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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第六章 妖花に沈む大国
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16.沈まぬ狂王②

 ――それは、明らかな異常だった。

 今まで鞘から魔刀を抜くことも無く……否、抜くことを省略する事で不可視の斬撃を放ってきたアルカンが、魔刀を、ヤシャザクラを引き抜いた事も。

 そして、アルカンが明確な、それもとても基本的な構えを――正眼の構えをとった事も。


 既に、エクスはアルカンの間合いに入っている。

 アルカンに確実な終わりを与える為に、エクスは既に長刀を構え、その頭蓋を叩き割らんとしている。


 疾さでは、アルカンに分があるだろう。

 だが、既にアルカンは度重なる打ち合いで、疾さだけではエクスを仕留めきれない事を重々に理解していた。


 既に、エクスに何度斬撃を与え、何度食い千切り、何度魔法による攻撃をくわえたか。

 常人ならばとっくの昔に死に絶えているであろうダメージを負いながらも、エクスは未だ、疲労こそあれど五体の全てを失うことすら無く、アルカンの前に立っている。


 植物に寄る再生。

 一方的に攻撃を与えた後の、強烈な反撃。

 それだけの力を持っていながら、エルトリスとエスメラルダを逃し、ギリギリまでそれを使わなかった、その理由。


「――いざ」


 エクスは小さく言葉を口にするのと同時に、アルカンと同じように長刀を正眼に構えた。

 背中から生えている蔦を翼のように伸ばし、整えたその姿から、次の一撃はエクスの持ちうる全力で来るのだろうと、アルカンは薄く笑みを浮かべる。


 ああ、まるでいつか、剣を教えた時のようだ、と。

 あの日から変わらず、お手本のように綺麗に構えるエクスの姿を見れば、その脳裏には遠い過去の情景が蘇った。


 エクスには、アルカンが教えたことを忠実にこなす気概があった。

 アルカンは身分の上下で教える事を変えたりはしない。

 どんな相手にも厳しく、下手であれば叱咤し、上手くなればより上を目指すように教えてきた。

 それを忠実にこなせたものは、決して多くはなく。

 例え才が無くとも、アルカンはエクスの事を凡人だと思いながらも、その姿勢を評価していた。


 ――それが、良くなかったんじゃな、と。

 余りにも手遅れになってしまった今、アルカンは痛感していた。


 アルカンはそれを、エクスが真面目だからだと思っていた。

 多くの臣下は、届かぬ王に近づこうとまっすぐに努力するエクスに、次代の希望を感じていた。


 ……それが、エクスという人間の理解から、余りにも遠い事だと気づくこともなく。


「ハアアァァァァ――ッ!!」


 エクスの裂帛の気合と共に、大広間が揺れる。

 長刀が尋常ならざる疾さを以て奔り、アルカンの頭蓋を叩き割らんと迫る。

 それと同時に、エクスは背中から伸ばした蔦を先程のように、鞭のように撓らせながらアルカンへと殺到させた。


 そうしなければならない。

 自分のような凡人が、アルカン相手に手を抜くこと等、余りにも愚かしいと。


 もはや超人の域に達している今でさえ、エクスは自らのことを凡愚としか捉えておらず。


 何も、変わっていない。

 エクスは自分が仕えていた頃から、何も変わっては居ないのだ、とアルカンは思う。


 初めは、権力を得て狂ったのだと思っていた。

 度を越えた力を得て、全能感に酔い、愚王へと堕したのだと、思っていた。


 ――愚かなのは、儂らじゃったか、と。

 迫る長刀を見つめながら、アルカンは目を伏せる。


「――済まぬ、(エクス)よ」


 故に。

 アルカンの口から零れ落ちたのは、心からの後悔だった。

 もし、少しでもエクスの内面を見ようとしていれば。

 「ひたむきに努力する王子」という幻想ではなく、「努力しても理想に近づけず苦悩する王子」という現実に、気づけていたのなら。


 きっと、こんな結末は迎えなかったのだろう、と。








「な」


 ――声をあげたのは、エクスの方だった。

 先に振るった筈のエクスの長刀が、半ばでアルカンの魔刀に触れる。


 それは、良い。

 元よりエクスは、疾さでアルカンに打ち勝てる等とは微塵も考えていなかった。

 それよりも、エクスにはアルカンが自らの長刀と打ち合った事が理解できなかったのだ。


 打ち合う形に、鍔迫り合いの形になってしまったのなら、後は疾さなど関係ない。

 ただの力勝負であるのならば、老いさらばえたアルカンが、自分に勝てる道理など有る筈もない、と。


 エクスはその考えに――そして、そこから生まれた不安に眉を潜めながらも、長刀に力を込め、アルカンの体ごと圧殺せんと長刀を振り下ろしていく。

 実際、エクスの長刀は拍子抜けする程に簡単に、アルカンの魔刀を圧倒した。

 グン、と押し込んだ感覚を覚えれば、エクスは勝利を確信し――


「――一刀(いっとう)


