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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第一章 少女と辺境都市
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9.辺境都市に迫る影

 浴場から出て一息ついた後。

 リリエルに言われるまま、髪の毛をしっかりと乾かしてから部屋に戻る。

 リリエルに洗ってもらうのは存外心地よかったし、今後も浴場に行く時はリリエルと一緒に行っても良いかもしれない。

 目の保養にもなるし、湯上がりもいつもより心地良いんだからいう事なしだ。


「帰ったぞ、どうしたルシエラ?」

『ん、戻ったか。ほれ、話があるんじゃろう』


 そんな事を考えつつ、リリエルと並んで部屋に戻ればそこにはベッドで横になってくつろいでいるルシエラと、もう1人。

 浅黒い肌の、筋骨隆々とした――とはいっても、ランダルフとは違って背丈はルシエラより少し高い程度だが――中年の赤毛の男が、椅子に腰掛けていた。


 男は俺たちに視線を向けるや否や、立ち上がってこちらに近づくと、ふぅむ、と立派に蓄えた顎ひげを撫でつつ見下ろしてきて。


「お嬢ちゃんがエルトリスか?エルフだったとは初耳だな」

「いえ、私はエルトリス様の下僕です」


 ……どうやら俺を見て、戦える奴だとは思えなかったのだろう。

 リリエルに意外そうな視線を向けながらそう言うが、リリエルは即座にソレを否定した。


「……エルトリスは俺だ、オッサン。なにか用か?」

「ぬ、マジか……悪い悪い、こんなガキとは思ってなかった」


 赤毛の男は少し驚いたように目を丸くしてから自分のミスを笑い飛ばすと、ワシャワシャと俺の頭を撫でてくる。

 まあ、嫌味とかそういうのは感じないからそこまで怒りはしない。

 ルシエラみたいにからかい目的だったり、或いは小馬鹿にする身の程知らずだったんならルシエラを呼んで腕を切り落としてた所だが……折角のいい気分を台無しにするつもりにはなれなかったし。


