3.魔都で嗤う者たち
「――それで、そんな髪型をしてる訳ね」
「んだよ、仕方ないだろ。解こうとするとアイツが拗そうだし」
少しだけ可笑しそうに口元を緩めているクラリッサにそう返しつつ、ため息を漏らす。
視線の先に居るのは、エスメラルダ。
昨晩――というか俺が知ってるアイツとは違い、この兵士達を率いているという自負がそうさせているのか。
以前のような甘さや不安げな表情などまるで無い、成程英傑らしい威容をエスメラルダは纏っていた。
「これより、ランパード制圧作戦を開始します。今回の相手は人間ではなく魔族ですが、ランパード市街にはまだ生存者がいるかも知れません――」
威厳のある声で、クラリッサからの情報を元に立てた作戦を口にするエスメラルダ。
実を言えば、エスメラルダからは俺とアルカンも前に立つようにお願いされたのだが……俺もアルカンも、それを二つ返事で断った。
理由はまあ、色々有るけれど。
俺は単に大勢に命令するのは性に合わず、アルカンも自分とは関係のない兵士達に命令をするのは気が引ける、と返せば、エスメラルダも渋々ながら諦めて。
……うん、前で話してるエスメラルダを見る限り、やっぱり断って正解だったな、なんて思ってしまった。俺にはああいうのは無理だ。
まあ、それは置いておいて。
「で。実際の所どうなんだ」
「何が?」
『戯け。勝算に決まっておろうが』
近くにいる兵士達の耳に届かないように静かな声で、クラリッサに問いかける。
今回相手にするアルルーナという六魔将について詳しく知っているのは、クラリッサだけ。
クラリッサが憎悪を、そして闘志を燃やしているという事は、恐らくはアリスのように戦うことが出来ないような相手ではないのだろう、けれど。
「……本体だったら、0ね。まあ今回は分体でしょうし、五分五分だと思うわ」
「本体はそんなにヤバい奴なのか?」
「認めたくはないけれど、実力的にはアルケミラ様と同格よ。万に一つ相対したら……そうね、それこそアリス様にでも泣きつくしかないんじゃない?」
『笑えん冗談じゃな。まあ、流石にあのアリスと同列に数えられるだけは有る、か』
――それでも、ルシエラの言う通り。
アリスのような不可解で不思議な、戦うことさえ許されないような能力ではないと言うのに、それと同列の六魔将に名を連ねているのだ。
今の俺達じゃあ荷が重すぎる、っていうのが現実だろう。
「その内、そいつともやり合わなきゃならねぇのは面倒だな……ったく」
「あら、もしかしてアルケミラ様の配下になる覚悟が出来たのかしら」
「バカ言え、絶対になるかよ。他人の下なんざ真っ平ゴメンだ」
「その割には、あの英傑には随分と協力的に見えるけれど?」
クラリッサの言葉に、ふむ、と小さく首をひねる。
……そう言えば、たしかに。
これは間接的に、エスメラルダの下で働いている、という事になるんだろうか。
いや、でもエスメラルダから何かを命令されたとして、俺は特にそれを遵守するとか、そんなつもりはない。
何と言えば良いのか。そう、これは――
「――肩を並べる、ってのと部下になる、ってのは別モンだろ」
『飽くまで手伝ってやろう、という感じじゃからな。押さえつけられるのとは違うのう』
――うん。
気が向いたから、エスメラルダを、そしてアルカンを手伝っているのだ。
そもそも俺の目標である魔王と会う為には、分体とはいえ六魔将であるアルルーナと会う……そして戦う事は、決して道筋から逸れてもいないし。
「そんなモノかしら……まあでも、成程ね、解ったわ」
俺の言葉を聞けば、クラリッサは少し考えるようにしてからニンマリと笑みを浮かべ。
その笑みに何やら僅かに不穏な物を感じた、ものの。
「――では行きます!突入隊は各自、市街地の制圧をお願いします!私とアルカンさん、エルトリスちゃ……さん達は、各自突入を!」
ほんの少しだけ普段のらしさをのぞかせた、そんなエスメラルダの号令を聞けば。
俺達は軽く顔を見合わせながら、小さく頷いて――ランパードの城壁へと向かった。
「今回はリリエル達は別行動なのね」
駆けていく兵士達の間をするりと抜けつつ、壁をトン、トン、と蹴って上りながら。
その横を翼を羽ばたかせながらついてくるクラリッサのそんな言葉に、俺は小さく頷いて返した。
――今回の作戦は、三段階に分かれている。
