26.たったひとつのやさしいやりかた、さん
アリスお姉ちゃんたちと準備を終えて、少しすると大きなノックの音と一緒にガチャリ、と家の扉が開く音が聞こえてきた。
大きな、聞き慣れた声に誰か判ると、俺達は顔を見合わせて、笑みを零し。
「――いらっしゃい、ルシエラさん!」
『うむ、久しぶりだの、エルトリス、アミラ、アリス。良い子にしておったか?』
「ふふ、勿論よっ。ねえ、アミラお姉ちゃん」
「ああ、私達はいつでも良い子だぞ」
『そうか、それは何よりだのう』
俺達の言葉に、ルシエラさんは笑みを零しながら、優しく頭を撫でてくれた。
お母さんとはまた違う手付きではあるけれど、ルシエラさんになでられると酷く、落ち着いてしまう。
アリスお姉ちゃん達もそうなのか、目を細めて、はふ、と小さく息を漏らしていて。
『あら、先に来ていたのね、ルシエラ……それはそれとしておはようリリエル、それに可愛い子供ちゃん達♥』
「ワタツミさんも、いらっしゃいっ」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいわ、嬉しいわ♥」
「……ん、私が一番最後だったのね。待たせちゃったかしら?」
「いえ、丁度ルシエラさん達もいま来た所ですから。それではそろそろ出発しましょうか」
続いてワタツミさんも、クラリッサさんも来れば、家の中は一気ににぎやかになった。
お母さんと和やかに話しながら、ルシエラさん達も準備をしてきたのだろう。
それぞれが大きな荷物を持っているその姿は、新鮮で――
「……?」
――なにを、考えていたのだろう。
今日はピクニックなんだから、いっぱい荷物をもっていくのは当たり前なのに。
俺はふぁ、と小さく欠伸をしながらお姉ちゃんたちと一緒に用意した荷物を手にすると、待ちきれなくて。
お姉ちゃんたちと一緒に玄関で、お母さんたちが来るのを待ちながら――そんな俺達を見れば、お母さんたちは微笑ましげに笑みを零し。
「さあ、行きましょうか、エルトリス、アリス、アミラ。迷子にならないように、手を繋ぎましょうね」
「はーいっ」
「ええ♥それじゃあエルちゃんは私とお手々を繋ぎましょうねっ」
「む、私が繋ぎたかったのに……まあいいか、それじゃあ私はお母さんとっ」
お母さんの言葉に、俺達は横に並ぶようにして、手を繋ぎながら。
俺はお母さんとアリスお姉ちゃんに、左右から手を繋いでもらって、上機嫌になりながら歩き始めた。
二人に手を繋いでもらうと、ちいちゃな俺は、両腕を思い切り上にあげなければいけなかった、けれど。
「足元には気を付けてくださいね、エルトリス」
「うんっ」
「えへへ、エルちゃん、ほーらっ」
「きゃ――あはっ、もう、アリスお姉ちゃんってばっ」
お母さんの大きな手に、優しく握られて。
アリスお姉ちゃんの、小さいけど俺よりも大きな手に、包まれて。
アリスお姉ちゃんがひょいっと、俺を上に引っ張るようにすれば――お母さんも笑みを零しながら、それに合わせるように引っ張り上げて。
二人の手で簡単に持ち上げられてしまうと、足をぷらんぷらん、とさせてしまうのが楽しくて、俺はつい声を上ずらせてしまった。
「ふふっ、エルトリスはまだまだ小さいからな。私は……もうちょっと難しい、か?」
「そうですね、アミラはちょっぴり重たいかもしれません」
アミラお姉ちゃんも、そんな俺を見て笑みを零しつつ。
でも、もう自分がお母さんにそうしてもらえないと判ると、ちょっぴり残念そうに唇を尖らせて。
――そんなアミラお姉ちゃんの手を、ルシエラさんとワタツミさんが優しく握れば、ぐいっと。
思いっきり持ち上げるように、引っ張り上げた。
「わ――ひゃっ、ちょ、ちょっと高い、高い――っ」
『ふふっ、遠慮するでない。そーら、ぶらんぶらんっ』
『まだまだ軽いわねー。ちゃんと食べないとダメよ?』
二人の腕にぐいっと持ち上げられて、ぶらんぶらんと体を揺らすようにされてしまえば、アミラお姉ちゃんは驚いたような声をあげながらも、楽しそうにしていて。
そんな三人の様子を――俺達の様子を、クラリッサさんは微笑ましげに、楽しげに眺めながら。
「――クラリッサさんっ」
「ん、何?どうかしたのかしら、アリスちゃん」
「向こうについたら、一杯お歌を聞かせてね♥」
「ええ、勿論。たっぷりと聞かせてあげるわね」
そんなクラリッサさんに、アリスお姉ちゃんはそう言うと。
