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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第五章 少女の不思議の国
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8.魔弓の妖精、アミラ

 ふわり、ふわりと穴の中を上へ、上へと落下していく奇妙な感覚。

 既に眼下に有ったはずのあの部屋は見ることも出来ず、俺はルシエラに軽く抱かれるようにされたまま、小さく息を漏らした。


『……これに懲りたら、単独行動は止めるんじゃぞ』

「ん……でも、その。安全だって、思ってたから」

『ここは(アリス)の腹の中じゃぞ。安全でなど有る訳が無かろうに』


 俺の言葉に、ルシエラは苦笑しながらそう返す。

 ……ルシエラの言葉はもっともだ。

 形容することさえ出来ない――未だにその能力の正体さえも掴めていない、六魔将アリス。

 俺達が居るのは、そのアリスの能力の正に内側なのだから、安全と考える事自体が本来間違っているのだろう。


「……う、ん。ごめんね、ルシエラ(おかあさん)

『何、結果としてはマロウトも取り戻せたし上々じゃろう。次から気を付けてくれれば、それで良い』


 ルシエラに軽く抱きしめられながら。

 それでも、俺は奇妙なことに――これさえも、アリスの能力の範疇なのかも知れないが――この世界が安全なのだろうという感覚を、捨てきれずにいた。


 我ながら、どうかしている。

 賭博兎との遊び……いや、一戦は、有る種殺し合いよりも悪辣な何かだったというのに。


 そうして、暗い暗い穴の中を上に、上に。

 最初よりも少し長く感じるくらいに、落ち続ければ――不意に、視界が開いた。


「わ……っ!?」

『っと、と……全く、つくづく珍妙な』


 ――気づけば、俺とルシエラは花畑の真上。

 穴から抜けた筈だというのに、建物の二階程度はあるであろう程の高さに放り出されていた。

 突然の浮遊感に俺もルシエラも声を上げつつ、眼下に視線を向ける。

 そこには、一面の花畑が広がっているばかりで、穴なんてどこにも見当たらず――


「……ルシエラ、ちょっと離れた所に着地、出来る?」

『うむ、私もそうしようと思ってた所じゃ』


 一見ただの花畑に見えるその場所も、今の俺達には落とし穴にしか見えず。

 ルシエラは空中に自分の一部を……円盤を作り出せば、トン、と軽く蹴って少し離れた場所に着地した。


 俺一人ではろくに見渡す事も出来なかった花畑も、こうしてルシエラの視点から見れば、綺麗なもので。

 賭博兎との一戦で少し疲れた頭も、ほんの僅かに休まるのを感じながら……ルシエラは、俺を胸元に抱きかかえたまま、歩き始めた。


「……ん」

『一人で、よく頑張ったの。少し休んでおれ』

「う、ん」


 まるで子供のように抱っこされてしまえば、顔は熱くなるけれど。

 優しいルシエラの声色に、言葉に、甘い香りに俺は心地よさを感じながら、小さく息を漏らす。


 ……与えられた役割に飲まれてやしないかと、少しだけ不安になるけれど。

 それでも、この安らぎにはどうにも逆らうことは出来なかった。








 そうして、ルシエラの腕の中で少し休んだ後。

 妖精の住処へと戻った俺達は、先程とは少しだけ妖精たちの様子が違っている事に気が付いた。

 何やら騒がしいというか、嬉しそうと言うか。


 よくよく見れば、妖精たちは何やら一点に集まっているようで――余程の数の妖精がいるのだろう。

 湖畔の一角が何やら巨大な光体のようになっており、わーわーきゃーきゃーと、楽しそうな声がそこから響いていた。


「よかったね、よかったね!」

「元気になったんだね、あそぼ、あそぼ!!」

「お祝いしなきゃね!」

「ま――まってくれ、ありがとう、だが――」


『……どうやら、戻ったようだの』

「……うんっ」


 喜びや祝う声に混じって聞こえてくる、戸惑いの声。

 聞き覚えのあるその声、そしてその調子に俺とルシエラは顔を見合わせれば、笑みを零して。

 俺はルシエラの腕から降りれば、不思議と早くなる足取りに転ばないように気を付けつつ、だぷっ、ばるんっ、と揺れる胸元にバランスを崩さないようにして、その妖精だかりへと向かった。