「撫でんな、オッサン。何か用があるんだろ、とっとと言え」

「クチの悪い奴だなぁ。まあ、実力は有るらしいから全然構わないが」


 ぶっきらぼうに返すと、赤毛の男は苦笑しつつ椅子に腰掛けた。

 俺たちもベッドの縁に腰を下ろしたのを見れば、男は俺たち3人に視線を向けて――








「……っ」

「何のつもりだ、オッサン」


 ――隣に腰掛けていたリリエルの表情が、微かにこわばる。

 無理もない、いきなり出会い頭に()()から殺気を飛ばされれば緊張もする。


 そう、赤毛の男は突然俺たちに向けて殺気を放ってきたのだ。

 俺とルシエラは殺気を浴びせられるなんて慣れたモンだから何とも無かったが、正直気分が良いものではない。

 ルシエラも少し気分を害したのか、男を睨みつけて……それを見ると、男は小さく笑いながら放っていた殺気を収めた。


「いや、悪い。一応お前さんたちが本当に賞金首狩りのエルトリスたちなのか、確かめておきたくてな」

『……二度は無いぞ、小僧。次またふざけた事をすれば喰ろうてやるからな』

「悪かった悪かった、でもこうでもしないとちゃんと頼めるか判らなかったんだよ」


 不快感を隠そうともしないルシエラの言葉に申し訳無さそうにしつつも、赤毛の男はそう言うと改めて俺たちに向き直った。

 今度は、殺気を飛ばすこともなく。ただ、真剣な面持ちで。


「――俺は辺境都市レムレスの冒険者ギルド、ギルドマスターのギリアムだ。賞金首狩りのエルトリスの実力を見込んで、依頼したい事があってきた」


 自らの事を名乗った赤毛の男……ギリアムの言葉に、リリエルの身体がまたもこわばった。

 ギルドマスター、と軽く名乗りはしたが……辺境とはいえ、都市の冒険者ギルドを任されているような男なのだから、決して地位は低くないのだろう。

 いわゆるお偉いさん、という訳だがリリエルが身体を緊張させているのは、恐らくはそれが原因ではない。


 恐らくだが問題は、そんな地位の男がわざわざ宿屋まで来てまで俺に頼み事をしてきた、という事にあるのだろう。


「わざわざ俺みたいなのに依頼ってのは、何だ?」

「……お前さんたちは、魔族ってのは知ってるか?」

「ああ、まあ名前だけは」


 丁度ついさっき耳にした単語に、小さく頷く。

 ……まさか、とは思うが。


「その魔族が、辺境都市レムレスに向かってきてる。既に魔物が都市近郊の森で発見された」

『マモノ……?』

「魔族の影響を受けて変質した生物の総称です。何れも凶暴かつ獰猛、中には高い知性を持った個体も居ると言われています」


 予想があたって嬉しいやら、怪しいやら。

 魔族の話を聞いた直後にそいつが出てくるなんて、何か作為的なものさえ感じるタイミングだ。

 とは言え――こちらとしては、とても都合が良い。


「で?俺たちに何を頼みたいんだ、オッサン」

「お前さんたちに、魔物の撃退と辺境都市の防衛を頼みたい。無論、報酬は弾む」


 願ったり叶ったりだ。

 魔物……というよりは魔族か。そいつとは是非会ってみたいし、話をしてみたい。

 まあ会話ができるかは判らないが、出来ることなら俺ではない魔王についての情報を手に入れたい。

 それがきっと、あのクソ女への手がかりになるはずだから――そう思うだけで、ついつい口元がにやけてしまう。


『具体的にはどの程度じゃ?』

「金貨300でどうだ」

『……ふむ』

「安すぎます。最低でも、500は」

「……いいだろう、金貨500だ」


 そんな事を考えている間に、ルシエラたちがギリアムとの交渉を進めていく。

 まあ、俺としては報酬に関しては今回はオマケみたいな感覚だし、その辺は割とどうでも良かったりするんだが。


 ……ただ、気になることが一つだけ。


「なあ、オッサン」

「どうした?」

「オッサンもかなり()()方だろ。俺たちに依頼出すより自分で前に出たほうが安上がりじゃねぇか?」


 そう、先程の殺気と言い佇まいと言い、ギリアムは明らかに強者の側に立つものだった。

 それこそ、俺が失望させられたランダルフなんて簡単に屠る事が出来るであろう程度には、間違いなく強い。

 であるなら、わざわざ報酬なんざ用意したり、俺たちに声をかけたりするよりはギリアムが前に出た方が事は容易く済むように俺には思えてしまって。


 だがギリアムは俺の言葉に目を丸くしてから、軽く笑って手を振った。


「バーカ、俺だけじゃ足りないからこうして頭を下げに来てんだ。確かに魔物程度ならどうにでもなるが、数が数だからな」

「時間がかかるって事か?」

「それもあるが、少し違う」


 そう言いながらギリアムは立ち上がると、部屋の窓から宿の外を見て、笑う。


「魔物を倒すだけじゃない。この街を守らなきゃならねぇんだ、俺1人じゃとてもじゃないが手が足りねぇよ」


「まも、る――……?」


 ……ギリアムの言葉は、俺にはまるで理解が出来なかった。


 この街を守る、というギリアムの言葉の意味が良く判らない。

 有象無象を守るなんて面倒くさい事を、どうしてやらなきゃならない?

 生き残りたければそいつら自身が戦えばいい。死んだのなら、そいつの実力が足りなかっただけの話だ。


 ギリアムだって強者なんだから、そのくらいの道理はわきまえてるだろうに。

 なんでそんな笑顔で、意味の解らない事を言えるんだろうか。


「……好きにしろ。金も貰えて魔族やらとやり合えるなら、それで十分だ」

「そうか。じゃあ後で……そうだな、明日にでも冒険者ギルドに来てくれ。防衛に関しちゃ他の連中と顔合わせしといた方がいいだろ」

『別に私らは他の連中なんぞどうでも良いんじゃがのう……』


 まあ、わざわざそんな事を問いかけて話をこじらせる事もない。

 俺はギリアムの言葉を軽く流せば、部屋を出ていくのを視線で見送った。


 ……さて、魔族だとか魔物とやらがどんなものか。

 元の姿の時にも相手にしたことが無い奴らに、俺は少しだけ心を躍らせていた。


 ああ、今度こそ失望させられないと良いんだが。

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