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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第五章 少女の不思議の国
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閑話:彼女はとても、満ち足りて

 アリスの領域、彼女の能力の一つである永遠のお茶会の中にある、彼女の部屋。

 決まった形を持たず、彼女の心ひとつで変容するその場所で、アリスは酷く上機嫌になりながら、鼻歌を口ずさんでいた。


「只今戻りました、アリス様」

「お帰りなさい、ハッター♥エルちゃんたちは無事送り届けたのかしら?」

「はい、問題なく」


 音もなく戻ってきたシルクハット頭の魔族――ハッターに、アリスが問いかければ、ハッターは軽く頭を下げながらそう返して。

 アリスはその言葉に満足気に笑みを零すと、手元にふわり、と綿を集めるようにして手帳らしきものを作り出せば、いつの間にか手にしていたペンのような何かを奔らせれば。


 白紙の手帳に、大きくたどたどしい文字で、エルトリス、と書き入れて、むふー、と息を漏らした。

 そんなアリスの様子を、ハッターは微笑ましげに眺めつつ、表情のわからないその顔を緩ませて、思いを馳せる。


 ――ハッターは、アリスの唯一無二の配下であり、彼女自身が認めている下僕だった。

 アリスが今の姿を取る以前から、彼女の力に感服し、畏敬の念を抱いたハッターは彼女に絶対の忠誠を誓い、今日まで生きてきたのである。


 あらゆる事象を、無邪気な子供のように捻じ曲げるその姿に。

 いかなる強者をも、思うままに玩弄するその姿に。

 ……同格である筈の、六魔将でさえも戦うことを避ける、その在り方に。


 ハッターはアリスに微塵も黒い感情を抱くことはなかった。

 ただただ純粋に、アリスという存在に憧れて、心酔していた。


 故に、今こうしてアリスが喜びはしゃいでいるその姿は、ハッターにとってはこの上なく好ましく。


「そうして喜んでいるアリス様を見るのは、何時ぶりでしょうか」

「ん……ふふ、ハッターは本当に私のこと、よく解ってるのね」


 ハッターの言葉に、アリスは穏やかな笑みを浮かべながら。

 彼の淹れた琥珀色の、暖かな飲み物に口をつけると、はふ、と小さく息を漏らした。


 ――そう、ハッターの言葉通り。

 アリスがこうして素直に喜びを表し、心からはしゃぐのはとても、とても珍しい事で。

 今までエルトリスと接触したそのどちらも、彼女は心から喜んでは居なかったのだ。


 珍しい人間。

 彼女なら、或いは自分の虚無を満たしてくれるのかもしれない。

 ぽっかりと空いたままの、虚ろな空洞を、まだ自分さえも知らない何かで埋めてくれるのかもしれない。


 それは、諦観にも近い希望だった。

 自らを弱く、弱く貶めながら、いつか心の通じ会える友が欲しいと――いつか見た、あの暖かな光景が欲しいと願って。

 あらゆる魔族のあらゆる行為を受け入れて尚――その行為を真似して尚、得られなかったものを、人間なら或いは、等という夢物語に近い希望。


 自らに喰らいついた、殺そうと足掻いた魔族に望んだ力を与えた結果生まれたバンダースナッチを、矮小な身でありながら打ち砕いた彼女に、それを見たのだ。


 無論。

 それも、一度はやはり無駄だった、と彼女は心底がっかりしたのだが。


 約束をして、気遣い、それでも逃れようとしたその少女は、結局自分に抵抗して。

 ああ、だからいつもどおり、いつもどおりに永遠のお茶会で、せめて時折遊んでくれる友達にしようと、アリスは少女たちをその能力に封印し。


「……ねえ、ハッター」


 ――しかし、それでも尚、少女はまた彼女の前に、今度は自分から現れた。

 それは、アリスにとって初めての経験だった。

 相手から遊びに誘われたのも、提案されたのも。

 そして、皆が恐怖ではなく、諦観でもなく、納得した上で自分と遊んでくれたのも。


 それだけで、心に空いた虚ろな穴は、少なからず満たされたというのに。


