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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第五章 少女の不思議の国
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20.その時の顛末と、復讐の終わり

「――ゲッ、グ、ゲッ――ゲ、ェ――ッ」


 部屋の隅から鳴る異音に耳を傾け、溜飲が下がるのを感じながら小さく息を漏らす。

 アヌーラの家だった場所で、俺達は……身体こそ元通りになったものの、全身を縛るように残っている倦怠感や違和感、疲労が取れるまでの間、軽く休憩する事にしていた。


 特に、俺は兎も角他の連中の疲労は凄まじいらしく。

 元の姿とは掛け離れた、無力で無様な姿に変えられてしまった面々は、各々机に肘をつきながら、酷く疲れた様子でぐったりと、身体を弛緩させており。


「……みんな、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。少し休めば、問題ないと思いますので……」

「ああ、私も……でも、もうちょっとだけ、な」

『……私も、ぐったりしたい気分だから』

『奇遇じゃな、私もじゃ……』


 ――俺はまあ、ほら。

 今の身体はさておいて、男だからそこまで……というか、この小さな身体から一時的にとは言え開放されたから、どっちかと言えばちょっと残念な気持ちすらあったけれど。

 言うのも何だが、リリエルもアミラも――魔剣ではあるけれど、ワタツミもルシエラも、贔屓目なしで言っても美人というか、綺麗所だったから、さっきまでのは精神的にかなり来たんだろう。


 今は元の姿に戻れては居るけれど、確かにあの時の姿は――


『……おいエルトリス』

「え?」

『忘れよ。思い出したら許さんぞ』


 ――思い返そうとした瞬間、ルシエラは顔を耳まで真っ赤に染めて、目尻に涙を浮かべた……ルシエラとしては、とても、とても珍しい表情をこちらに向けながら、殺意にも似た感情を飛ばしてきた。

 見れば、リリエルもアミラも、ワタツミもその顔を耳まで真っ赤に染めながら、ジト目で俺の方を見つめていて。


「……エルトリス様は良かったですね。一人だけ、綺麗に成長なされて」

『そうよね、ズルだわ。何で一人だけあんな風になってるのよ』

「一体何をしたんだ……?お陰で、助かりはしたが」


「……え、えっと」


 ――圧が、凄い。

 こう、一人だけいい目を見やがってみたいな、そんな嫉妬にも似たような視線が刺さって痛い。

 ワタツミやアミラは兎も角として、リリエルまでもがそんな視線を向けてくるなんて――とは思ったけれど、まあそれだけ体内迷宮での出来事はショックが大きかった、のか。


「えっと、それはね――」


 兎も角。

 こんな針のむしろのような状況が何時までも続いては、溜まったものじゃあない。

 話題を、空気を変える為にも――もう終わったことだし、二度とはないであろうあの瞬間の事を、かいつまんで4人に説明する事にした。








「――っ、ルシエラ(おかあさん)!!わたしへの供給を切って!!」

『な……バカな、そんな事をすれば――!!』


 怪物が迫ってくる最中。

 俺の唐突な言葉に、ルシエラは困惑したかのような声をあげた。

 判っている、こんなのは確証のない――ただの思いつきに過ぎないのだ。

 こんな絶体絶命の状況で、更に力を弱めるような行為に何の意味があるのか、と。そう思われたって、仕方がない。


『……っ、考えがあるんじゃな?判った、信じるぞ――』


 ただ、ルシエラはそれ以上問いかける事はなく。

 俺の言葉にはきっと意味が有る筈だ、と――そう、信じてくれた。


 それが、こんな状況の中でも嬉しくて、俺は少し口元を緩めてしまう。

 ただでさえ気怠さと疲労に包まれていた身体からは、更に力が失われ――俺は、とうとう立っている事さえできなくなり、ぺたん、と尻餅をついた。


 そんな俺に向けて、怪物たちは笑いながらその手を、細長い指先をのばしてくる。


 逃げられない。

 ルシエラの力が僅かに送られていたあの状況でも回避は出来なかったであろうその指は、俺の身体を瞬く間に捕らえ、リリエル達にそうしたように俺の身体を握りしめた。


『……っ、エルトリス――!!』


 ルシエラの悲鳴にも似た叫びが、聞こえてくる。

 そのルシエラだって、もう武器とはとてもじゃないけど呼べないような、玩具のような物に変わっていたのに。

 俺のことを心配している場合なんかじゃないだろうに、と少しだけ苦笑しつつ――どくん、と。

 俺の体の内側が脈打ったのを感じれば、俺もリリエル達のようになるのか――或いは、俺の憶測通りになるのか、体をこわばらせた。


 ――全ては、逆しまに。

 強者は地を這いつくばり、弱者はやがて全てを屠る。


 その言葉通り、俺達は地を這いつくばるようになるまで弱体化して、そしてこの怪物共はとんでもない強さになっていた。

 強者はどんどん弱くなっていくこの体内迷宮の中では、俺達はただただ弱く成り果てていくしか、ない。


 ――本当に、そうだろうか?


