24.たった一つの優しいやり方①
コン、コン、コン。
少し緊張で高鳴る胸を抑えるようにしつつ、戸を叩く。
多分大丈夫、恐らく大丈夫、きっと大丈夫――そう自分に言い聞かせながら、俺は深く息を吸い、吐いて。
「……本当に大丈夫なのか?」
「エルトリス様を信じましょう。それ以外、打つ手も無いのが現実ですし」
『そうじゃぞ、アミラ……まあ、私も正直不安じゃがな』
『私もまあ、同感ね。避けられない事とは言え――』
……後ろで好き勝手言う面々に、くそう、とちょっとだけ思いながらも。
それでも、何とか納得してくれた事に少なからず感謝しながら、俺の肩に留っているクラリッサを見た。
「……納得してくれてありがとうね、クラリッサお姉ちゃん」
「別に。どうせ、この世界の一部になるなら貴女の案に乗るのも一興と思っただけよ」
チチ、と鳥のような声を上げながら、少しぶっきらぼうに答えつつ。
それでもまあ、今の俺にとってはそんなクラリッサでさえも有り難い。
何しろやる事がやる事だ、俺はそういうのに碌な知識が無いし、ルシエラやワタツミだって多分そうだろう。
頼れるのはクラリッサやリリエル、アミラ達の方で――
――そんな事を考えている間に、カチャリ、という軽い音と共に扉が開いた。
中から姿を表したのは、丁度俺と目線が合うくらいの幼い少女。
「――あらいらっしゃい、エルちゃんっ。今日はどうしたのかしら?」
「えっと、その……」
六魔将、アリス。
その邪気のまるでない、屈託のない笑みに見つめられてしまえば、俺は思わず口籠ってしまう、けれど。
……いけない、いけない。
どこの誰が、これから遊ぶ相手を前にして、緊張するというのか。
「っ、一緒にあそびましょ、アリスちゃんっ」
「……わあ、嬉しいっ♥ええ、ええ、勿論よエルちゃん!もしかして、後ろのみんなも?」
「あ、ああ」
「はい。一緒に遊びましょう、アリスさん」
『……まあ、基本的にはアミラとリリエル任せじゃがな。あとこの小娘』
『ちょっと、私だって遊びなんか知らないわよ!?』
「……よろしくおねがいします、アリス様」
嬉しそうなアリスの言葉に、各々硬く返しながら。
それでもアリスは笑顔を崩すことはなく、俺達をそのまま扉の中へと導いた。
部屋の中は、まるで幼い子供に語って聞かせるような物語に出てくるような――実用性なんてまるで気にしないような、そんな柔らかさと幼さ、そして甘さに満たされていた。
淡いピンク色の壁紙、ハートの形をしているのは……多分家具なんだろうか。
ベッドは四角ではなく円形で、まるで雲か綿で出来ているかのようになっており。
……幼い子供の夢の中、とでも言うのだろうか。
そんなふわふわとした、甘やかな空間に俺達は足を踏み入れつつ。
「ふふっ、それじゃあ何をしましょうか♪エルちゃんは何かしたいこととかある?」
ぽふん、と。
絨毯なのか、クッションなのかも判らないその場所に腰を下ろせば、アリスは満面の笑みを浮かべながら、俺達に問い掛けた。
……何か、したい事。
俺は子供の頃から誰かと遊んだことなど無かったし、そんな事に興味も無かったから、振られてもイマイチ何をするか、頭に浮かばなくて。
どうしたもんかな、と視線をリリエルの方に向ければ――ふむ、と小さく頷いてから、少し考えるようにして、口を開いた。
「――そうですね、アリスさんくらいのお年頃なら、おままごとは如何でしょうか?」
「おままごと?」
「あ、良いわねおままごと♪私もおままごとは大好きよ、ええっと――」
「リリエルです。好きなように、呼んでいただければ」
「――うん、それじゃあリリちゃんのいってくれた通り、おままごとにしましょ♥」
リリエルの言葉に嬉しそうに、楽しそうにアリスは表情をほころばせる。
おままごと、と言われても……まあ、一応どういうものか程度の知識はあるが、それで遊んだことは無く。
「ええっと、それじゃあ……エルちゃんは何がいいかしら?」
「何……って、ええっと……んー……」
アリスにそう聞かれてしまえば、俺はどうしたものか、と首をひねってしまった。
