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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第五章 少女の不思議の国
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23.片翼の小鳥はかく囀り②

 諦めなさい、というクラリッサの言葉に、俺達は眉をひそめる。

 まるで考えていなかったなかったわけではない。

 クラリッサの心が既に折れていて、ここに残る事を決めている可能性は、たしかに頭の片隅にはあった。


 ……ただ。


「……良いのか、クラリッサ。お前には仕えるべき主が居るのだろう?」


 あれほど、アルケミラという六魔将に傾倒し、忠誠を誓っていたクラリッサが、こうも早く諦めてしまうなんて。

 それが信じられないのか、少し煽るようにアミラはクラリッサにそう口にするけれど……クラリッサは、小さく息を漏らすだけ。


「ええ、アルケミラ様にもうお仕えできないと思うと心苦しいわ」

「それならば、私達と一緒に――」

「……でも、無理なのよ。私達では、この世界から出る事は叶わないわ」


 僅かな後悔を口にはしたものの、直ぐにクラリッサはそう言ってリリエルの言葉を遮った。

 アルケミラへの忠誠が失われたわけではない。

 ただ、それでもクラリッサはもう既に、この世界から出ることを諦めている。


 ――この世界から出ようとしている俺達と、諦めたクラリッサの差は、ただ一つ。

 六魔将であるアリスの事を知らないか、知っているか、ただそれだけ。


 つまりは、そういう事なのだろう。

 クラリッサはアリスの事を知っているが故に、もう既にどうしようもないのだという諦観に囚われているのだ。


「やってみなきゃ、わからないでしょ」

「判るわ。私達では、アリスに打ち勝つ事なんて出来やしない」

「そんなの――」

「――アルケミラ様でさえ、戦うのは避ける相手なのよ。私達に何が出来るというの?」


 俺の言葉にクラリッサはそう言って、自嘲するように笑う。


 成程、クラリッサの言葉は確かに道理が通っている。

 事実、俺達はアリスと遭遇した2度……いや、俺に限れば3度とも、戦いにさえならずに一方的に弄ばれた。


 1度目は、声だけで。

 2度目は、彼女が歩いているだけで。

 3度目は、逃れることさえ叶わず。


 まるでらくがき帳に書いてある絵を書き換えるように、或いは上から何かを書き足すように、いとも容易く俺達を変容させるアリスに、俺達は未だに何も出来てはいないのだ。


「それに……」


 そして、クラリッサは俺達を軽く睨め回すようにすれば、少しだけためらうように。


「……貴女達に、問うわ。貴女達、自分が何なのかちゃんと口にできる?」


 しかし、はっきりとそう言葉にすれば、クラリッサは留っていた小枝から飛び立つと、アリスのお家にひらり、と留まり直した。

 ……クラリッサの質問の意図が判らない。

 でも多分、きっと意味のない事ではないのだろう。


「当たり前でしょ。わたしは、エルトリス」

「私はアミラ。当然だな」

「リリエルです。特に、何かおかしな所は無いと思いますが」

『……私もやるべきかの?ルシエラじゃ、何も変わろう筈もない』

『ワタツミ。こんな事に何か意味があるのかしら?』


 当然のように、俺達は自分の名前を口にする。

 当たり前だけれど、間違える筈もない。

 悪役に名前を奪われた訳でもなければ、変えられた訳でもないのだ。

 自分が何なのか、なんて答えられない訳がない。


「名前はまあ、そうでしょうね。じゃあ貴女達は何処の出身?」


 だが、それでもクラリッサは問いかけを止めなかった。

 一体コレに何の意味があるのかは判らなかったけれど、まあ良いだろう。

 これがクラリッサの諦めた理由につながるというのであれば、答えない理由はない。


「――わたしはエルトリス。なかよしの町の出身よ」

「私は、妖精の住処だ。当たり前だが」

「私も、仲良しの町ですね」

『……おい待て、エルトリス。何を、言っておる』

『ちょっと、リリエル……?』


 ――当然のように口にしたその言葉に、しかしルシエラは、そしてワタツミは信じられない、といった表情を浮かべてみせた。

 一体何がおかしいというのか。

 俺は、なかよしの町でルシエラとずっと、一緒……に……?


