9.インターミッション
「ふむ、今二人はこんな所に住んでいるのか。私は花畑に放り出されたのに、羨ましいな」
『妖精だからかのう?まあ、ゆっくりしていくと良い。後の二人はどの道明日だからの』
「うん、そうだねルシエラ」
妖精の住処から慣れ親しんだ小屋に戻り、小さく息を漏らす。
当初の予定では、そのまま気狂いエルフ――おそらくはリリエル――と、美しい声の小鳥――おそらくはクラリッサ――を迎えに行くつもりだったのだが、予想以上に消耗が激しく、一旦戻るようにルシエラに提案されてしまって。
俺自身、普段はやらないような事をやったせいなのか、或いは一度色々なものを奪われたからか、肉体的には兎も角、精神的に疲れており、その提案に乗ることにした。
花畑に放り出された、というアミラはその小さな体で軽快に空を舞いながら、物珍しそうに家の中を見て回っていて。
背中の羽を輝かせながら飛ぶその姿は可愛らしく、同時に美しく。
俺はどこか、微笑ましいような気分になりながら、妖精らしくはしゃぐアミラの姿を眺めて――ふと、その背中にある小さな小さなマロウトに、目が行った。
「ねえ、アミラお姉ちゃん」
「ん、どうした?」
「それ、つかえるの?」
俺の言葉に、アミラはきょとんとした顔を見せながら、何のことか理解したのか。
ああ、と小さく声を漏らせば、背中に背負っていた小枝……というにも小さく細い、今のアミラのサイズまで縮んでしまったマロウトを手にしてみせた。
「ふふ、こんなナリだがマロウトはマロウトだからな。問題なく扱えるさ」
『本当かのう。何というか、その――何じゃ』
「玩具の弓より、たよりなさそう、かも」
「――ぐ」
小さな体とは言え、元々が弓の名手なだけあって、その姿はとても様になっており。
妖精サイズという事さえ除けば、アミラの言葉も十分に信じることが出来た、のだが……いかんせん、今のアミラの体は俺の手のひらサイズという小ささだ。
様々な物を矢として射出したり、一度に大量の矢を放ったり、矢自体に暴風を纏わせたりと、非常に強力な魔性の武器であったマロウトも、こんなに小さいとよく出来た玩具にしか見えず。
俺とルシエラの疑念たっぷりな視線を受ければ、アミラは軽く言葉をつまらせつつ、ううむ、と視線を彷徨わせた。
何か、何か証明できるものはないだろうか、と。
アミラは部屋の中を探すように飛び回れば――丁度机の上に置いてあった、手のひら大の赤い木の実をペンペンと叩いた。
「――よし、私がいつもどおり動ける事を証明しようじゃあないか」
得意げに――妖精になったこともあるのかもしれないが――アミラはそう口にすれば、ふわふわと空を飛びながら、机から遠く離れるように壁際まで寄って、マロウトを構える。
その様は成程、歴戦の弓手と言えるが、やはり妖精サイズではどうしても格好が付かず。
『……む』
「あ」
……しかし、その背中にある羽が強く光り始めたのを見れば、俺もルシエラも小さく声を漏らした。
マロウトだけではなく、アミラもまた周囲から魔力を吸っているのか。
妖精と化してしまったが故に起きているであろう現象に、これはもしや、と俺もルシエラもちょっと期待の視線をアミラに向けて。
「……っ、いっけ、ぇ――っ!!」
そして、魔力を十分に蓄えた後。
アミラは普段はあげないような声をあげながら、ヒュン、とその小さな小さなマロウトから、矢を放った。
それと同時に、部屋の中にゴゥ、と強い風が吹き荒れて――……
「――ぐすん」
「ま、まあ、ほらアミラお姉ちゃん。今の大きさ考えたら、これでも十分すごいと思うよ!」
『う、うむ、そうじゃな。ほれ、見事に木の実が真っ二つじゃ!』
――結果。
暴風を纏った小さな小さな矢は、木の実の内側まで深く潜り込んだ後、その伴った風で木の実を真っ二つに叩き割った。
それ自体は決して笑うような事ではなく、アミラの今のサイズを考えたのであれば、十二分な結果だと、俺もルシエラも思うのだけれど。
ただ、まあ、元のアミラの弓の腕を考えるのであれば、その威力を考えるのであれば、弱体化も著しく。
割と全身にみなぎっていた魔力のお陰で自信満々だったのか、その結果を見てアミラはひどく落ち込んでしまっていた。
「私は、やはり駄目な妖精なんだな……」
「そんな事無いってば、もう。ほら、元気だして、ね?」
「うぅ……」
俺の胸元で――というか、胸の上で体育座りしているアミラに苦笑しつつ、指先で軽く頭を撫でていく。
……なんというか、こう。
ぬいぐるみとはまた違うけれど、人形っぽくて妙に可愛いのが困りものだ。
役割に引っ張られているわけではないと思いたいけれど、その、何というか、抱きしめたくなってしまう。
『まあ、食事でもして元気を出すが良い。私の料理も中々の物になったからの』
「リリエルお姉ちゃんにはまだまだ及ばないけどね、なんて」
『……そういう事をいう悪いエルちゃんは食事抜きじゃぞ、全く』
「ん……そ、そうだな、元気を出さなければな。リリエルも……癪だが、クラリッサの奴も助けなければ」
ルシエラの言葉に冗談めかして言葉を返せば、アミラも元気が出てきたのか。
目元を軽く拭いつつ、俺の胸の上で立ち上がると、いつものように凛々しい笑みを見せてくれた。
まあ、アミラの弱体化もこの永遠のお茶会の中ではさしたる問題ではないだろうし、どちらかと言えば飛べるようになったメリットの方が大きいだろう。
如何に、ルールを悪用――もとい、ルールの穴を突いて悪行を行うような賭博兎のような悪役が居るとは言えど、直接殴り合うような事はそうそうないだろうし。
「……あーあ」
『む、どうしたのじゃエルトリス?』
「んーん、なんでもない」
……ちょっぴり、純粋な殴り合いというか、殺し合いが愛おしい。
この世界では望めないそれを恋しく思いながら、俺は机に軽く突っ伏して――ぽにゅん、と柔らかな物が、顔に触れた。
「これが俗に言う乳枕とやらか……私では出来ないな」
『私にも無理だのう。さすがというか、何というか』
「……ぜんぜん、うれしくない」
二人の視線に、そして言葉に、俺は顔を熱くしつつ。
顔を隠すように、その柔らかな物に埋めながら――ふわりと香る甘い香りが、自分から漂ってきている事に気づくと、頭から火が噴き出してしまいそうだった。




