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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第五章 少女の不思議の国
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10.キノコの森に棲まうモノ

 食事を取り、ゆっくりと休み疲れをとり、翌日。

 俺達は前日の疲労がすっきりと取れたのを感じれば、予定より一日遅れではあるものの、リリエルを迎えに行くことにした。

 クラリッサを最後に回したのは、まあクラリッサが魔族だからというのも有るけれど……何よりも、リリエルが冠している通り名が、あまりにも不穏だったからだ。


 気狂いエルフ。

 少なくとも、正常なエルフ相手には先ず与えられないその名前は、普段のリリエルの様子からは明らかにかけ離れており――


「――私のように、何者かに何かを奪われてしまったのだろうか」

「それはわからないけど、ちょっと気を付けたほうがいいかも」

『まあ、暴力沙汰は無いとは思うが……リリエルはワタツミを持ってる筈だからの』


 ――本当に気が狂ってしまっているのであれば、その手にしたワタツミで俺達に襲いかからないとも限らない。

 普段のリリエルならば先ずあり得ないであろうその行為も、この世界においては全く無いと言い切れないのが怖いところだ。

 襲いかかるか否かはさておいて、アミラのように元の性格とはかけ離れた状態になってしまっている事だって、重々に有り得る訳だし。


 一抹の不安を抱きながら、俺達は昨日も通った道を歩き、看板からキノコの森の方へと歩き出す。


 幸い、今日は新たな犠牲者は居ないのか――或いは、もっと別の場所に居たりするのか、道中特に何かに合う事もなく。


「は、ふ……」

「いい天気だな。場所が場所でなければ、のんびりと座って休みたい気分だ」

『判らんでもないが、やめておけ。特に花畑の中はの』

「……わ、判っている。私とて、二度も同じ轍は踏まないさ」


 穏やかな日差しに、体を撫でる柔らかな風。

 花畑からは甘い香りが漂ってきて、こうして近くを歩いているだけでもふわり、ふわりと心地よさが――ついでに眠気が、首をもたげてくる。

 小さく息を漏らしながら、ルシエラに軽くからかわれるようにされたアミラは、顔を赤らめながら。

 それを隠すように、アミラは小さな体でふわふわと少し高い所まで舞い上がって――


「――ん。あれか、キノコの森とやらは」

「え?っと……お、ルシエラ(おかあさん)っ」

『うむ、見えてきたの。ほれ、見えるかのエルちゃん』


 ――アミラの言葉に視線を向けるも、俺の低い視点では何も見えず。

 顔を少し熱くしながらも、ルシエラに向かって両手を伸ばせば、ひょいっと抱き上げられて……そうしてようやく、俺の視界にもそれらしいものが入ってきた。


 花畑とは明らかに違う、森林のような場所。

 妖精の住処のように湖畔らしい物は見えず、代わりに見えるのは木々の間にある色とりどりのキノコ達だった。


 キノコ、と一口に言ってもその大きさは明らかに常軌を逸しており、遠目に見てもその一つ一つが俺よりも大きいのではないか、という程で。

 木々で薄暗がりになっているからか、仄かに発光しているそのキノコ達は綺麗でもあり、不気味でもあった。


「……あれ?」

『ん、なんじゃ、どうしたエルトリス?』

「看板だよね、あれ」


 そんな、少し不気味なキノコの森の入り口。

 花畑から続く道のど真ん中に、何やら簡素な看板が立っていた。


「何々……この先、気狂いエルフ有り。看板をよく読んでから、立ち入る事……?」

『何じゃ、面倒くさい。とっとと行くぞ、アミラ――』


 道を通せんぼするかのように立っている看板に、ルシエラは眉を顰めて。

 呆れたような顔をしながら、小さく息を漏らせば、看板を無視するように森の方へと歩き――


『――へぶっ!?』

「お、ルシエラ(おかあさん)!?だいじょうぶ!?」

『あ、あだだ……っ、な、何じゃこれは……っ!?』


 ――ゴォン、と。

 まるで金属でできた壁にでも激突したかのような、そんな音を鳴らしながら、ルシエラは思い切り仰け反れば、その場に蹲った。


 余程痛かったのだろう。顔を手で抑えるようにしながら、ルシエラはペタペタと何もない空間に触れて、声を荒げる。


 俺には何もないように見えるけれど、どうやらその何も見えない場所になにかあるのか、ルシエラの指先はぺたり、ぺたりと明らかに何かに触れていて。


「……見えない、壁?」

「看板を無視していく、というのは無理なようだな」

『おのれ、悪辣な……』


 目尻に涙を浮かべつつ、すっくと立ち上がったルシエラは、仕方あるまいと文句を口にしつつも看板の所まで戻り、そこに書かれている文字に目を向けた。

