7.少女vs熊狩りランダルフ
どちらも声を発する事はなく、戦闘が始まった。
今の俺から見れば、山のようにデカい男――熊狩りランダルフは、成程戦い慣れしているらしい。
その巨体から見ても大きく分厚い斧を振りかざせば、勢いよくそれを振り回した。
ただの一振りでゴゥン、とまるで嵐のような強風を巻き起こしつつ、迷うこと無くそれを俺の頭に向けて振り下ろしてくる。
「甘ぇよ」
無論、そんな物をバカ正直に受けてやる義理は無い。
ひょいと身体をずらせば、その斧は空を斬り――そして、地を砕く。
振り下ろした斧は深々と地面に食い込み、砕き割り、破片を散らして――……
「甘ェのは、テメェだクソガキィッ!!!」
……そして、砕いた勢いのままランダルフは斧を横薙ぎにするように、地面を抉りながら振り回してきた――!!
成程、大した剛力だ。これは確かに今まで相手にしてきた賞金首たちとは違う。
普通からは頭一つ抜けた強さを持ってて……ああ、久方ぶりに結構楽しくなってくるじゃないか!
斧を振り抜かれると同時に大量の土や石が撒き散らされ、勢いよく飛んだソレが木々を砕く。
俺はと言えば、そんな礫を薙ぎ払いながら男との間合いを変えずに居た。
「ちィ……その剣みてェなのァ厄介だなァ」
ルシエラが礫をガリゴリと砕いたのが見えたのだろう、ランダルフは少し表情を険しくする。
……が、何かを思いついたのか、直ぐにニタァ、と意地の悪そうないやらしい笑みを浮かべてきた。
それと同時に、再びランダルフはその巨体からは想像できない速さで俺と肉薄すれば、巨斧を今度は先ほどとは違い鋭く、そして疾く振るい始める。
だが、疾いとはいっても今まで相手にしてきた連中と比べれば、の話だ。
俺は事も無げにその斧を躱しつつ、時折ルシエラで斬り結んでいく。
如何に巨大な斧とはいっても、所詮ルシエラの前じゃただのデカい鉄くずでしかない。
一合、二合と斬り結んでいく度に、斧の刃は削れ、壊れていく――が。
しかし、それでもランダルフはこの間合いでの斬り合いをやめるつもりは無いようだった。
表情からも、相変わらず余裕は消えていない。
恐らくは何かしら考えがあるんだろうが……それを待ってやる必要も無い。
俺はランダルフの斧を紙一重で避けるようにすれば、そのまま飛び上がった。
この体では、巨漢相手だとどうしても飛び上がらなければまともに上半身を狙えないのだから、仕方がない。
――が、どうやらランダルフもそれを待っていたらしく。
「かかッたなァ、ガキィッ!!!」
「何のつもりかしらねぇが――!!」
飛び上がった俺に向けて、思い切り、全力で振り上げるように斧を構えるランダルフ。
成程、どうやらその剛力に任せて俺と力をぶつけ合うのがお望みらしい。
そういうのは嫌いじゃない、お望み通り真っ向からぶつかって――
『……あ、いかん』
――ガキィン、と森に鼓膜を破らんばかりの金属音が響き渡る。
けたたましいルシエラの金属を噛み砕く音が次いで鳴り、俺とランダルフの一撃はぶつかり合いながらも、斧のほうが先に砕け散る……筈だった。
「ぬ、ぁ……っ!?」
「エルトリス様――!?」
「ひャァハハハハハハ!バァカがァ!そんな豆粒みたいな身体で受けられると思ったかァ!!」
ソレよりも早く、打ち上げられた勢いのまま、俺の身体がルシエラごと空中に弾き飛ばされる。
――しまった、そうだった。
今の俺の身体は非力だとか虚弱以前に、小さくて軽いんだった――!!
「そォら!空中じャあ踏ん張りも効かねェ!!グチャグチャにしてやるァァ!!!」
空中に打ち上げられている俺の真下で、ランダルフは落ちてくるのを今か今かと待ち望みながら、全身全霊の力を込め始める。
成程、最初からこれが狙いだったのか。
『全く、この程度の相手になんてザマじゃ。中身まで幼女に落ちたか、エル?』
「ぐ、うるせぇな……あー、だがこういうのは良い。やりあってるって感じがする」
空中で体勢を整えつつ、ニヤける口元を隠すこと無くそう口にする。
……元の体だったなら、まあ何一つ苦労すること無く一撃で粉微塵にできてしまう相手ではあるが。
それでも、今こうして少しでもやり合えている事が、嬉しくて、愉しくててたまらない。
今の身体では魔法を使う事さえ出来ない以上、この状況から逃れる方法なんて有りもしないのだから、尚更に――自分がほんの僅かにでもやり込められたのが、実に良い。
『マゾヒストだのう、エルちゃんは』
「ば、ばかっ!やりごたえってのが好きなだけだっての」
ルシエラの軽口に顔を熱くしながら慌ててそう返しつつ――俺は、眼下のランダルフを見た。
ランダルフは、金貨100枚の賞金首だった。
つまり、金貨200枚、300枚――或いは1000枚の賞金首とかいたら、もっともっともっと楽しいに違いない。
そう思うだけで、これから先の愉しみが増えた気がして笑いが止まらない。
気持ちが高揚して、高揚して――……
「……っ、きゃはっ、あはははははっ!!」
「な……なんだァ?」
口から、思わず甘い……恥ずかしくなるような、甘い笑い声が溢れ出す。
ああ、でも今だけはソレも良い。
あの女を殺すためだけの旅だったが、思わぬ楽しみが出来たのだから――!
