7.戦闘、反映、強化②
市街地での戦闘が続く。
兵士達は華を咲かせた者たちを、そして主力であるエルトリス達は幼体達を相手取るように立ち回っていたが、それでもなお兵士達の犠牲は止まらない。
幼体の一薙ぎを受ければ体は弾け飛び、花粉を浴びれば、吸ってしまえば恍惚とした表情を浮かべたまま、体中の穴という穴から血液を垂れ流し。
そうやって、尋常ではない死が認識されていけば、兵士達の間に広がるのは恐慌ばかり。
一度広がった恐慌は収まる事無く広がりながら、複数人であたれば相手出来ていた筈の華を咲かせた者たちにさえ遅れを取るようになっていく。
「――ち、ぃっ」
「ああ、もう……っ、どんどん強くなるなんて、ズルい……!!」
アルカンの弟子であるオルカとメネスは、3人目である幼体を相手にしながら、広がり続ける混乱と強くなり続ける幼体に眉を潜めた。
一度目は、容易く撃退した。
二度目は、多少苦戦はしたものの、互いの連携を以て障壁を削りきり、脳天に毒を叩き込んだ。
――そして、三度目。
「ふふっ、もっと楽しみましょう?」
「ほら、せっかく私も貴女達に合わせたのだから――」
オルカとメネスの前に居るのは、二人の幼体。
それぞれ蔓を束ねて作り上げた槍と刀を手にしたそれらは、笑みを浮かべながらオルカ達に襲いかかっていた。
見様見真似、付け焼き刃の連携――といえば、対処も容易いように感じるかもしれないが、そうではない。
それを行っているのは人の域を遥かに越えている怪物、魔族の中でも上位の存在なのだ。
辛うじて極彩色の刃を、槍を二人は捌きながら反撃に移る……が。
二人の刃が幼体を捉えるよりも早く、その周囲にある見えない壁が攻撃を遮った。
幼体の持つ障壁は、並大抵の魔族よりも遥かに硬く、強く。
二度目は二人がかりで削りきりはしたが――それが、今度は二体ともなれば、当然先のようには行くはずもない。
「シィ――ッ!!」
「ハ――ア、アァァァァッ!!」
「凄い、凄いわね二人共。並の魔族よりずっと良いわ」
「ええ、そうね。二人は踊り子として私の玩具になってもらいましょうか」
裂帛の気合。
連携、技量で上を行く二人では有ったが、それでもなお絶望的な種族差は埋めがたく。
その体を血で赤黒く染めながら――毒を受ければ、その都度オルカの魔槍で解毒をしながら。
二体の幼体の攻撃に、徐々に、徐々に追い詰められていった。
――勝機が、見えない。
二人は既にそれを悟っていたが、それでもその場から逃げ出す事はなかった。
逃げ出そうとした所で、目の前の幼体が逃がす筈もないというのもあったが、それ以上に二人はアルカンの故郷であるこの場所を、見るも無惨に破壊した眼の前の相手を許せなかったのだ。
無論、目の前に居るのが本体ではないことは既に理解している。
だとしても――幼体の口を通して囀られるその言葉は、オルカ達を踏みとどまらせるには十分で。
「……多少の怪我は、覚悟でいきましょう。メネス」
「うん。こいつらは、殺すよ――お爺ちゃんにあんな顔をさせた奴は、殺す」
二人が纏う気配が変わるのを見れば、幼体達はニンマリと笑みを深めた。
刺し違えてでも自分たちを仕留めるつもりなのだろうと理解して尚、幼体達の余裕は、愉悦は崩れない。
自分たちが死んでも何も変わらないどころか、悪化するだけだと言うのに。
その刺し違えてでもこちらを殺しに来るのなら、それを学習して、城に居る本体――分体であるアルーナ――へと反映し、残っている幼体へと伝える。
そうやって、私達は際限なく強くなれるのに――それを口に出す事はなく、くすくすと愉しげに嗤いながら、幼体達は覚悟を決めた様子の二人を見つめ。
「――残ってるのは8――いえ、9体よ!!」
