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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第五章 少女の不思議の国
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11.気狂いエルフは、溺れながら①

 仄かに魔力を放つ、キノコの間を飛ぶ。

 今の私の身体にとって、木々もそうだったがこのキノコ達もあまりにも大きくて、まるで建造物か何かのようだ。

 エルトリスの手のひら程度のサイズしかなくなってしまった今の私には、この世界は、この視界はあまりにも新鮮で、新鮮で――


「――ふふっ」


 すこし、心が浮足立つのを感じながらも、私は後方に居るエルトリス達に視線を向けた。

 全く、一体何を焦って、何を不安に感じているのか。

 確かにこの世界が安全ではない、というのは判っては居るが、これから会うのはリリエルなのだ。


 気狂いエルフの呼び名の通り、何かを奪われ錯乱してしまっていたのだとしても、特に問題はないだろう。

 何しろ、この世界では暴力を振るう事自体が出来ないし、リリエルが手にしていたワタツミだってその力を発揮する事は出来ない筈なのだから。


 そうして、しばらく――エルトリスたちが私を見失わないように、速度を落としながら空を飛んで。

 不意に、視界に何やら大きな人影が映った。


「リリエル?リリエル、居るのか?」


 私の声に、その人影が反応する。

 どうにも今の身体ではサイズ感覚が狂ってしまうけれど、その人影には私も見覚えが有った。


 空色の髪、青い瞳。

 服装こそ、この世界に合わせでもしたのか、村娘然とした服を身に纏ってはいたものの、その顔を見間違える筈もない。


「――アミラ様、ですか?」

「ああ、そうだ私だ。こんなナリになってしまったが――良かった、リリエルは無事だったのだな」


 気狂いエルフ、というのは何だったのか。

 リリエルは少しだけ驚いたように目を丸くしながら、確認するように私に問いかけてきて。

 成程、こんな姿ではそうだと確証も持てないだろうと、私はその言葉に小さく頷き、リリエルとの再会を喜んだ。


「……ふふっ、くすっ」


 リリエルも、私に会えたことが嬉しいのか。

 私がアミラだとわかれば、嬉しそうに笑みを零して。


「心配するな、エルトリス達も無事だ。さあ行こう、この世界から――」


 ――そこまで口にして、ふと、奇妙な違和感を抱く。

 何故だろう、リリエルが無事な姿でここに居る、その事自体はとても、とても喜ばしいことの筈だ。

 なのに、何故――いや、そうだ、おかしい。

 

 リリエルは、軽々とそんな笑顔を見せるような相手だっただろうか――?