「……っ、ちがう、なんで……え、あれ、なんで……っ!?」

「まだ、入りが浅いみたいね。でももう時間の問題だわ」


 ……違う、違う、違う!

 違う、俺はそんな場所で生まれた訳でもなければ、この世界が出身なわけもない!!


 本当に?


 俺は――俺は、そう、この世界の外。

 今の世界に、もう残ってるかも分からないような、掃き溜めのような場所で、生まれて――


 ――本当にそうなのかな。


 それで、ルシエラは俺の相棒で、おかあさんで――違う、違う、違う……っ!!


 ルシエラは、おかあさんじゃなかったっけ?

 わたしの、おかあさんだった、ような。


「――……っ!!」

『お、おい、エルトリス!?』


 ――バチン、と両手で頬を叩く。

 ぐにゃり、ぐにゃりと心の内側から湧き上がる、仲良しの町で生まれたわたしから上がるその声を掻き消せば、俺は荒々しく息を吐き出した。


「エルトリス、何を――」

「しっかりして、お姉ちゃん達!わたし達は、ここの人間じゃないッ!!」

「――え、あ」


 そんな俺に、心配そうに声をかけてくるリリエルとアミラに、俺は声を荒げる。


 ごくごく自然に。

 当たり前のように受け入れていた、そう思っていたものを否定されれば、二人共表情を一気に青褪めさせて――しかし、正気に戻ったのか。

 信じられない、と言った様子でクラリッサの方へと視線を向けた。


 そんな俺達を見下ろしながら、クラリッサは少しだけ憐れむような――鳥だから、判らない筈なのに――表情を浮かべれば。


「解ったでしょう。この世界に居れば居るほど、私達はこの世界に馴染んでいく。やがて貴女は町のただの子供になるし、貴女は妖精の住処に住んでいる普通の妖精になるわ」


 ――そんな、恐ろしい言葉を口にした。


 事実そうなのだろう。

 俺はルシエラに指摘されなければ、クラリッサに問い掛けられなければ、当たり前のように自分のことをここで生まれた子供だと、受け入れていた。

 この世界から脱出する、という考えは残っているというのに、この世界で生まれたと認識してしまっている、その齟齬にも気づかないほどに、自然に。


「……っ、だったら尚更、早くここから出なくちゃ」

「どうやって。アリスに戦いを挑むの?」

「それ……は」


 判らない。

 どうすればこの世界から出られるかなんて、判らない。

 アリスを倒したなら、この世界がアリスの能力である以上、きっと俺達は外に出られるんだろうけど――でも、それは。


「忠告だけはしておくわ。アリスには、絶対に、勝てない」


 ……そう、クラリッサに言われるまでもなく、俺は痛いほどにそれを理解してしまっていた。

 戦う、戦わないではなく。

 俺達全員が一丸になって挑んだのだとしても、恐らくアリスはほんの少し()()を走らせたなら、その瞬間に全てが終わる。


 そもそも、立っている地平そのものが違うのだと。

 俺は3度のアリスとの遭遇で、痛感させられていたのだ。


「……だから、諦めなさい。アリスとは争うという事さえ出来ない。関わった時点でお終いな、災害のようなものなのよ」


 諦める。

 諦めたら、どうなる?


