14.それは、愚王ではなく
アルルーナの能力を聞いた上で、俺達が選択したのは短期決戦だった。
正直な所をを言うのであれば、まだ市街地での疲労が、ダメージがろくに癒えていない状況での短期決戦は避けたい所では有ったが、時間を掛ければ掛ける程に倒すべき相手――アルルーナが進化する可能性が有るというのであれば、仕方がない。
……無論、強い相手と戦うというのは望む所ではあるが。
こと、アルルーナのようなクソみたいな性格の奴が強くなってしまったとしても、それはきっと愉しい戦いには繋がらないだろうから。
広場から正門に集まった俺達は、鋼のような蔦が絡みついた城門をエスメラルダの魔法で吹き飛ばし、そのまま城内へと突入する。
「――リリエル、アミラ。それにクラリッサ、頼むぞ」
『無理はするでないぞ。いざとなれば、兵士の一人や二人は囮にせい』
「畏まりました。こちらが片付き次第、救援に向かいますので」
「エルトリス達も、どうか無事で」
「……無理だと思ったら逃げるのよ。逃げられれば、だけれどね」
軽く言葉を交わせば、俺達は二手に別れた。
片や、大半の兵士達を引き連れて城内を制圧する部隊。
そして、もう片方は――城内の構造を知っているアルカンとともに、アルルーナに決戦を挑む部隊。
後者である俺とアルカン、それにエスメラルダは城内を徘徊する――かつては使用人だったであろう、その成れの果て達を兵士達に任せながら、先へ、先へと進んでいった。
幼体が何体かまた生えているのだろう、階下では激しい戦闘音が鳴り響いており。
「……妙、じゃな」
「そう、ですね」
先へ、先へ。
城内の最奥部、玉座の間へと向かう最中、アルカンとエスメラルダは訝しげに眉を顰めた。
二人が抱いている疑念が何なのか、解らないでもない。
階下では幼体との激しい戦闘が行われている、それは多分間違いない。
でも、それなら何故……俺達の方に、幼体が一体も立ち塞がらないのか。
「……道が間違ってるとか、ねぇよな?」
「さ、流石にそんな事はないと思うよエルトリスちゃん!?ね、アルカンさん!」
『いーや判らんぞ、アルカンも歳だからのう』
『……オババよりはずっと、若い。アルカン、元気』
「カカ、流石に道を忘れる程耄碌はしておらんよ。それに――」
俺達の言葉に、アルカンは笑いつつそう答えて、周囲を指差した。
……ああ、成程、確かにこれは間違っていないのだろう。
先へ進むにつれて、城内の壁を蔦が、根が塗り替えるように繁殖している。
空気自体も少しだけ重たく、そして甘く――毒ではないのだろうが、花の香りが濃く立ち込めて。
そして、何より。
進む先から感じられる、圧とでも言うのだろうか。
今までであったどんな相手よりも重いそれを、俺達はひしひしと感じていた。
「よし、後は大広間を過ぎれば最奥部じゃ。この感じならば、アルルーナも、それに愚王もそこじゃろう」
「……良いんですね、アルカンさん」
「構わんさ、この国をこんな有様にした王じゃ……今更、どうあっても償えまい」
そうして、少し進んだ後。
大きな扉を前にして、アルカンはそう言葉にすれば、僅かに眉を顰めた。
……俺には解らない感情だが、まあ確かにここはアルカンの故郷だし。
この先に進めば、それを滅ぼした馬鹿な王が居ると思えば、冷静でも居られないんだろう。
俺は小さく息を吐き出せば、景気づけに、と思い切り扉を蹴り飛ばして――
「……馬鹿な」
――アルカンは、その先。
大広間の丁度中央に立っていたソレを見れば、信じられないと言った表情を見せた。
それは、幼気な風貌の少年だった。
気の弱そうな、線の細い、黒髪黒目の――しかし、どこか綺羅びやかな鎧を身に纏った、子供。
その身の丈には到底合わない、ルシエラよりも更に長い、恐らくは大人であっても持て余すような長刀を携えながら、少年はアルカンに柔らかく笑みを浮かべ。
「相変わらず失礼だね、アルカン。でも、とても貴方らしい」
そして、それは――いや、最早疑う余地もない。