 ――次の瞬間。

 自らの身体に魔刀が食い込んだのを感じれば、エクスは目を見開いた。

 アルカンへと押し込んだ、圧倒した筈の長刀は、見れば鍔迫り合いとなった部分から綺麗に折れており。

 エクスが馬鹿な、と口にするよりも早く、魔刀はエクスの体を袈裟に斬り裂いていく。


 だが、エクスの目はまだ死んでは居なかった。

 問題ない。

 この程度の傷ならば、まだ戦える――まだ、アルーナの為に出来る事があると、入るはずのない力を蔦に通わせて、アルカンの体を滅多打ちにせんとした。


 それこそが、エクスがアルーナによって与えられたモノ。

 超人的な、超常的な再生能力と、アルーナと同様の自己進化の力。

 エクスが求める限り、生半可な負傷ではエクスは死に至る事もなく――エクスがアルーナの為にと思う限り、その体は進化し続ける。


「な――ぁッ!?」


 ……その、超人としか言えないようなエクスの体が、袈裟斬りにされた部分から、勢いよく爆ぜていく。

 一体何が起きたのか、エクスには理解できなかった。

 魔刀が食い込んだその部分――斬られたその部分から、血肉が爆ぜ、肉体の内側に向けて切り刻まれていく。


 超人的な肉体が再生するよりも早く。

 過負荷を負った肉体が進化するよりも、早く。

 その爆発にも似た、無数の斬撃はエクスの肉体を内側から食い荒らし――


滅殺(めっさつ)――終いじゃ、エクスよ」


 ――アルカンのその言葉を聞いた瞬間、エクスはああ、と。

 するりと、自らの敗北を理解した。








 一刀滅殺(いっとうめっさつ)

 人魔合一によって生み出された、剛撃を放つ花びら。

 その()()を一刀に込めたその一撃は、その性質故に鞘に収めたまま放つ事は、見えない剣閃として放つ事は出来ないものの。

 斬りつけた相手の内側から花びらを以て斬り裂き殺す、文字通り滅殺する為の技。

 本来であれば、生半可ではない耐久を持つ上位の魔族に扱うような――そんな必殺の一撃を振るったアルカンは、エクスを見下ろしながらヤシャザクラを鞘に収めた。


「……ああ。駄目、か」

「うむ、終いじゃ」


 一刀滅殺を受けたエクスの体は、見る影もなく……肩口から上が辛うじて残っているような、無惨な姿を晒しながらも、まだ生きていた。

 無論、だからといって何かが出来る訳ではない。

 如何に超人的な肉体とは言えど、再生には限りが有るのか。

 傷口から蔦が、根が伸びては枯れるのを繰り返しているのを見れば、アルカンにもそれがどういう事なのか、理解できた。


「結局……僕、は……何者、にも……なれなかった、な」


 小さく息を吐き出しながら、エクスは掠れた声を漏らす。

 誰に言うわけでもなく、淡々と。

 ほんの僅かに後悔を滲ませたような、そんな言葉。


「……いいや。お主は、名を残したさ。儂も決して忘れまい」

「ああ……そう、かも、ね」


 そんなエクスの言葉を、アルカンは首を振って否定する。

 事実、エクスの名は今後世界に残るだろう。

 それがただ、名声ではなく悪名であるだけで――エクスは、確かに何かには、なったのだ。


 エクスはそれを軽く笑いながら、見えない何かに、有りもしない手を伸ばすように体を動かして。


「……でも……僕、は。ただ……アルーナ、の……傍に……」


 掠れた声で、愛おしむような響きで。

 この国を滅ぼした――そして、自らの愛した女性の名を口にすれば、それっきり動かなくなった。


「……そうじゃな。エクス、お前さんの亡骸はアレの傍に埋めると約束しよう」


 そんなエクスに目を伏せつつ、アルカンは血に塗れた体をゆらり、ゆらりと動かして、エルトリス達の後を追うように歩き出す。

 全身に受けたダメージは決して軽い物ではなく、既にアルカンは満身創痍だった。

 年齢も有るのだろう、その足取りは重く、重く――それでも、歩みを止める事はなく。








 ――そんなアルカンの背後。

 エクスの亡骸が、しゅるり、しゅるりと蔦に取り込まれ、何処かへ運ばれていった事になど、アルカンは気づく事すら無かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 地味に嫌な予感しかしない
[一言] なんとなく悲しさのある回でした。 やっぱり凡人って感情移入しやすいですね...
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