 多分、俺はそう遠くない内に、ルシエラの事を相棒ではなく、魔剣ですらなく、お母さんとしか認識できなくなってしまうだろう。

 そうなったら、俺はもうただの子供も同じだし――そうである事に、疑問さえ抱かなくなる。


 想像するに恐ろしい、が――でも、それはきっとずっと穏やかで、平和で、暖かな日々。


 それならいいんじゃないかな。

 わたしは、ただの女の子で……おかあさんとずっと一緒に暮らせれば、それで――……








「――はっ」

「……?」


 ……内側から響く、そんな声に鼻で笑う。

 穏やかで、平和で、暖かな日々。それはきっと、幸せなものなのかもしれない。

 ああ、きっとルシエラやコイツらとそうして過ごすのは、平和で良いんだろう。


 でも。

 それに浸るのは、まだ早い。


「うん、まだやれる事もやってないんだもの。諦めるには、はやすぎるわ」

「……っ、聞いてなかったの?アルケミラ様でさえ――」

「わかってるよ。同じくらい強いお姉さんでも、戦わないんだよね」


 苛立つように声を荒げたクラリッサに、思考を巡らせる。

 六魔将同士が全て同格、という訳ではないのだろうけれど……そもそも、戦わないというのはどういう事なのか。

 アリスの方が圧倒的に格上なのか、或いはもっと別の理由があるのか。


「やはり、無理だと解っていても戦ってみるべきじゃないか。何もしない内から諦めるのは、性に合わない」

「戦うにせよ、せめて何か取っ掛かりが有ればいいのですが……」

『少なくとも、今のまま挑んでも無意味じゃな。私とエルトリスでぶつかったとて、暖簾に腕押しにしかならなさそうじゃ』

『……私も、1度見ただけだけれど。今のリリエルじゃ荷が勝ちすぎてるわね』


「――何よ、何で諦めないの」


 俺の言葉に、各々言葉を発し始めたのを見れば。

 クラリッサは呆然とするように、そんな言葉を口にした。


 ……反応としては、きっとクラリッサの方が正しいんだろう。

 クラリッサは自分が敬愛するアルケミラでさえ、アリスとは戦うのを避けると知っているのだ。

 だから、端っから無理だという事を理解しているから、アリスに囚われた今、抵抗しようとさえ考えていない。


「……あ、れ?」


 そこまで考えて、不意に、妙な違和感に気が付いた。

 六魔将同士が必ず争い合うというわけではないのだろうけれど、アルケミラはアリスとの戦いを避ける、とクラリッサは言っていた。


 それは、最初から?

 それとも、アリスに敗けたからそうしたのか?


 いや、少なくとも後者はありえない。

 だって、その結果――いや、戦ってさえ居ないのだから敗けた、というのも癪だけれど――俺達はこの永遠のお茶会に囚われているのだ。

 アルケミラがアリスに敗北したのならば、アルケミラは今頃この世界の住民となってしまっている筈だし。


『何じゃ、どうしたエルトリス?』

「もしかして……」


 1度目は、アリスに声をかけられた。

 2度目は、アリスと約束を交わした。

 そして3度目は、 アリスはその約束を果たしにきた。


 そして、この永遠のお茶会の在り方。

 同じ六魔将であるアルケミラが戦いもせずに、戦いを避ける事にしたその理由。


「……ねえ、クラリッサお姉ちゃん」

「何、よ……?」

「アルケミラお姉さんは、戦いは避ける、って言ったんだよね?勝てないって言ってないよね?」

「え、それは……当たり前よ、アルケミラ様が勝てないなんて言う筈がないわ。言っていたのは、アリスとの戦いはしたくないとか、避けるとか、そういう事で」


 ――もしかしたら。


 ふと浮かんだその考えが、確信を帯びる。

 もしそうであるのなら、この世界の在り方にも納得がいく。


「一緒にいこう、クラリッサお姉ちゃん」

「っ、聞いてなかったの?無駄よ、アリスには――」

「大丈夫。アリスちゃんと、勝負を挑んだりなんてしないから」

「――え?」


 俺の言葉に、クラリッサは首をひねる。

 アミラやリリエル達もどういうことか判らなかったのか、不思議そうな顔をしていて。


『どういう事じゃ、エルトリス。諦めるでもない、勝負を挑むではないとは』

「ん……みんな、聞いて」


 無論、俺の考えが正しいかどうかなんて、試してみなければ判らないのだけれど。

 少なくとも勝負を挑み玉砕するよりは、遥かに勝算は高いと――少なくとも、俺はそう思っているその考えを、その場にいる全員に伝えれば。


 アミラは、信じられないと言ったような。

 リリエルは、俺の言葉を受け入れるような。

 ルシエラは、俺のことを心配するような。

 ワタツミは、心底呆れ返ったような。


 ――そして、クラリッサは何を言ってるんだこいつは、といった顔を浮かべながらも。


 それ以上の考えが浮かばなかったのだろう、俺の言葉に異を唱える事はなかった。


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[一言] 別に敵だからといって戦う必要はないよね。 むしろお友達で居た方が安全かな?
[一言] なかよしの町のただの子供のエルちゃん... かわいい
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