「ああ、良かった。アミラ様であれば、大丈夫ですよね」

「――リリエル?」

「ええ、ああ嬉しい、嬉しい――ふふっ、ふふふっ、あははははっ」


 リリエルの笑顔を改めて見て、私は戦慄する。

 目が、笑っていない。

 口元だけが歪に歪んだ笑みは、彼女が以前時折見せていた淡いものとは、正に対極。


 狂気。

 それこそ、今の彼女の表情を言い表すのに、相応しく――


「……っ、来るなエルトリス!!駄目だ!!」

「ああ、エルトリス様達も居るのですね――ふふふっ、ああ、ああ――欲しい、欲しい、欲しい……!!ルシエラ様は、どうあっても――!!!!」


 ――私の言葉に反応するように、リリエルの瞳が遠くのエルトリス達を捉える。

 エルトリス達に、或いは自分自身に向けるように、リリエルは声を張り上げて――しかし、エルトリス達はそれに応える事も無く。


 僅かに表情を歪めれば、そのままリリエルと私の視界から消えるように、木々とキノコの間に姿を隠した。


「――成程、エルトリス様達は既に理解しているのですね。ええ、正しい、とても正しいです」

「リリエル……っ、一体どうしてしまったんだ、お前は!」


 先程の言葉を鑑みるに、エルトリス達まで襲うつもりなのだろう。

 明らかに正気ではないリリエルに、私は背中からマロウトを手にすれば、か細い――小枝とさえ言えない程に小さな、矮小な矢を構えた。


 リリエルはそんな私を見ながら、歪んだ笑みを崩さずに。


「力ですよ、アミラ様。私には力が必要なんです」

「……何?」

「ええ、揺るぎない力。何者にも敗けない力。全て、全て、全てに勝つ力――」


 狂ったように、力、力とリリエルは口にしながら。

 一体どこから取り出したのか――リリエルの背後から、生えるように無数の武器が姿を表した。

 剣、槍、斧、弓――最早武器と言って良いのかも判らない腕や翼、大きな(あぎと)まで。


 それは、正しく気狂いエルフだった。

 そんな力など意味をなさないであろうこの世界で、力を求め、簒奪し、狂喜する。


 そんなリリエルの姿を見れば、私はいたたまれない気持ちになって。


「――だって、必要じゃないですか。ええ、私はここで力を、力を蓄えて――そして、目的を果たすのです。果たさなければならないのです、ええ」

「目を覚まさせてやらなければ、ならないようだな」

「いいえ?私はしっかりと目を覚ましていますよ、アミラ様。そしてもうアミラ様は詰んでいます」


 リリエルのその言葉に、ぞくりと背筋が冷えた。

 彼女は変わらず、私のことを、エルトリス達の事も様付けで呼ぶし、その声色には敬意だって見える。


 だというのに、その口ぶりはまるで罠にかかった哀れな獲物を見ているような――それを残虐に楽しんでいる狩人のような、もので。


「さあ、マロウトを私に手渡して下さい」

「誰が――っ」


 渡すものか、と口にしながら。

 私はなぜか、手にしていたマロウトを差し出すように、両手をリリエルの方に向けていた。


「……え、な」

「ふふ、ええ、ありがとうございます。ふふっ、ふふ――まだ判っていないのですね、アミラ様。私に言葉を返した時点で、もう終わりなのですよ」

「っ、看板か……!!」


 看板に書かれていた事を、思い出す。


 彼女は力を求め、求め、求めるもの。彼女の言葉に言葉を返してはいけない。

 言葉を返したならば、気狂いエルフはあなたを逃さない。


 リリエルは私の手からマロウトを奪えば、背中にしまうようにして、恍惚とした表情を浮かべる。

 まるで美酒でも口にしたかのように、頬を赤く染めて、うっとりとした様子で笑みを零すその様は、以前のリリエルの姿などまるで見えず。


「――さて。ではもうアミラ様は用済みですね」

「ち……っ!」


 リリエルの、その狂喜に満ちた瞳に私は急いで彼女から離れようと、木々の中を飛ぼうとすれば――


「……っ、あ、ぐっ!?」


 ――ゴォン、と。

 入り口でルシエラがそうなったように、何もない所に顔をぶつけ、地面に叩き落された。


「無理ですよ、アミラ様。ちゃんとルールには従わなければ駄目です」

「ルール、だと……」

「私の言葉に言葉を返したなら、もう逃げられない。逃さない。ええ、ですが安心して下さい――」


 地面に叩き落され、遥か頭上からリリエルに見下される。

 その口はあいも変わらず歪に笑みを浮かべていたが、目はまるで笑っておらず――


 ――目の前のこれが、本当にリリエルなのか、と。

 不意に、私は疑念を抱いた。


 何か、何かを見落としている。

 リリエルと出会うには、対面するには白き少女という何かが必要なのは理解できたし、きっとエルトリスもそれを理解している筈だ。


 けれど――それ以外に、何か、もっと致命的な何かを私は、見落としているような気がしてならない。

 リリエルがルールと口にしたあの看板、あれは何かがおかしかった。

 文面ではなく、読まなければならなかった事でもなく――もっと、根本的な何か。


「貴様、まさか」

「――ああ、気づいたんですかアミラ様。でも残念、さようなら――ふふ、直ぐにエルトリス様も仲間入りですよ」

「な……っ!?これ、は――!!」


 考えをまとめる間もなく、地面がまるで粘土のように歪めば、ぐにゅり、ぐにゃり、と身体を覆い始める。

 手足を必死に動かし、羽を羽撃かせて抵抗するけれど、液体のように柔らかく――しかしその癖硬い奇妙なそれは、私の身体を拘束するように纏わり付いて。


「く……離せっ、んぐっ!?む、うぅぅ……っ!!」

「ふふっ。アミラ様くらい小さいと、きっと気づかない内に踏み潰されてしまうかもしれませんね。まあ、それでも死ぬ事はないのでしょうが……ふふっ、ふふふっ、うふふふふ……っ」

「んむぅ……っ、むふぅっ、ううぅぅ――……っ」


 口を、そして顔を覆われてしまえば、私は直立した状態のまま、動けなくなってしまい。

 ぐにん、ぐにん、と体を覆うそれを引き剥がそうと身体をくねらせても、拘束は一向に緩む事はなく――








「――ああ、可愛らしい。ふふ、この森の仲間入り、おめでとうございます、アミラ様……ふふっ、あははっ」


 ――そう言って笑う、背中から数多の武器を、力を生やしたリリエルの足元には、小さな小さな――しかし、一際強く光るキノコが生えていた。

 時折ぐに、ぐに、と揺れるその様は、きっとまだ中に居る者が抵抗しているのだろう。

 それを見ながら、リリエルはおおよそ彼女らしくもない笑い声をあげて――……


「ああ、ああ……エルトリス様、ルシエラ様……♥貴女達だけは絶対に逃しません、私の力になって下さいね……」


 そんな言葉を口にしつつ。

 背中から生やした歪な力を元に戻せば、リリエルは再びふらり、ふらりと森の中を歩き始めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] リリエル自身が「悪役」になっているとは驚きです! そして被害者になり続けのアミラ...
[一言] リリエルやべぇ
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