「――っ、あ……!え、エルトリス、ルシエラ、た、助けてくれ……っ!!」


 ――妖精だかりの、その中央。

 小さな体はそのままに、あの泣き虫だった姿はどこへやら。

 すっかり元の調子に戻った――背中に小さな小さな、小枝のようなマロウトを携えたアミラが、困った様子で俺達に助けを求めていて。


「……ぷっ」

『く……くくっ、あははははっ、何じゃそれは!あはははっ!』

「わ、笑ってないで助けてくれ、もう……っ!!」


 それもその筈、アミラは妖精たちに囲まれながら、それはもう手厚いもてなしを受けていたのだ。

 髪の毛は可愛らしく結われ、妖精がやったのだろう、お世辞にも上手とは言えない化粧を施され。

 埋もれてしまうほどの花や木の実といった贈り物を受けて、身動きも取れずにいるアミラは可笑しくて、可愛らしくて。


 思わず笑ってしまった俺とルシエラに、アミラは顔を真っ赤に染めながら、今度は別の意味で目尻に涙を浮かべていた。








「……は、ぁ」


 ――その後も、妖精たちが元気になったアミラを見舞い、もてなし、可愛がるのは小一時間程続き。

 その余りの勢いと善意、そして見ていて面白かったのも有って、俺達も止めるに止められず。


 すっかり疲れ切った様子で、背中の羽をしんなりとさせたアミラは、切り株の上に腰掛けながら俺達を見上げていた。


「……でも良かった、アミラお姉ちゃんが元に戻って」

「元に……いや、まあそうだな。さっきまでの私は本当に、どうかしていたものな」

『何じゃ、覚えておるのか?』


 ルシエラの言葉に、アミラは小さく頷きながら小さく息を漏らす。

 その顔は、見る見る内に赤く染まって……まあ、うん、それはそうだろう。

 俺だってもし、あんな醜態を晒して、正気に戻って――醜態を晒した時の記憶がしっかりと残っていたのなら、悶絶するだろうし。


「……賭博兎とやらに、負けに負けてな。知力、技、それに魔力――そしてマロウトまで、全部持っていかれたんだ」

『よくそこまでやったもんだのう。何を賭けておったんじゃ?』

「それはまあ、エルトリス達の居場所を……だが、ああ、実に悪辣だった、あの兎は」


 思い返して腹が煮えくり返っているのか、アミラは軽く頭を掻きながら息を吐き出して、肩を落とした。


 ……俺から見ても、アミラはそういう賭け事や遊びには弱いように見えるし。

 口にしていた順に奪われてしまったのなら、恐らく引き際を考える思考力さえもなくしていたのだろう。

 結果として、自分では何も出来ず、泣くばかりの泣き虫妖精にされてしまったアミラは、ここで延々泣き続ける事になっていたのだ。


 まあ、何がともあれ元の調子に戻ってくれてよかった。


「良かったね、アミラお姉ちゃんっ」

「……」


 しかし俺がそう、素直に口にすれば……アミラは何故か、どこかキョトンとした様子で、俺の顔を見上げていた。

 不思議そうな、或いは奇妙なものを見ているような、そんな表情。


「……エルトリス」

「なぁに、アミラお姉ちゃん」

「どうしたんだ、その……いや、まあ、可愛いが」

「え――」


 ――そして。

 この世界に閉じ込められてからの生活で、すっかり慣れて――いや、恥ずかしくは有るけれど――しまっていたこの口調は、まだアミラやリリエル、それにクラリッサには聞かせた事が無かった事を、今になって思い出した。


「――っ、ち、ちがっ、ちがうのっ!えっとね、わたしね……っ!!」

「あ、ああ、別に変というわけじゃないんだ。可愛いし良いと思うぞ、エルトリス」

「違うんだってばぁっ!!ルシエラ(おかあさん)、何かいってよぅ……っ!!」

『ぷ……っ、くく、エルちゃんは可愛さに目覚めてしまったからのう♥』

「~~~~……っ!!!!」


 結局。

 その後、すっかり誤解しているアミラに必死になって、懸命に説明をしつつ。

 最終的に、ようやくからかうのを止めたルシエラの説明で、アミラは納得したのか。

 同じように、役柄に落とし込められた俺に同情してはくれたものの――


「――まあ、ほら、似合っているんだから良いじゃないか」

「うぅ……っ、バカ、そういう問題じゃないもん……」


 ――しばらくの間続いたアミラの善意のフォローに、俺は終始、顔を熱くしっぱなしだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うむ、エルちゃんかわいい。
[一言] かわいい口調のエルちゃんの可愛さに改めて気づかされた回
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