クラリッサさんは笑顔で、当然のように返しながら……その返事に嬉しそうにしているアリスの頭を、優しく撫でた。
そうやって、暖かな日差しの中。
和やかな空気の中を歩いていけば、いつの間にか俺達は目的地である花園に辿り着いていた。
一面に、色とりどりの花が咲き乱れるその場所に一本だけ立っている大きな、大きな樹の下にわたし達は荷物を下ろせば、簡単に大きな布を広げて、そこに腰掛ける。
みんなと手を繋いでここまで来たけれど、それでもちょっぴり疲れたのか、額には汗が滲んでいて――お母さんは、わたしをヒョイっと膝の上に抱き上げれば、優しくそれを拭ってくれた。
「ん……あ、ふ」
「えへへ、よく頑張ったね、エルちゃん」
「うん……えへへ、ありがと、アリスお姉ちゃん」
お母さんの膝の上で、汗を拭われつつ。
アリスお姉ちゃんはそんなわたしに優しい笑顔をみせると、水筒に入っていたミルクをカップに注いで、差し出してくれて。
こくん、こくん、と仄かに甘いミルクを口にすれば、身体に染み入るような感覚に目を細めながら。
「……は、ふ」
「エルトリスは、本当にミルクが大好きですね。一杯用意はしていますが、余り飲みすぎてはいけませんよ?」
「ん……どうして?」
ミルクを飲んでほっと一息つきつつも、お母さんの言葉に首を傾げると、お母さんはくす、と少しおかしそうに笑みを零しながら、ぽん、ぽん、と優しくお腹をなでてくれた。
ちょっとぽよん、としてしまっているお腹をぽんぽんとされるのが心地よくて、目を細めながら……
「余り飲みすぎると、お腹がいっぱいになってしまうでしょう?それに、おしっこも近くなってしまいますからね」
「……あ、そっか……ん、我慢するね」
……お母さんの当たり前のような言葉に、わたしは思わず顔を熱くしてしまう。
もうわたしはおむつなんてする年齢じゃないけれど……こんなところでおしっこをしたくなっちゃったら、お漏らししちゃう、かもしれない。
おねしょだってようやくしなくなったんだから、ちゃんと我慢しなきゃ。
「偉い、偉い♥エルちゃんは本当に偉いわねっ」
「えへへ……ありがと、アリスお姉ちゃん」
アリスお姉ちゃんに頭を撫でられれえば、心地よさに目を細めながら。
わたしは、お母さんたちがお弁当の準備を終えるのを、足をぱたぱたとさせながら待っていた。
そうしてしばらくすれば、みんなで花畑を眺めながらお弁当を口にする。
お母さんの作ったお弁当も、ルシエラさんが作ってきたお弁当も、どっちも本当に美味しくて。
「ほら、そんなに急いで食べると喉に詰まりますよ?」
「ん……っ、だって、おいしいんだもん」
「やっぱりお母さんのご飯は最高ね♥」
「ルシエラさんのお弁当も美味しいし、本当に良いピクニック日和だなっ」
『ふふ、そうだのう。日差しも良いし、風も心地よいし……と、エルトリスちゃん、口元が汚れておるぞ』
「ん……む」
夢中になってお弁当を食べていると、口元をルシエラさんに拭われながら。
拭ってもらったあとを見れば、べったりとソースで濡れていたのが解って、わたしは顔を熱くしてしまった。
「……け、ぷっ」
「エルトリス、そのくらいにしておきなさい。もうお腹はいっぱいでしょう?」
「うー……」
口から漏れてしまった吐息に、お母さんは苦笑しながらそういうと、わたしをまた膝の上に抱き上げた。
ぽん、ぽん、とお腹を撫でられれば、お腹はぽっこりと――さっきよりも大きく、膨らんじゃってて。
わたしはまだまだお弁当を食べたかったけれど、お母さんに抱っこされてしまえば、そうする事もできなくて――
「――はい、エルちゃん♥」
「あ、こら、アリスっ。駄目ですよ、もう」
「ん……っ」
「最後の一口だから、ね?お母さんっ」
「……もう。あげてしまったものは、仕方有りませんね」
――そんなわたしの口元に、アリスお姉ちゃんが小さな肉団子を差し出してくれれば。
わたしはためらうことも、迷うこともせずに、ぱくっ、とそれを口にしてしまった。
アリスお姉ちゃんは、お母さんにちょっぴり怒られていたけれど……わたしがもぐもぐしているのを見れば、アリスお姉ちゃんは嬉しそうに、笑みを零していて。
「……け、ぷ。ありがと、アリスお姉ちゃん♥」
「えへへ、どういたしまして♪」
わたしの言葉に、アリスお姉ちゃんは酷く嬉しそうに笑みを零し。
そうやって、幸せで穏やかで、暖かな時間はゆっくり、ゆっくりと過ぎていく。
わたしも、お姉ちゃんたちも、お母さんたちも、みんな、みんな幸せそうで――……