ぐるん、ぐるん。
一回転、二回転、三回転。
空中でルシエラを振り回しながら、体ごと回り、回り、回る。
「――ち、ィ……ッ!!」
ランダルフも何をされるのか直感で察したのだろう、先程までの余裕は何処へやら、全力で俺を迎え撃とうと構えているのが回る視界の中で僅かに見えた。
ああ、楽しい。久しぶりに少しだけ楽しかったよ、ランダルフ。
だからこれは返礼ってやつだ。
何度目の回転だっただろうか。
十二分に勢いが付いたのを確認してから、俺は勢いよくルシエラを伸ばした。
ルシエラは牙のような刃が付いた円盤が連なってできた魔剣だ。
円盤は全て鎖のようなもので繋がれており――ソレ故に、鎖が続く限りは伸ばす事も出来る。
まあもっとも、地上に居る時にそんな事をしたら今の身体じゃ勢いでつんのめって転んでしまうんだが、空中なら関係ない。
「なにィッ!?」
勢いの付いた回転とともに、ランダルフの射程の外から勢いよくルシエラが振り下ろされ――……
「ぐ……ぎャ、あああァァァァ――ッ!?!?」
激しい衝突音、次いで響き渡る破砕の音。
それと同時に、ランダルフが防御の為に構えた斧は粉微塵に砕け散り――同時に、ランダルフの右腕と右足、それに脇腹はルシエラの餌食となった。
ランダルフの巨体は支えを失って地面にもんどり打つと、貪り食われ千切れた部分から勢いよく血を撒き散らしていく。
よしよし、ちゃんと頭を壊さないように狙った甲斐があるってもんだ。
これで頭を壊しでもしてたら、ルシエラに何をされるか解ったもんじゃない。
『ん……中々悪くない味じゃな。じゃが、やはりもっと見た目の良いのが食いたいのう』
「ったく、お前は本当に好き嫌い激しいよなぁ、ルシエラ」
「ぐ、ぎいィィッ!?あぎッ、ひいィィィィッ!!!」
この体になってからなら一番強いであろう相手を食ったにも関わらず、文句を言うルシエラに少し呆れつつも、俺はランダルフの体に軽く脚をかけた。
それだけでも激痛が走るのか、ランダルフは苦悶の声をあげながら俺たちを睨みつけて――いや、違う。
ランダルフは先程までの威勢は何処へやら、どこか懇願するような、哀願するような視線を向けていた。
「大丈夫ですか、エルトリス様」
「ああ、何ともねぇよ」
「あ、ぐッ、うぐ、うゥッ、ま、待て、待ってくれェ」
それを出来れば見なかったことにしたかったのに――だというのに、ランダルフはその視線にぴったりな、哀れみを誘うような声をあげる。
先程俺がコイツに打ち上げられたのが驚きだったのだろう、心配そうに声をかけてきたリリエルに何のこともないように返しながら、俺は小さく息を吐いた。
――高揚していた気分が、冷めていく。
「金、金なら有るんだ、アジトの中に!だから、命だけはァ……ッ」
ああ、これ以上何も言わなければ良かったのに、なんでそんな事を言うんだ。
どうしてそういう事を言ってしまうんだ。
リリエル=アルトリカは死を前にしても牙を突き立ててきたというのに。
それよりもずっと強いであろうお前は、どうしてそんな惨めったらしい事をしてしまうんだ。
「そ、そうだ!俺とアンタが組めば最強だろ!?金持ちだって襲い放題だ、だからァ――」
「もういい、黙れ」
――どうして、そんな。
弱者がするような、惨めな事をしてしまうんだ。
見るに堪えない無様さに、俺は先程までの高揚も忘れてルシエラを担ぎ上げる。
要は頭さえ残っていればいいのだから、後は楽だ。もうコイツの言葉は聞きたくはない。
「ひ……ひ、いィ!?やめ、やめてくれェ!!俺は、俺は絶対にそのエルフより役に立つ、だから――」
「冗談でも笑えねぇよ。テメェはリリエルの足元にも及ばねぇゴミだ」
酷く冷めてしまった気分のまま、足元の弱者を解体する。
何かやかましく喚いていたけれど、これ以上なにも聞く気にはなれなかった。
「おら、テメェが持ってろリリエル」
「……かしこまりました、エルトリス様」
頭をぽい、とリリエルに投げ渡すと、リリエルはランダルフだったモノの布地で上手いことそれを包み、抱え込む。
……まあ、取り敢えずこれで金にはしばらく困らないんだろうから、それで良しとするか。
「――ホゥ。中々どうして、人にしては強い強い」
――エルトリスがランダルフを解体しているその場所から、遥か遠方。
一際高い木の上から、見えるはずもない少女を見て感心しているような素振りを見せる人影が一つ、そこにはあった。
人、というのは正しくないのかもしれない。
それは体こそ人らしい形をして、まるで吟遊詩人のような格好をしていたものの。
その頭部はおおよそ人と呼べるようなものではなく、黒い鳥のような形をしていたのだから。
「ワタシの音色で強化した個体だったのですが、成程成程、面白い人も居たものです」
鳥の嘴からは信じられないような美声を吐き出しつつ、ソレはとても楽しそうに笑い、木から飛び降りた。
人なら絶命は避けられない高さから事も無げに着地すれば、片手で持てるようなハープのような楽器を軽く鳴らし、笑うように喉を鳴らす。
「――まあ、所詮は人。ワタシの障害には成り得ないでしょうが。さて、では行きますよ」
ソレの美声に合わせて、森の中に潜んでいた幾つもの影が蠢いた。
とても動物とは思えない姿をしたそれらは、吟遊詩人のような姿をしたそれの後に着いて歩き出す。
異形の一団はまるでパレードのようにゆっくりと、しかし着実に行進を続けていた。




