11.市街決戦
オルカが、アルルーナが待ち構えている広場から、程なく離れた通り。
店や建物が瓦礫となって塞がっているその場所が、突然音を立てて爆発した。
「――あは、素敵」
アルルーナは突然の出来事に動揺することもなく、笑みを浮かべる。
誰かがオルカを救いに来ることは想定の範囲内では有ったし、それが少数精鋭だという事も予測出来ていた。
舞い上がる土煙から現れた影は、一つ。
艶やかな羽織を纏い、人とは思えない疾さでアルルーナとの間合いを詰めてくる、枯れ木のような老人。
「ああ、一人でいらしたのね、御爺様――ふふ、可哀想に」
「――その身体、返してもらうぞ」
憐れむような、面白がるようなアルルーナの言葉に、アルカンは淡々と言葉を告げる。
既にアルルーナはアルカンの技を幼体を通じて見ていたが故に、その間合いを完全に把握しているのか。
極彩色の槍を構えれば、微動だにする事も無く――
――一撃、二撃、三撃。
瞬く間に二人の間を奔った閃光がぶつかり合い、互いに火花を散らした。
見えない斬撃を見極めるように、アルルーナは嗤いながらアルカンの白刃を槍で弾き、反らしていく。
無論、本来ならば例えアルルーナとは言え、出来る芸当ではない。
「――ああ、この子の記憶は本当に役に立ちますわね。ふふ、しっかりと御爺様の事を見ていたみたいだから良く分かりますわ?」
「――……っ!」
それを可能にしているのは、アルルーナが得たオルカの記憶だった。
オルカがアルカンを敬愛し、真摯に技を学び、その動きから何かを掴めないかと勤勉であったからこそ、為し得た――無論、それだけではないのだが。
それを聞かされれば、アルカンは眉を潜めつつも、更に剣戟を加速させていく。
……本来ならば、既に勝負は決している筈だった。
アルカンの技は、その技量は例えアルルーナだとしても本体ではなく、分体でもなく、オルカの身体を奪った幼体であるならば遥かに凌駕している。
それこそ、最初の数回でその四肢を寸断し、反撃さえ出来なくなったところを首を落としてしまえば、それだけで決着は着いた筈なのだ。
「ふふ、お優しいんですね、御爺様」
それを何よりも、誰よりも理解しているアルルーナは、心底楽しそうにオルカの顔で笑った。
――それが出来ない理由は、ただ一つ。
アルカンは未だにオルカを救おうとしているからに、他ならない。
オルカを救うのであれば、その片方の目に咲いてしまった花を斬る以外に術はなく。
それ故にたとえ見えない斬撃であろうと、卓越した技量であろうと、その本分を発揮する事は叶わなかった。
そうしている間にも、アルルーナとアルカンの戦いを見ている幼体達は、学習を続けていく。
アルルーナとしては、正しく最良の展開だった。
最終的にアルカンにオルカの身体を殺されたのだとしても、それはそれで構わない。
幼体を学習させ、分体と共に強化しつつ、師と弟子の望まぬ戦いの結末を愉しむ、正に一石二鳥といったこの状況に、アルルーナは愉悦に浸り――
「――……?」
――そして、不意に。
何か奇妙な違和感を、胸に抱いた。
何かを見落としている。
何かを忘れている。
終始、万事掌の上で人間達を転がし続けている筈だというのに、何か――何か、引っかかって離れない。
アルカンとの間に火花を散らしながら、アルルーナは周囲の華花と視界を共有する。
居ない。
周囲には、誰も居ない――少なくとも、華花がある範囲には、誰も居ないようで。
「――カァッ!!」
「と、と――危ない、危ない」
気を逸したその一瞬を見逃さず、アルカンは見えない剣戟をその目に咲いた花に叩き込もうとして――それを既の所で、アルルーナは回避した。
切られたのは、花弁の一つのみ。
花が機能を失うには程遠い、掠り傷でしか無いそれを受ければ、アルルーナは意識をアルカンの方へと戻す。
「――やっと隙を見せやがったな」
――瞬間。
背後で学習を続けていた筈の幼体の片方が、突然爆発とともに弾け飛んだ。
華花の死角にでも潜んでいたのか。
