6.戦闘、反映、強化①
「――少し手こずりましたが、何とかなりましたね」
「ああ。しかし……これがアルルーナ、か?」
「いえ、流石に呆気なさ過ぎます。障壁もありませんでしたし、別の何かかと」
エルトリス達から程なく離れた、市街地の一角。
周囲に戦闘の痕跡こそ残りはしたものの、リリエルとアミラは無事幼体を打倒したのか。
小さく息を漏らしつつ、頬を伝う汗を拭いながら――足元で無惨に損壊した幼体の残骸を見下ろした。
兵士達を守りながらの戦いになりはしたものの、リリエルが一廉の戦力になった事もあるのだろう。
二人は特に傷を負った様子もなく、僅かな休憩を挟んだ後、再び市街地の制圧へと移っていった。
兵士達も先程の二人の戦い様を見て、鼓舞されたのか。
華を咲かせた人型達に、恐れ怯む事もなく兵士達は挑みかかり、魔都と化したランパードの市街を進んでいく。
――全ては順調。
このまま行けば、一両日中には市街の制圧も完了するのではないか。
兵士達は当初の恐怖も、怯えも忘れ、そんな楽観的な考えさえ頭に浮かべ始めて。
「またか……っ、下がれ!くそ、まだ居るのか……!!」
「予想はしていました。早急に処理します、兵士の方々は下がって下さい」
そんな最中、再び現れた緑の髪をした幼女に、リリエルとアミラは身構えた。
兵士達も先程の戦闘を見ていたからだろう、忘れていた恐怖を思い出しながら、後退し――……
「ふふっ、うふふ。そんなにゆっくりで良いのかしら――」
「――っ、伏せろ――ッ!!」
刹那。
ゴゥ、と風が吹いたかと思えば――後退していた兵士達、その最後尾に居た者たちの体がバチュンッ、と音を立てて弾け飛んだ。
咄嗟に反応し、屈んだリリエル達は無事であったものの。
先程と同様ならありえる筈も無かったその光景に、兵士達は一瞬だけ固まって。
「――ひ……あ、あああぁあぁぁぁぁっ!!」
「は、早く、早く行けよ!くそ、なんで、なんで――」
「あらあら、だらしのない殿方ですこと。みっともなく惨めな者を見るのも大好きですけれど――うん、貴方がたは別に要りませんわね」
突然上半身が弾け飛んだ同僚を見た兵士たちの間に、一気に恐慌が広がっていく。
ただ触手で薙ぎ払われて死んだのであれば良い。
圧死、轢死、或いは重傷を負って死んだのであれば、それは怯えこそすれど兵士達にとっては本懐だからだ。
だが、これは違う。
人の形さえも残らない、まるで家畜が屠殺されるかのような死に様は、そんな死に方は人の死に方ではおおよそ無く。
――魔族と、それもアルルーナの幼体ほどの高位の魔族と戦った経験など有る筈もない兵士達に、それを恐れるなというのは余りにも酷すぎた。
先ほどとは段違いの速度になった蔓が、風を切り、叩く音を鳴らしながら周囲を薙ぎ払っていく。
最早視界にさえ映らなくなったそれを、兵士達が回避できる筈もない。
初撃だけはアミラの言葉に反応して避けた兵士達の体を、音のような速度で舞う蔓がまたたく間に捉え――
「――させん!!」
――捉えようとしたその刹那。
暴風を纏った矢が、目にも留まらぬ速度で奔る蔓を寸分違わず撃ち抜いた。
正しく神業と言っても良い正確さで、アミラは矢を放ちつつ、兵士達の後退を支援して。
「……あら。ちょっと驚いたわ、人間達にもそれくらい出来るのが居るなんて」
そんなアミラの射撃に、幼体は目を丸くしつつも笑みを零す。
新しい玩具を見つけた――弄ぶものを見つけた、というような酷薄な笑みと共に、兵士達を狙っていた蔓はアミラへと殺到して。
ガキン、と。
金属の壁に叩きつけるかのような音が鳴り響いたかと思えば、幼体は振り返る事冴えなく口元を妖艶に歪めた。
「――ああ、先程は随分と加減をしてしまいましたから。今度は少し、ほんの少しだけ真面目にやってさしあげますわね?」
「……っ」
『さっきは手を抜いていたって訳……!?』
アミラに気が向いた隙を狙って、背後から振るわれた白刃は、火花を散らしながら――幼体に触れるその直前で、動きを止めていた。
魔族が標準的に備えている、障壁。
リリエルの手にしているワタツミであれば、並大抵の障壁であればある程度は無視して切り裂く事も可能な筈だというのに。
刹那、襲いかかる無数の蔓を白刃で切り払いつつ、リリエルは飛び退いた。
体には無数の傷跡。
蔓の全てを払う事はできなかったのか、僅かな一瞬だけで、体に纏っていた服は切り裂かれ、白い雪のような肌は傷で赤く染まっていく。
「貴女も、中々。気に入りましたわ、私と番になるつもりは無いかしら?」
「……ふざけた事を――ッ!!」
完全に格下を見るような口ぶりで、幼体から告げられたその言葉にアミラは幾度となく矢を番え、放ち。
