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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第五章 少女の不思議の国
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16.カラクリ世界の体内迷宮①

「……よし、それじゃあいこう、皆」


 三日間、アヌーラへの対策を練りつつリリエルの回復を待った後。

 俺達は、ある程度の事態に対応できるように準備を整えて、小屋を発った。


 正直に言えば、まだ対策は完全ではなかったけれど……それでも、これ以上時間を費やした所であまり意味は無いだろう。

 無論、リリエルの経験はアヌーラの能力に対抗する上で重要だとは思うけれど、それを逆手に取られないとも言い切れないのだ。


 そう考えてしまえば、幾ら対策を練った所で完全になる事は、きっと無いのだろう。


「もう、ぶったりとか、色々していいなら簡単なのに……」

『私もそう思うが、まあボヤいても仕方あるまいさ』


 口から漏れたぼやきに、ルシエラは苦笑しながら俺の頭を撫でる。

 ……この世界でさえなければ、アヌーラという魔族は恐らくは、容易く倒せる部類の魔族なのに。

 そんな相手に戦々恐々にならなければならないこの現状は、全く本当にもどかしい。


 一つの手として、アリスに俺達とアヌーラを外に出してもらう、という案もあるにはあったけれど、アリスに会う――会って話す事の方が、遥かにリスクが高いからそれも出来ないし。


「まあ、私達3人……いや5人か?なら、早々遅れは取らないさ」

『ほんっと、能天気ね……妖精になっちゃってるからかしら』

「……ですが、心強いです」


 妖精になってから、若干脳天気と言うか、ゆるいというか。

 楽観的なアミラの言葉にワタツミは少し呆れつつも、リリエルはどこか嬉しそうに、薄く笑みを浮かべ。


 そうこうしている内に、道案内の看板が有る所に辿り着けば――俺達は、カラクリ世界と書かれている方へと歩き出した。

 まだ俺もルシエラも、アミラも行ったことがないその方角へと進むにつれて、次第に景色は大きく様変わりしていく。


 花畑は途切れ、何やら金属のようなもので作られた造花に置き換わり。

 遠くに見える建造物もまた、全てが金属と歯車で構成された、何ともいい難い造りをしており――立ち上っている煙が不思議と煙たくないのが有り難かったが、この場所は永遠のお茶会の中でも一際異質な世界なのだと、一目で理解できた。


 とうとう歩いていた道までもが金属に置き換われば、カツン、カツン、と歩く度に響くような音が鳴って。


「……」

『なんじゃ、しきりに足を鳴らして』

「あ、ううん、何でもないよ、ルシエラ(おかあさん)


 ――ちょっとそれが楽しい、なんて思いながら。

 俺は前を歩くようにして進み始めたリリエルの後をついていくように、カツン、カツン、コン、コン、と歩き始めた。


 こんな異質な世界であっても、基本的にはやはり永遠のお茶会の決まり事に乗っ取っているのだろう。

 様々な姿の住民が――人間が、魔族が、諦めたように仲良く暮らしていて。

 店に置いてある品物や食べ物は、俺とルシエラが滞在していた町とはまるで違っていたけれど。


 それでも、こうして見ているととても、この金属質な世界にリリエルの仇が居るとは思えなかった。

 それは、まるで賭博兎が穴を開けて獲物を待っていた、花畑のよう。


「……もしかしたら」

「どうかしたか、エルトリス?」

「ん……ううん、今はどうでも良いこと、だから」


 ――もしかしたら、俺達が住んでいたあの町の中にも、悪役は居たのかもしれない。

 そう思った瞬間、背筋がぞくり、と冷えてしまった。

 賭博兎やアヌーラのように、この世界で命を奪われるという事は早々無いのだろうけれど、それでも――己の何かを奪われたり、歪められたり。

 そうされてしまうのは、ある意味命を奪われるよりも恐ろしいと、そう思ってしまう。


 ……この世界に与えられた役割に染められている、とは思いたくはないけれど。

 俺はふるり、と体を悪寒で震わせながら、その事を出来るだけ考えないようにして、リリエルの後を離れないように着いていく。


 そうしてしばらく歩けば、やがてリリエルは何の変哲もない――通りにある建物の前で立ち止まった。

 周囲の建物と何ら変わらない、普通の……とはいっても、歯車がグルグル回っていたり、煙を噴いたりはしているけれど……家にしか見えないそれを見れば、リリエルは拳を強く、強く握りしめて。