当初はエスメラルダの魔法で街ごと城を吹き飛ばす、という案もあったのだが、市街地に生存者が居る可能性が有る以上それは出来ない、と一蹴されて。
数時間、クラリッサから得た情報とランパードを偵察した斥候達の情報を元に話し合った結果、市街地を制圧し、城を制圧後にアルルーナ分体に一斉攻撃を仕掛ける、という方針が立てられた。
そして、今は第1段階である市街地の制圧である。
ランパード市街に巣食う、華に侵された人間たちを排除しながら生存者を探す、兎に角人手が必要なそれをするのに、わざわざ強い奴が固まっている訳にはいかないだろう。
「兎に角手が足りねぇからな。一人じゃ不安だが、あいつら二人なら問題ないだろうさ」
「随分と信頼しているのね、リリエルとアミラの事」
「……まあ、な」
クラリッサの言葉に、ちょっとだけ顔が熱くなる。
俺は特にそういう事を考えていたわけではない、のだけれど。
……そうか、信頼してるのか、俺は。
アイツらならまあきっと上手くやるだろうなんて、そんな風に考えていたのか。
『エルちゃんも随分と甘くなったからのう、くく』
「うるせぇな、あいつらがちゃんと戦えるのは事実だろうが」
「はいはい、揉めてないで――ほら、見えたわ」
高い城壁を登り終えれば、眼下に広がるのはランパードの市街地。
かつては活気があったのであろう街並み。
通りは広く、見れば出店が並んでいた跡さえも見える。
きっと、少し前までは――それこそ、大国らしくクロスロウドのような活気があったのかもしれない。
――その全ては、今や無惨としか言いようが無いほどに、植物と華花に蹂躙されていた。
アリスの永遠のお茶会の中も、花だらけの空間では有ったけれど……眼下に広がっているその光景は、華だらけだというのに雰囲気は真逆で。
建物を、街道を、人の居た痕跡を余すこと無く触手じみた根っこで蹂躙し、廃墟じみた姿へと変貌させている華花からは悪意らしいものしか感じ取れなかった。
「ち……胸糞悪い」
「クソ女らしい光景だわ。さ、行きましょ」
吐き捨てるように言葉を口にしつつ、クラリッサと共に城壁から飛び降りれば、廃墟と化している市街地へと降り立つ。
人の気配は無く、市街地は静かなもので。
その癖、ずるり、ずるり、と何かが動いているような音が聞こえてくれば。
『……悪趣味、極まれりじゃな』
――がちゃり、と開いた民家の扉から。
路地裏があるのだろう、建物の間から。
恐らくは日常生活を送っていたのだろう、今の俺よりも背丈の低い子供が、主婦らしい女が、その夫らしい男が――その全てが、頭から、眼孔から、耳から、大輪の華を咲かせながら、俺達の方へと向かって手を伸ばしていた。
俺は、別に自分のことを正義の味方だなんざ思ったこともない。
邪魔ともなれば容赦なく相手を殺す事に代わりはないし、ムカついた相手だって当然のように、今だって殺すだろう。
「――はっ」
その俺でさえも、目の前の光景には黒い感情を抑える事ができなかった。
まるで赤子が母親でも求めているかのように、よた、よた、と手をこちらに伸ばしながら歩いてくる、かつては幼子だったもの、両親であったものが、口を開く。
「――い……ら、っしゃ……い」
「よ……うこ……そ」
「ゆっく……り……たの……し……で……」
「聞かない方が良いわ。あのクソ女が操ってるだけ――」
――口から溢れ出した、無理やり喉を動かして吐き出したかのような声。
それを聞いた瞬間、俺はルシエラを振るって――クラリッサの言葉を聞くよりも早く、生えた華ごとその身体を引き裂いた。
『……ふん、下衆に相応しいクソのような味じゃな』
「何だ、食ったことでもあるのか?」
『ば……っ、物の例えじゃ、例え!!』
「――心配は要らなさそうね。行きましょう、エルトリス」
俺は、ルシエラをからかうように言葉を口にしつつ……可愛い反応をするもんだ、なんてルシエラの反応に湧いていた黒い感情を散らせながら。
そんな俺達に、クラリッサは笑みを浮かべれば、歩き始め。
「――ふふ」
「あは……は……」
「きゃふ……きゃは……はは……っ」
「あそ……びましょ……ふ……あは……っ」
――それと同時に、周囲から湧いてきた沢山の、沢山の笑い声に。
クラリッサもやる気十分なのだろう、翼を羽撃かせるようにして空中で身構えて――俺も、ルシエラを構えれば。
その笑い声を上げる哀れな犠牲者達に、容赦なく刃を振るっていった。