愚王、エクスはまるで臣下にでも語りかけるかのように、穏やかに言葉を口にすれば、ゆっくりとその長刀を引き抜いた。
――カラン、と鞘が床に落ちた瞬間。
「――……っ、王よ、貴方は一体何になってしまったと言うのだ……っ!!」
アルカンのその言葉と同時に、俺達は目の前に立つエクスに向けて、間合いを詰める。
アルカンが口にしたのは、問い掛けではなく嘆きだった。
どうして、何故、そこまで堕ちてしまったのか。
愚王と口にはすれど、アルカンにも思う所は有ったのだろう。
無論、その嘆きに返事など期待していない。
元より、エクスはアルルーナと短期決戦を挑むための通過点に過ぎないのだ。
時間を掛ける事さえ惜しい、と俺はアルカンの見えない剣閃がエクスを斬りつけるのと同時に、その脳天を叩き割ろうとルシエラを振りかぶって――
「……僕は、僕になっただけだよ、アルカン」
――信じられない物を、見た。
エクスは凡庸な男だと聞いていた、けれど――その凡庸な男は、一太刀だがアルカンの剣閃をその長刀で弾いてみせたのだ。
だが、だからと言って全てを弾いたわけではない。
エクスの身体を、着ていた鎧ごと見えない剣閃が斬りつければ、俺は迷うこと無くルシエラを振り下ろし――エクスは、これにさえも反応してみせた。
『は――中々悪くない剣、じゃが――!!』
俺の一撃を受け止めるように構えた長刀を、ルシエラは構うこと無く噛み砕き、削り――そして、叩き折る。
振り下ろされた一撃は大きく逸れはしたが、それでもエクスの肩口を捉えれば、ぞぶん、とその身体を大きく食い千切った。
肩口から脇腹までを失い、よろけるエクスに向けて、エスメラルダは静かに手を翳す。
――エスメラルダは、以前会った時とは、別れた時とは大分変わった気がする。
以前のこいつだったら、人にそれを向けるのは多少なりと躊躇ったろうに……今のこいつは、それを躊躇わない。
残酷になった、というよりは甘さが消えた、とでも言うべきなんだろうか。
「――星の息吹!」
無慈悲に放たれた閃光は、エクスの身体を貫いて――そのまま、城壁に風穴を空けた。
胴体を切り裂かれ、肩口から先を失い、そして身体に大きな風穴を空けたエクスは、動くことさえ無く。
……凡庸、愚王と言う割にはそれなりな動きをした事には驚いたが、まあこんなものだろう。
アルカンはエクスの凄惨な亡骸を前にして、僅かに目を伏せつつも、そのまま先に進もうとして――
「――何処へ、いくんだい?」
――大広間に響いた、その声に。
動くはずのない、ボロボロに成り果てたエクスの亡骸が動いた事に、俺達の思考が一瞬だけ停止する。
見れば、食い千切られた肩口からは、何やら植物のような何かが盛り上がり、成長しながら傷口を埋めていて。
エクスは、その傷が癒えるのを待つまでもなく、折れた長刀を構えれば――手負いとは、既に死に体とは思えない程の疾さで、それを振るってみせた。
「……っ!」
「おい、冗談――っ!!」
見えない剣閃で、ルシエラでそれを受け止めれば、俺もアルカンも思い切り壁際まで弾き飛ばされて、驚愕する。
人の、力ではない。
エクスは外見こそ普通の少年――いや、既に成年している筈のエクスがそうである事自体がおかしいのだけれど――だったけれど、その身体は明らかに異質な物に成り果てていた。
傷口を、植物が埋めていく。
砕けた鎧を、木の幹が覆っていく。
折れた長刀は、極彩色の蔓で彩られていく。
「此処から先は、僕を斃してから行ってもらおうか」
「……こりゃあ、評価を改めないとな」
――そこに居たのは、愚王ではなかった。
単なる愚物であるのなら、自らの命惜しさに命乞いをしただろうし、こんな風にアルルーナを守ったりなんてしないだろう。
こいつは、エクスは愚物なんかじゃない。
こいつはこいつなりの、何かを以てここに立っている。
言うなれば、狂王。
狂王エクスは、その身体を植物で補強しながら――再び、俺達三人を前にして怯むことさえなく、その刃を振るい始めた。




