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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第五章 少女の不思議の国
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17.カラクリ世界の体内迷宮②

 ――前後左右、上下さえも滅茶苦茶になっていた感覚が戻ってくる。

 目を開けば、そこは先程まで居た金属質な家の中ではなく、苔むした石造りの通路の中だった。


 周囲に視線を向ければ、リリエルも、アミラも……それにルシエラも、ワタツミもしっかり居て、少し安心する。


「逸れないで、済んだみたいだね」

『まあ、私とリリエルで挑んだ時もバラバラにされる事はなかったから、大丈夫だとは思っていたけれど――……』


 そう言いながらも、それでも少し不安だったのか、ワタツミは安堵の息を漏らしつつ。

 しかし、周囲に視線を向ければ……少しうんざりとしたように眉を顰め、軽く舌打ちをした。


『……構造が全然違うわね。嫌になるわ』

「想定の範囲内です。ここはアレが作り出した物なのですから、仕方ないかと」


 どうやら、以前と構造がまるで違うらしい。

 それに関しては、事前にリリエルと話し合って判っては居たけれど……つくづく厄介で、面倒な能力だ。

 本来ならルシエラを使って即座にこの壁をぶち壊し、即座にあのニヤけたカエル面を顔面蒼白にさせてやるんだが――永遠のお茶会の中じゃあ、それも出来ない。


「でも、多分一度作ったものの中身は、変えられないから」

『そうだの。まあ私とエルトリスが居るのじゃ、早々に攻略してさっさとあのカエル面を潰すとしよう』

「そうだな――と、看板か」


 ともあれ、今回はリリエルだけではなく俺達も居る。

 アヌーラがどんな迷宮を作り出そうが、その内容を変える事は――約束を違える事は出来ない筈なのだから、俺達でそれを攻略してしまえばそれで良い。


 そんな事を考えつつ、ふわり、と発光しながら空を舞うアミラが看板を軽く照らせば、俺達もそちらに視線を向けた。


「……えっと、ルシエラ(おかあさん)

『判っておる、判っておる。ええと、何々――』


 ……相変わらず、俺はその文字の半分も読むことが出来なかったけれど。

 ルシエラはそれを察してくれたのか、優しく頭をなでてくれて。

 俺は心地よさに目を細めながら――何やら、他の三人から生暖かい視線を向けられてるような気がして、顔を熱くしてしまった。


 ――ここは逆しま。

 強き者は弱く、弱き者は強く。

 より強き者はやがて地を這い回り、より弱き者はやがて全てを屠るだろう。

 時を経るごとに、姿形もそれに相応しく。

 か弱き追跡者に一度囚われたのならば、それはより速く進むだろう。

 迷宮の主を打倒せんとするならば、ここを脱せよ。


 ルシエラが読み上げた看板の内容に、ぞくり、と背筋が凍る。

 ああ、成程あのカエル野郎はそういう奴(クソ野郎)なのか。


「――足音だ」


 アミラの言葉に、俺達は背後を――そこに広がる闇の中で、仄かに光る赤い瞳を見た。

 ぬるり、とそこから現れたのは、骨と皮ばかりの細身とさえ言えない、痩せぎすな人型の何かで。

 ギョロギョロと大きな目をせわしなく動かしながら、ひたり、ひたり、と四足で此方へと向かってきており――


『ふん、如何にもな奴じゃな――っと、と』

「急ごう、ルシエラ(おかあさん)。アレに捕まるのは、絶対にダメ――ッ!」


 ――弱い。

 どう贔屓目に見たって、俺達ならば1分どころか数秒もかからずに倒せるであろう、その異形は、今は未だゆっくり、ゆっくりと動いていたけれど。

 先程の看板と照らし合わせるのであれば、それは余りにも、余りにも危険な存在で。


「リリエルお姉ちゃ――」

「判っております――白雪の壁(ホワイトウォール)!!」


 リリエルもそれを察していたのか、俺の声が届くよりも速く、通路を塞ぐように氷の壁を作り出した。

 通路を塞ぐ分厚い氷の壁は、痩せっぽちな異形に進行を確かに阻止して、遅らせる。

 ペタン、ペタン、カリ、カリ、とその細長い指先で氷の壁を叩き、撫でているその姿を見る限り、当分は――氷の壁が溶けない限りは、問題ないだろう。


 そう、今はまだ問題はない。

 でも、俺達がこのままで居られる内になんとかこの迷宮を脱しなければ、不味いことになる……!