――そんな最中。突然、上空から大きな女の声が響き渡った。
幼体はその声に聞き覚えが有った。
幾度となく本体と争ってきた、アルケミラの配下の一人。
広範囲に弱体化をかける歌声を響かせる事を得意とした――かつては厄介な相手だった、クラリッサ。
だが、ファルパスというそれと対となる能力を持つ魔族を失っているクラリッサであれば、今この場において驚異にはなりえない事を幼体は知っていた。
彼女の能力は、それを打ち消し強化しうるファルパスの力があったからこそ厄介だったのだ。
今この場でクラリッサが歌った所で、目の前の相手共々弱体化をかけられるだけで何の意味も無い。
幼体はクラリッサに一瞬だけ意識を向けつつも、すぐに目の前のオルカ達に視線を戻す。
さあ、早く死力を尽くせ。
全力で私達を殺しに来いと、挑発的な笑みを浮かべながら――……
「――あと7……6!エルトリスは西!アルカンは北のをやりなさい!!エスメラルダは直進!!」
……続くクラリッサの言葉を聞いた瞬間、目を見開いた。
幼体は分体を通して互いに意識を共有しているが、その内の3体が今のほんの僅かな間に戦闘不能にさせられたのだ。
戦闘行為を行う間もなく、学習する暇さえ無く、一方的に。
仮にも魔族の――それこそ、六魔将の配下となれる程度の力はある筈の幼体が、まるで塵芥を掃除するかのように消されていくという異常事態に、幼体は動きを僅かに鈍らせる。
そんなことが出来る手合なんて、この場には居なかったはずだ、と。
焦りはなくとも、その事実に僅かに動揺し――そして、幼体達は互いの視界を共有して、見た。
両手に鎖を巻きつけた少女が、自らに殴りかかるその瞬間を。
舞い散る花びらが、自らを八つ裂きにする瞬間を。
眩い閃光が、自らを焼き尽くすその瞬間を。
「――ふぅん。成程ね」
死力を尽くして挑みかかってくるオルカとメネスの相手をしつつ、幼体はくす、と愉しげに笑みを零す。
自分たち二人を含め、残存する幼体は後3体。
これでは最早、幼体が学習し反映した所であの三人は止める事など出来はしないだろう。
「それじゃあ、やり方を変えましょうか」
「ええ、変えましょう」
傷つきながらも自らの障壁を打ち砕いたオルカ達に笑みを浮かべつつ。
まるで、包容でもするかのように両腕を広げれば――
「――っ、メネスッ!!」
「え」
――ばちゅんっ、と。
大きな音を立てながら、まだ戦えた――オルカ達と少なくとも相打ちにはなれたであろう幼体達が、ぶくりと膨れ上がった後に、弾け飛んだ。
同時に周囲に撒き散らされた体液から、メネスを守るようにオルカは彼女を抱きしめれば、その背中に、体中にそれを浴びて――……
「オルカ!?やだ、なんで――」
「……だい、じょうぶ……みたいです」
……毒、或いはそれに準ずるものだと思ったのだろう。
メネスは悲痛な叫び声をあげはしたものの、オルカは予想に反して訪れる事のなかった苦痛に、きょとんとした表情を見せれば。
「――っ、馬鹿、バカバカバカ!!私だってなんとか出来るんだから……っ」
「ん……済みません、メネス。咄嗟でしたし……妹弟子を守るのは、姉弟子として当然の事ですから」
そんなオルカの様子に安堵しつつも。
メネスは怒った様子でオルカの体を何度も叩き、叩き――そんなメネスの様子に、そして自分の命があった事に、安堵しながら。
「――残存0!少なくとも見える範囲にはもう、幼体はいないわ――!!」
空から響く、クラリッサの声に二人は空を見上げれば。
それと同時に市街地から湧き上がった、兵士達の歓声に耳を傾けて。
――何故かくす、と勝手に漏れた笑みを不思議に思いつつも。
オルカは傷ついた体を動かすようにしながら、メネスと共に残っていた華を咲かせた者たちの掃討に、あたっていった。