確か、そう……えっと、家族ごっこ、みたいなものの筈なんだけれど。
その内の誰がいいか、なんて急に言われても、パッと浮かぶ訳もなく。
少し悩んでいると、そんな俺を見ながら、アリスはくすくす、と楽しげに笑みを零して。
「――それじゃあ、エルちゃんは私の妹ね♪リリちゃんは、しっかりしてるからお母さん♥」
「ふ、ぇ?」
「お母さん……母親役ですか。私よりは、ルシエラ様の方、が……」
――アリスがそう言葉にした瞬間、カクン、と少し、ほんの僅かに落下したような感覚を覚えた。
座ったままだと言うのに感じた、その奇妙な感覚に思わず声を漏らしつつ。
途中で言葉を止めたリリエルの方に視線を向ければ――……
「……おかあ、さん?」
口から、勝手にそんな言葉がこぼれだす。
そこにいるのは確かにリリエルだった、けれど……その姿は少しだけ、ほんの僅かに変わっていて。
スレンダーだった身体は母性を称えるように少しふくよかになり、歳を重ねた……というよりは、成熟したというのだろうか、その容貌も少し大人びた物になったリリエルは、自分自身の姿に少し戸惑ってるようだった。
「えっと、妖精さんはなにが良いかしら?」
「――っ、私は姉が良いな!姉で良いか!?」
「お姉ちゃんね♪うん、口調もとってもぴったりだしいいかもっ♪」
そんなリリエルを見たからか。
アミラが慌てた様子でそう答えれば、アリスは手を合わせながらきゃっきゃ、と嬉しそうに笑みを零し――今度は俺の目の前で、アミラお姉ちゃんが姿を変え始めた。
俺の手のひらくらいのサイズだった筈のアミラお姉ちゃんは、みるみる内に大きく、大きくなって。
アリスお姉ちゃんより、ちょっと大きいくらいに慣れば――そのまま、今度は体格が変わって行く。
「え……あ、ん……っ!?」
「えっと、このくらいが良いかしら。よろしくね、お姉ちゃん♥」
「……っ、え……え、ええっ!?お、お姉ちゃんと言ったのに……!」
すらりとした長い手足は、短く、短く。
大人びていた顔は幼く……そう、アリスお姉ちゃんより少し大人びている程度の幼さに、変わっていき。
膨らんでいた胸は体格相応になってしまえば、アミラお姉ちゃんはふるふると震えながら、顔を赤く染めて……いつもよりも幼い声色で、恥ずかしそうに言葉を口にした。
――いや、まて、何かおかしい。
アリスより少し大きいくらいのアミラお姉ちゃんが、なんでこんなにおっきく見えるんだ……?
「ふふ、これで私達は仲良し三姉妹ねっ♪」
「ん……も、もう、アリスおねえちゃん、ったら……っ!?」
ぎゅう、と幼くなったアミラお姉ちゃんとまとめて、アリスお姉ちゃんに抱きつかれれば、ふわりとした甘い香りに顔を熱くしつつも――違和感の正体に気づいて、言葉を途切れさせてしまった。
おおきい。
アリスお姉ちゃんも、アミラお姉ちゃんも、俺より、ずっと、ずっと大きくて。
俺が出した声も、いつもよりずっとずっと幼くて、甘くて、たどたどしい物に変わっており――
『うーむ、そうだの。それじゃあ私は叔母にでもなるか』
『……わ、私はそうね、近所のお姉さんにしておくわっ』
「はーい♪それなら、二人はそのままでも平気かな。クラリッサちゃんは?」
「っ、わ、私は……そうですね、歌の上手なお姉さん、辺りで」
――そんな俺達の変わりようを見たからだろう。
ルシエラも、リリエルも、当たり障りのない無難なものを選べば、その身体は特に変化はなく――ただ、その服装だけが何処にでも居そうな村娘のモノへと変わっていった。
「……っ、ぁ……あ」
そして、クラリッサも小鳥の姿から元の……人型の姿をしていた時の物に戻れば、その感覚を確かめるように手先を動かしながら、ホッと、安堵したような息を漏らし。
「はい、それじゃあおままごとを始めましょう♪えへへ、嬉しいわ、嬉しいわ――♥」
そうして、アリスお姉ちゃんはいつも以上に……今までに見た3度のどれよりも、嬉しそうな表情を浮かべながら。
幸せを歌うようなアリスお姉ちゃんの声を聞きながら、俺の意識はふわり、ふわり、と真綿にでも包まれるかのように、白く、白く――……