「どうか致しましたか、アリス様」

「えっと……お友達を、誘うのってどうすればいいのかしら?」


 だというのに、少女はアリスの心を理解した上で、言葉を口にした。

 アリスならば指先一つで砂粒のような存在に変えて、すり潰してしまえそうな存在が、どんな奇跡なのか。

 彼女が一番欲しかった言葉を、一片の哀れみもなく――ただ、そうしたいという理由だけで、口にしてくれたのだ。


 もし、万に一つ。

 その言葉に哀れみが、同情が――或いは邪な感情があったのであれば。

 アリスは、少女を躊躇うこと無く、受精卵まで戻して自らの一部に変えてしまった事だろう。

 そうしてこの世界の純粋な住民として生まれ変わらせて、その他大勢の友人の一人として扱った事だろう。


 無論、多少の特別扱いはしたかもしれないが――


「そう、ですね。今はお別れをしたばかりですから、しばしの間、間を空けた方が宜しいかと」

「う……そ、そう?私、もうエルちゃんに会いたいなーって」

「……余り頻繁に顔を出しすぎると、疎ましがられてしまうかもしれませんよ?」

「――っ、が、我慢するっ!私、いくらでも我慢しちゃうわ!」


 ――こんな風に、有りもしなかった筈の好意を抱いたりなどは、しなかったかもしれない。

 いつかは飽きて、友人であれど顔さえも思い出せないような、そんな存在になっていたのかもしれない。


 だが、もうアリスにとってエルトリスという少女は、そんな存在ではなくなってしまっていた。

 自らを満たしてくれた者。

 自らに真っ直ぐな友愛を向けてくれた、かけがえのない弱者(ゆうじん)

 当然というべきか、自動的にエルトリスの仲間である彼女たちさえも、既にアリスの中では今までのその他大勢(ゆうじん)とは比べ物にならない程に、大きな物になっており。


 だからだろう、ハッターのそんな窘めるような言葉にアリスは顔を赤らめながら、外見相応の少女のように、コクコクと頷いた。


「幾らでも、とまで行かずとも……そうですね、2~3日、或いは一週間に一度程が適当かと思います」

「解ったわ、ありがとうハッター♥」


 ハッターの言葉に、アリスは無邪気に笑みを零すと、カップに入った液体を飲み干して、小さく息を漏らす。


 ……ハッターに向けられている感情は、エルトリス達へと向けられているそれとは大きく違っていた。

 エルトリス達へと向けるその感情が愛情だとするのであれば、ハッターへと向けているその感情は信頼。


 ハッターが自らに向けてくれている、これまた稀有な曇りなき忠誠に、アリスもまたハッターの事を曇り無く信頼しており。


「――心配しないで良いのよ、ハッター」

「アリス様?」


 いらっしゃい、と。

 アリスは穏やかな笑みを浮かべながら、そっとその両腕を開いたかと思えば――次の瞬間、ハッターはその両腕に包まれるように、抱かれていて。


「エルちゃんとは違うけれど。ハッターも、私にとっては特別だわ」

「……ぁ」


 瞬きの間に、アリスよりも遥かに長身だった――紳士風の魔族だったはずのハッターは、アリスのその短い両腕に軽く抱かれてしまうような、黒髪の赤子の姿に変わっていた。

 突然の浮遊感と、全身を包む柔らかな、暖かな感触に、ハッターは目を細めて。


「心配させちゃったわね。これからも、ずっと宜しくね、ハッター」

「……っ、あ……い」


 仕えている主の、そんな慈母の如き暖かな言葉。

 ハッターは彼女に仕えている事に、心からの幸せを感じながら、その穏やかな時間に身を委ねて。


 ――永遠のお茶会は。

 その他大勢(ゆうじん)で満たされた平和な世界は、その日は何故か、いつもよりも暖かく――住民は一様に、悪役でさえも、穏やかな感情で満たされていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最短2日で アリス「来ちゃった///」 が発生するわけか( ˘ω˘ )
[一言] まさかハッターが赤ちゃんにされてしまうとは... アリスちゃん依然は違う姿だったのですね。
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