爆発とともにあがった土煙が晴れれば、そこには幼体の身体を文字通り殴り潰した、金髪の少女――エルトリスの姿があった。
アルルーナは冷静に、幼体を動かしてエルトリスへの対処を行おうとするが、それも遅い。
まるで猛獣の如く、矢継ぎ早に残った幼体も殴り潰されてしまえば、突然の自体にアルルーナの思考が僅かに混乱する。
――アルカンは判る。
弟子を救いに来るのだろうとは予想はしていた。
だが――まさか、主要戦力の一人であろう、アリスの領域から帰還を果たした少女までこの場に来るのは、流石に予想の外だった。
実質、アルルーナの幼体とマトモに戦えるのはエルトリスとアルカン、そしてエスメラルダの三人だけだというのに。
その内の二人を、そこまで大した戦力でもない手合を救うのに割くなんて――しかも、エルトリスは特にオルカと縁が深い訳でも無いというのに、そんな非合理をアルルーナは予見出来なかった。
アルルーナにとって予想外だったのは、エルトリスの中の命の天秤において、その他大勢の兵士達など殆ど価値の無いものだった、という事だろう。
英傑たちと並び立つ者であるならば持っているであろうと予想していたその良識は、未だにエルトリスの中に芽生えてはおらず。
あるのは精々、気に入った奴が困っているなら助けたい、といった程度の優しさくらいだったのだ。
その、一瞬。
自分の予想から大きく外れた出来事に、アルルーナの動きが今度こそ、僅かに鈍り――そして、それをアルカンは見逃さなかった。
「――あ」
見えない剣戟が、極彩色の槍を弾き飛ばす。
手から離れた槍を戻そうと、アルルーナは周囲の蔦を伸ばして手元へと投げるが、それが間に合う筈もない。
僅かな溜めの後放たれるであろう、見えない剣戟は今度こそアルルーナの、オルカに咲いたその華を散らすだろう。
再びの敗北を前にして、アルルーナは特に悔しがる様子もなく――
「――やめて、下さい……アルカン師……」
「……ッ!!」
――オルカの声色で。
苦しそうな表情で、そう言葉にした。
その言葉に、声色に――愛弟子の救いを求めるような言葉に、それが奸計だと理解できていても尚、アルカンの動きが止まってしまう。
アルルーナはそんなアルカンに愉快げに笑みを零しながら、手元へと戻ってくる槍へと手をのばした。
さあ、その躊躇を、情を踏み躙ろう。
アルカンの体と心に、消えることのない爪痕を残してやろう――そう、喜悦に満ちた表情を浮かべながら。
「バーカ。俺が見てるだけな訳ねぇだろ」
『趣味の悪い槍じゃな。味も悪い、最低じゃ』
「――は?」
バキン、と。
その手元に届く寸前で、宙を舞う円盤が極彩色の槍を噛み砕いた。
圧倒的な膂力で殴り潰すだけだと思っていた相手からの予想外の手に、アルルーナはその表情を喜悦、愉悦から別のものへと歪めていく。
愉しみを邪魔された事への苛立ち。
憎悪とも、憤怒とも取れる表情をオルカの顔に浮かべながら――
「……そう。貴女は楽に殺してあげないわ」
――目の前のアルカンを見ようともせず。
華を散らされるその刹那、アルルーナはエルトリスへの呪詛をハッキリと口にして――口元をいびつに、醜悪に歪めてみせた。
華が散った途端、ガクン、とアルルーナの――オルカの体が揺れて、倒れ込む。
アルカンはそれを抱きとめながら、力なく体を弛緩させたままのオルカの顔を覗き込んで。
「……オルカ!しっかりせんか!!」
『しっかりして……っ、オルカ、死んだら……アルカンが、泣いちゃう、だから……!!』
反応さえ返さないオルカに、二人は必死に言葉を投げかける。
それでもオルカはピクリとも動かないまま、体をぐったりとさせたままで。
エルトリスもルシエラも、その様子を見てしまえば軽く舌打ちをしながら、目を伏せて。
「――あ……りゅ、か……ん……し」
――か細い、舌っ足らずなその声が静まり返った広場に響けば。
アルカンは、未だ力なく体を弛緩させたままのオルカの体を、枯れ木のような腕でしっかりと抱きしめた。