 握りしめた指の隙間から血を垂らしつつ、リリエルはいつもの無表情のまま、小さく息を吐き出した。


「――ここです。ここに、居ます」


 感情を出来る限り押し殺しているであろうその声に、俺も、ルシエラも、アミラもその何の変哲もない家を見上げ、ふむ、と小さく声を漏らす。

 キノコの森のように看板もなければ、特に何かしらのルールを提示している様子もない。


『ふ、む。ただの家に見えるが……』

「とりあえず、入ってみよっか」

「そうだな、入るだけで何かが有る、という訳でもあるまい」

『……そうね、それだけなら大丈夫、な筈よ』


 ワタツミのお墨付きを得れば、俺はよし、と両手を上げて、扉のノブを掴み――そう言えば鍵がかかっていたらどうしよう、と今更ながらに思ったけれど。

 幸いというべきか、カチャン、と軽い音とともにノブが回れば、そのまま金属質の扉はあっけないほど簡単に開き――


「……おや、おや。これは驚いた、よもやよもやだ」


 ――丁度食事でもしていたのか。

 椅子に腰掛けながら、パンらしきモノを口にしつつ、カエル頭の魔族――アヌーラは、俺達に、何よりリリエルに視線を向けながら、何処か嬉しそうに声を漏らした。


「――戻ってきましたよ、クソ野郎(アヌーラ)。今度こそ、貴方の息の根を止めます」

「グゲッ。貴女はつくづく私を楽しませてくれますねぇ。実に、良い玩具だ」


 ごくん、と手にしていたモノを丸呑みすれば、アヌーラは立ち上がりながら、歓迎するようにその細い両腕を左右に広げる。

 大きなカエルの頭に、病的なまでに細いその身体は実に気味が悪く――しかし成程、これなら確かに直接殴り合う事ができたのなら、それほど難しい相手ではないのだろうと理解できた。


 無論、ここにおいてそれは出来ないのだから、そんな見立てに、理解に意味はないが。


「ええ、本当に。今まで色々な幸せを踏みにじってきましたが……貴女はその中でも格別だ」


 アヌーラ自身、それをよく理解しているのだろう。

 戦闘になれば即座に自分が死ぬであろうこの状況でさえ、その危険が無いと判っているのだからその余裕は決して崩れる事はなく。


「――あの暖かな陽だまりの中で、幸せを謳歌していた貴女が、そんなにも憎悪に満ちた表情を浮かべ、私を睨んでいる!ググッ、大抵はそれを想像するだけで終わるというのに、二度も私の前に立ってくれるとは、ねぇ……親御さんも草葉の陰で喜んでいますよ、きっと」

「貴様が父さん達のことを語るなッ!!!」


 ――アヌーラの言葉に、リリエルは今まで見たことも無いような、憎悪と怒りに満ちた表情を浮かべ、激情を口にした。

 無理もない話だ。

 長年追い続けていた仇に、再び大事なモノを汚されて怒り狂わない奴が何処に居る。


 ……でもリリエル、それを口に出すのは良くない。


「……っ、ぁ」

「大丈夫。それをぶつけるのは、やっつけた後だよ」


 リリエルの手を握り、諭す。

 怒り狂うのは当然だし、それは別に問題ないけれど。

 それを口に出して、体に出して――怒りのままに相手に襲いかかれば、それは相手からしてみれば良いカモにしかならない。


 だから、その怒りを殺意に。

 激情を冷徹さに変えて、アヌーラへの復讐を果たすのが、リリエルのすべき事だろう。


「……はい、有難うございます、エルトリス様」


 リリエルの瞳は、未だ憎悪と激情に燃えたままだったけれど。

 それでも、表情も、口調もいつもの調子に戻れば――改めて、その殺意に満ちた視線をアヌーラに向けた。


「グゲッ、ゲ。良いですね、幸せを踏み躙られ、心は歪んだというのに――改めて、暖かな場所を手に入れた、と」


 しかしそれでも、アヌーラは余裕を崩さない。

 寧ろ、冷徹に殺意を向けてくるリリエルを――そして、その隣に立つ俺達を見れば、その大きな口をぐにゃりと歪め。


「宜しい、では今再び勝負すると致しましょう。恨みを買う事が多い私ですが、同じ相手から二度挑戦されるのは久方ぶりだ!」

「――受けましょう。私が勝利したならば、貴方のあらゆる権利を望みます」

「ふむ、では――私は貴女方の半日の行動を戴くとしましょう!さあ、ではようこそ、私の体内迷宮(ラビュリントス)へ――!!!」


 ――その口が大きく、大きく開いたかと思えば。

 瞬間、金属質だった筈の床が、壁が、侵食されるように姿を変え始めた。

 ぐにゃり、ぐにゃりと歪みながら、まるでアヌーラの口を中心として世界が捻じ曲がるかのように変容していく。


『ぬ、ぅ……成程、面妖な――』

『しっかり掴まってなさい、アミラ!離れ離れになったら、今度は見つける事さえ出来ないわ――!』

「判っている!くそ、気持ちの悪い……っ」


 視界までぐにゃりぐにゃりと歪んでいけば。

 平衡感覚すら失われていくのを感じながら――とうとう、床に立っているという感覚さえも失って。


 ――そうして、俺達はアヌーラの体内迷宮(ラビュリントス)に、飲み込まれた。


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[一言] 害するのはダメだから自滅に追い込めばいいのだろうか( ˘ω˘ )
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