その全ては普段の彼女が放つ物よりも、強力で強烈ではあったものの――幼体はそれを咲いながら、蔓で体の周囲をグルンと薙ぎ払うようにして切り払った。
――その動きを見た瞬間、アミラとリリエルの動きが止まる。
それは、彼女たちが幾度となく見てきた――自分たちを引っ張ってきた、あの少女の動きに酷似していたのだ。
「それじゃあ、貴女達は玩具ね。ふふ、さあ勝負といきましょう?」
「――な」
僅かな戸惑いを気にすることさえ無く、今度は幼体の蔓が形を変えていく。
一本一本がグニャリ、グニャリと形を歪めたかと思えば、まるで華があしらわれた弓のような形に変わっていって――
『冗談……っ』
「……来ますよ、ワタツミ」
同時に、弓を形成したモノ以外の蔓も、その形を極彩色の刃へと変えていけば。
幼体は瓦礫の上に軽く腰掛けるようにしながら、くす、と妖艶に笑みを零し。
「――ああ、そうそう、貴女たちをどうやって玩具にするか、聞きたい?」
まるで、そんな他愛もない話をするかのような言葉を口にしながら――その瞬間、無数の矢が、そして極彩色の刃が、二人に襲いかかった。
ただの模倣という訳ではない。
矢の一本一本は花粉を纏っており、着弾すれば即座に桃色の花粉を周囲に撒き散らし、極彩色の刃はその刀身から明らかに危険な色をした液体を滴らせていて。
「……っ、く、ぅ……っ!!」
「アミラ、様――っ」
『あっちを気にしてる場合じゃないわ!これ、一発でも食らったら不味い……!!』
まるで爆撃のように繰り出される射撃を、アミラは躱し、射落としつつ。
リリエルはその状況を危険とでも思ったのか、アミラに視線を送りつつも、自らもまた極彩色の刃を弾くことで手一杯で。
「そうね、まず貴女達は綺麗な花で飾ってあげるわ。胸を僅かに隠す花と、頭に如何にも頭が悪そうな花を咲かせてあげる――」
そんな、凄まじい猛攻を放ちながらも尚、幼体はそんな悍ましい計画を口にするのを止める事はなかった。
片手間で戦っているかのような――否、実際そうなのだろう。
リリエルとアミラを遊び半分で相手にしながら、それでなお幼体は二人を圧倒していく。
――それが、アルルーナの持つ幼体の特性。
一度戦闘した情報を互いに共有し、学習し、成長する。
その特性を活かすために、最初だけは障壁さえ展開せずに居たのだ。
リリエル達も先程のエルトリスのような動きをしたソレで理解したのだろうが、既に遅い。
ただ一度の学習で、反映で、ここまで強くなってしまった幼体に中々攻勢に移ることが出来ず――
「――それで、貴女達は私を楽しませる為に毎日芸をするの。女を捨てた無様で滑稽な姿を、正気を保たせたまま、肉体が朽ちるまで毎日晒させてあげるわ。どう、楽しそうでしょう?」
「っ、耳が腐るような、事を――ッ」
「……無駄に囀ってくれたお陰で、助かりました」
――否。
リリエル達は、そんな聞くも悍ましい幼体の言葉を耳にしつつも、不敵に笑みを浮かべた。
『やっちゃいなさい、リリエル!!』
「四重奏――氷華葬送!!」
「――……あら」
リリエルが口にした魔法を、幼体は知らない。
知るはずもない。
何しろ、リリエルとワタツミが考え、ワタツミが命名した存在しない魔法なのだ。
故に、幼体の反応は僅かに遅れてしまい――その周囲を囲むように四本の氷の柱が建った瞬間、幼体の動きがみるみる内に遅く、鈍く衰えていった。
氷の柱を中心に発生した極低温が、蔓の動きを鈍らせるだけではなく、末端から凍りつかせて、パラパラと砕いていく。
矢を番えようと動けば、動いた先からパキン、パキン、と割れて、砕けて。
体液ごと凍りつかせるその極低温は、凄まじい強度を誇る障壁を物ともせずに、幼体自身をも凍てつかせていった。
「へ……ぇ。本当に……面白いわね」
それでも尚、幼体の笑みは崩れない。
肌をひび割れさせ、砕けていく中で尚、その余裕は変わらない。
砕けていく蔓を強引にまとめ上げたかと思えば、強引にリリエル達ごと周囲を薙ぎ払おうとする、が。
「――終わりだ」
暴風を纏った一矢が、その蔦ごと幼体の体を粉微塵に打ち砕いた。
余裕を崩すことも無かった笑顔も、まとめ上げた蔓も、粉々に砕けてしまえば、最早言葉さえ発する事もなく。
何とか戦闘を終えた二人は荒く、荒く息を漏らしながら、その場で膝をついた。
「何とか、なったか」
「……ええ、何とか。しかし……」
戦いが終わり、戻ってきた兵士たちを眺めつつ、二人は額から落ちた汗を拭う。
……一度は勝った。
二度目も、辛うじて勝利する事ができた。
――でも三度目は?
そう考えるだけでも、二人は表情を軽く顰めながら――怒号よりも悲鳴が多くなり始めた市街地の様子に、軽く唇を噛んだ。