「行きましょう。迷宮のルールがアレだけならば、急いで脱すればいいだけの話です」

「ああ、そうだな――私が先頭を行こう、光っている私なら灯りにもなるからな」


 アミラの言葉に小さく頷いて、俺達は背後でぺた、ぺた、と音を立てる異形を無視するように駆け出した。

 ルシエラを武器の姿に変えつつ握り、ワタツミもリリエルの腰に下がるように戻る。


 あの看板の文面が、俺達にとっては何よりも不味いものだというのは、誰もが理解できていたらしい。

 皆、一様にその表情は硬く、険しく。

 ただひたすらに続く石の通路を、俺達は走り続けた。








「――ググッ。良いですねぇ、対応が早い」


 ――エルトリス達が危機を察知し、的確に行動しているのを見ながら、アヌーラは愉しげに笑みを浮かべ、血のように赤い酒を口にする。

 アヌーラにとって、エルトリス達のような――リリエルのような復讐者で愉しむのは、言わば酒の肴のようなものだった。


 つまりは人生をより楽しく、彩るもの。

 他人の幸せを踏み躙り、踏み躙られた者が歪みながら凄絶に生きて、その内の一握りが己の元に辿り着く。

 アヌーラにとって、それは良くある事であり――そして、その尽くはその力の前に踏み躙られてきた。


 アヌーラの能力である体内迷宮(ラビュリントス)は、本来は自らの体内を迷宮に変化させて、その上で相手をその内に閉じ込めるだけの能力である。

 迷宮である、という事は当然出口も有り、内側から強引に破壊されればアヌーラも絶命するという、極めて使い勝手の悪い能力、それが体内迷宮――だったのだが。


 アヌーラは、六魔将であるアリスの能力を利用したならば、己もまた無敵になれる事に気が付いてしまった。

 暴力を振るう事が、特殊なルールを組まない限りは起こり得ないアリスの能力の内側でならば。

 そして、その特殊なルールを自分の手で――相手が了承したならば、確実に作り出せるこの世界ならば。

 使い勝手の悪い、さしたる強さもない体内迷宮は、強力無比な能力へと生まれ変わる。


「……グゲッ。ゲゲッ、さて、彼女達はどうしましょうか……ググッ、グゲゲ……っ」


 己の作り出した迷宮の中で右往左往する、本来ならば自分など歯牙にも掛けないような強者達。

 それを見て、アヌーラはまた酒を一口飲めば――愉しげに、愉しげに喉を鳴らし。

 自らの勝利を疑う様子さえ無く、エルトリス達をどうしてしまおうかと、妄想を広げていた。








「また分かれ道か……全く、記憶も楽ではないというのに」


 アミラは辟易とした表情を浮かべながら、今まで歩いてきた道を脳裏に記しているのだろう。

 片目を閉じながら、僅かに考え込むようにしてから、分かれ道を進んでいく。


 行き止まりに出くわさない訳ではない、が――それでも、今まで歩いてきた場所を正確に覚えていられる、というのはあの大森林に住んでいたアミラならではだろう。

 俺もルシエラもそういうのは得意ではないし、リリエルもメイドとしての訓練は積んだとしても、そんな特殊な訓練は積んでいないだろうから実に有り難い。


 アミラのお陰で、この複雑な迷宮も着実に……少なくとも、リリエル単独だった時よりは確実に速く進めている――


「……っ、ん」

『む、どうしたリリエル』


 ――そんな最中。

 不意に、リリエルは何かを感じ取ったように足を止めた。

 自分の体を確認するようにしつつ、少し崩れていた服を軽く直しながら、リリエルはその違和感が何なのか判らなかったのか、首を捻り。


「……いえ、大丈夫です。気の所為だったようなので」

『珍しいわね、リリエルがそういうのって』

「まあ、リリエルお姉ちゃんだってそんな事もあるよ」

「此方は大丈夫なようだ。先に進もう――」


 軽く頭を下げるリリエルに、軽くそう返しながら。

 俺達はそのリリエルの違和感を気にかける事もなく、先を急いだ。


 何しろ、今回ばかりは立ち止まってばかりは居られないのだから仕方ない。

 今はまだ、あの痩せっぽちな化け物は着いてきては居ないけれど――あれに捕まるのは、間違いなく不味いだろうから。


 ――直後、俺も何やら少し妙な違和感を覚えはしたけれど。

 その違和感の正体が何なのか判らず、それを口に出すことはしなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 相手が最後どんな事になるか楽しみですねぇ
[一言] エルちゃんたちに何がおこるのか... ドキドキですね。 明日は肉の日... はっ!まさか...
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