!!」

「そう、ね……ええ、そうしましょう。ここに居ても仕方ないわ」

「判った、急ぐぞ!」


 即断即決。

 異常事態の原因が、エルトリス達に――或いは分体にあると考えたリリエルは、アミラ達とともに駆け出した。








「――っ、ラアァッ!!」


 渾身の一撃で、強引に分厚い花弁の守りを開く。

 あいも変わらず、アルルーナは蹲ったまま――その腕に亡骸を抱いたままだったけれど。

 その目が、ぎょろりと。

 可憐な少女の顔だというのに、その碧色の瞳がこちらを凝視したのをみれば、ゾクリと背筋が冷えた。


 ――おかしい。

 幼体を通じて、アルルーナという存在がどういう物かは、薄々だけれど判ったつもりでいた。

 上から一方的に相手を踏み躙って、弄んで愉悦に浸るクズ野郎……いや、女か。

 そんな、救いようのない悪辣さこそがアルルーナだと、そう思っていたのに。


 だというのに。

 目の前でエクスの亡骸を抱いているアルルーナは、まるで別人のようだった。

 愛おしむように亡骸を抱きつつ、そしてそれを脅かそうとしている俺達へと敵意を向けるその様に、救いようのない悪辣さなど感じられない。


「エルトリスちゃん、離れて――っ!!十重奏(デクテット)――」


 植物の勢いが僅かに失われた隙を突いて、エスメラルダはその膨大な魔力を束ねるように掌に集めていく。

 ヘカトンバイオンの分厚い装甲をも融解させた閃光だ、マトモに受ければアルルーナとてただでは済まないだろう。


 アルルーナは、未だにエクスの亡骸をその胸に抱いたまま。

 しかし、その視線ははっきりと俺達に向けられていて――


「――ああ。駄目よ、それは許さないわ」


 ――その、小さな言葉と同時に。

 エスメラルダの詠唱よりも遥かに早く、信じられない速度で部屋に4本の柱が――柱のような植物が、床と天井を貫いて聳え立った。


 不味い。

 何かは解らないが、これは、ヤバい――!!


「――っ、星の(スター)――」

「鈍い」


 俺が、その柱をルシエラで寸断するよりも疾く。

 エスメラルダが、アルルーナに先んじて閃光を叩き込むよりも、疾く。


 ――部屋の視界を奪う程の薄桃色の靄が、玉座の間に満ちた。


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― 新着の感想 ―
[一言] アルルーナの人間的な一面が垣間見える回... 前回から引き続いてもの悲しい...
[一言] おや?敵の様子が……
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