「――ゲギャッ?」


 どくん、どくん、と身体が脈打っていく。

 怪物に囚われれば、更に弱体化が進む――そう思っていたけれど、そうじゃあない。

 ああ、すごく、すごく癪だけれど。

 ルシエラの力を使っていない時の俺は、きっと……この体内迷宮で最初に見たコイツらよりも、きっとずっと、()()()()()()


「――っ、ぁ――あ、あぁぁ……っ!!」

「ゲギャッ!?ギギャ、ギャ――ッ!?」


 ――怪物に囚われれば、それはより速く。

 怪物の腕の中で、俺は――俺の身体は、脈打ちながら、大きく、強く、変貌していく。


 手足は伸び、力などまるで無かった身体には溢れんばかりの力がみなぎって。

 ルシエラのように大きくなった身体に合わせるように、胸も大きく、巨きく膨らんだけれど、それの重みなんて微塵も感じないほどになれば――俺は、子供の手を払うように、怪物の手から逃れる事ができた。


「……良かったね。ここが、永遠のお茶会の中じゃなかったら、ボコボコだったのに」

「ギャ――ギャ、ゲギャアァァァ……っ!!」


 そして、軽く敵意を込めて一瞥すれば、怪物達も自分たちではどうにもならない事を理解したのだろう。

 迷宮の暗がりの中に逃げていく怪物の姿を見れば、俺は小さく息を漏らし――弱体化しきったリリエル達を抱えるようにして、この迷宮の最初の場所。

 入り口の方へと、溢れんばかりの力をもって駆け出した。


 ――思えば、最初から誘導されていたのだろう。

 看板に、入り口の方から現れた怪物、囚われたら不味いという意識。

 それによって、自然と俺達は迷宮の先にこそ出口があると、思い込まされていたのだ。

 

 出口は、脱出口は、直ぐ側に……()()()()()に、有ったというのに。


 所々にある氷の壁の残骸を目印に、俺は入口の方へと戻っていけば、怪物が現れた暗がりの方へと進んで、進んで――








「――まあ、こんな感じ、かな」

『成程のう。素のエルトリスの弱さを計算に入れなんだ、コレの失策というわけか』

「ゲ、ギャ……グ、ゲッ、ゲェ――ッ」


 俺の話を聞き終えたルシエラは、部屋の隅で異音を鳴らすそれを、足先で軽く突く。

 話を聞いて少しは気がそれたのか、リリエル達からの視線もいつものような物に変わっており、俺は小さく息を漏らしながら――ルシエラに軽く突かれ、転がったソレを見た。


 それは、まるで球体のような形をした何か。

 よく見れば、何やら自分の口に自分自身を詰め込もうとしているかのような――しかし、自分自身の頭で詰まって、それが完遂できないような、そんな間の抜けたオブジェだった。


「……しかし、良かったのかリリエル?リリエルからすれば、殺したい程に憎い相手なのだろう?」

「この世界では、殺害といった行為を為せるとは思えませんし――だからといって、外の世界でただ殺すだけでは、()()()()()()()()ので」


 アミラの言葉に、淡く笑みを零しながら。

 まるで、傍に咲いている花が綺麗だね、という会話でもしているかのような穏やかさで、リリエルは言葉を紡ぎ、その滑稽なオブジェに視線を向ける。


「――ですので、永久に。ええ、きっと()()()()()()()()()()――苦しむ事で、許そうかと」


 そんな優しい、しかし恐ろしいまでに残酷な言葉を口にしながら、リリエルは自分の淹れたお茶を口にして、ほぅ、と安らいだ表情を浮かべた。


 滑稽なオブジェ――アヌーラの全権限は、今やリリエルの手元にある。

 息をすることも、一挙一動も、何もかもがリリエルの思うままとなってしまったアヌーラに、最早現状を脱することは出来ない。


 ――そんなリリエルがアヌーラに命じたのは、ただ一つ。

 自らを体内迷宮に飲み込め、というとても、とてもシンプルな物だった。


 無論、体内迷宮はアヌーラ自身の体内に形成されるのだから、アヌーラ自身が入るなんて事はできる筈もない。

 できるのは精々、口で飲み込める範囲の物だけで――だから、アヌーラはこうして自分の頭部以外を延々と飲み込もうとし続けているのだ。


 それができるわけがないと理解しながら。

 自分自身を強引に捻じ曲げる苦痛を、嘔吐にも似た苦痛を延々と味わい続けながら。

 それでも、アヌーラにその愚行を止める権利は一切無い。


『……我が主ながら、ほんっとうに恐ろしいわね』

「そうですか?私は比較的、穏便に済ませた方だと思うのですが」


 そんなアヌーラの末路に、ワタツミは表情を軽くひくつかせながら、リリエルを見るも。

 リリエルはしれっとそんな言葉を口にしつつ――成し遂げた達成感からか、いつものような無表情ではなく、かつて、アヌーラに壊される以前に浮かべていたのであろう優しい表情を、見せていた。


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[一言] リリエルが良い笑顔( ˘ω˘ )
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