 それがルールであるというのなら仕方ないか、と俺も看板に目を向けて――


 ――この■、■■いエルフ■り。■■をよく■んでから、■ち■る■。


「……その、えっと……ルシエラ(おかあさん)、アミラお姉ちゃん」

『ああ、判っておる、安心せい』


 ――あいも変わらず、簡単な文字以外は認識さえ出来ない事を思い出せば。

 俺は顔を赤らめながら、くい、とルシエラの服の裾を引っ張り……ルシエラは優しく笑みを浮かべれば、ぽんぽん、と俺の頭を撫でてくれた。


 ルシエラが読み上げてくれた看板の内容は、以下の通り。


 この先、気狂いエルフ有り。看板をよく読んでから、立ち入る事。

 気狂いエルフはとても強欲、彼女は強き者を見逃さない。

 彼女は力を求め、求め、求めるもの。彼女の言葉に言葉を返してはいけない。

 言葉を返したならば、気狂いエルフはあなたを逃さない。

 彼女は簒奪し、酔いしれるもの。彼女に会うならば、白い少女の助けを得よ――


『――と言った所じゃな。さて、参ったのう』

「この気狂いエルフ、というのがリリエルで良い、のか?私はとても、そうは……」

「……ううん、多分リリエルお姉ちゃんだと、思う」


 アミラの言葉に、軽く頭を振る。

 確かに看板に有るような姿は、俺達が知っているリリエルからは遠くかけ離れたものだ。


 だが、リリエルがそういった行動をとる理由自体は、確かにある。

 力を求めるのも、そのために簒奪するのも。

 アイツが目的にしているモノの為だとするのなら、納得できてしまうのだ。


 ――ただ、この看板の通りだとするのであれば、目的と手段が明らかに入れ替わってしまっている。

 早い所リリエルに会って、頬でも叩いてやって目を覚まさせてやらなければならない。

 それが、リリエルを買った――いや、仲間であるリリエルを誤った方向から引っ張り戻してやるのも、一つの役目という奴だろう。


「まあ、とにかく入ってみるか。何、暴力を振るわれる事は無いのだろうし、危険は無いだろうさ」

「え、あ、ちょっと、アミラお姉ちゃん――っ!?」


 考えるより動くが易し、と言わんばかりにアミラはふわふわと森の中へと入っていく。

 妖精になっているせいか、アミラはどうも感情で動くというか――思慮というものが薄くなっているように、思えてならない。


 ……まあ、俺も人のことは言えないが。

 この世界に居る以上、どうしても役割というか、そういう物に引っ張られてしまうのだろう。


『仕方あるまい、私達も行くぞ……っと』

「うんっ。待って、アミラお姉ちゃん!」


 ひょい、とルシエラに抱きかかえられながら、俺達も続いて巨大なキノコが生える森の中へと、足を踏み入れた。

 幸いというべきか、木々が深く、本来ならばもっと暗い筈の森の中は、発光するキノコ群のお陰で視界もよく。

 自身もまた発光しているアミラを見失う事も、また無かった。


 ……とは言えど、此方は徒歩、アミラは飛行。

 木々も深い森の中とあっては、距離はだんだんと引き離されていき――俺の声が聞こえているのか居ないのか、時折振り返るような素振りを見せつつも、アミラは止まる事はなく。


『――ええい、頭の中まで妖精か、アミラは!』

「身体に、ひっぱられちゃってるのかな……もう、一人は危ないのに――!」


 中々追いつけない事に少し焦りつつも、俺達は森の中を進んでいく。


 アミラが言うように、例えリリエルの気が狂っていようと本来ならば問題はない。

 何しろ、この世界では直接的な暴力を振るわれる事も無いのだから、如何に小さく弱くなってしまったアミラだろうと、さしたる危険は無い筈なのだ。


 だが、今回は少しだけ状況が違う。

 ――看板を読んでいる俺達は、あの看板のルールをおそらくは守らなければならない。


 例え、俺達がリリエルの知り合いであって、リリエルも俺達のことを理解できたのだとしても。

 気狂いエルフがリリエルであったとするのなら、それに声をかけるか、声を返すのは、恐らくは――……


「……っ、待ってってば、アミラお姉ちゃん――っ!」

「心配するな、中々に心地よい森だぞ?」


 ……そんな心配や予想など知る由もないのだろう。

 ああ、こんな事なら出発前に賭博兎の――この世界の穴について、ちゃんと話しておくんだった……っ。


 今更ながらにそんな後悔をしながらも、俺はルシエラの腕に抱かれながら、木々とキノコ達の間を抜けて、キノコの森の奥へ、奥へと進んでいった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 看板の言葉が何かキーになってるとは思うけど WA・KA・RA・N( ˘ω˘ )
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