7.少女と賭博兎、そして簡単なゲーム③
――たぶん、勝っても負けても、これでおしまい。
それがわかってるからか、うさぎさんはおれを見つめながら、これが終わったら何をしようかな、なんてわざとらしく口にしていた。
「そうだねぇ、私専属のドジメイドなんてどうかな!可愛い兎の耳をつけてさ、しょっちゅう転んで場を和ませるのとか!」
……しんでも、おことわりだ。
かぁっと、顔があつくなるのをかんじながら、おれはうつむいてしまう。
そんなことになってしまったら、もうルシエラにも、アミラにも合わせる顔がないじゃないかっ。
あわててぷるぷると頭をふると、おれはうさぎさんをにらんで。
「――ねえ、それ、わたしにやらせて」
「ん?ああ、別に構わないよ。はいどうぞ、お馬鹿な村娘Aちゃん♥」
「……っ、ちが、違う、わたしはそんな名前じゃないっ!」
「あははっ、どうかな、どうかなぁ?頭も悪くて覚えも悪い、名前もないお嬢さんにはぴったりだと思うけど♥」
「~~~~……っ!!」
うさぎさんのことばに、おれは、何もいいかえせなかった。
顔は、たぶん真っ赤になってるんじゃないかってくらいに、あつくて、あつくて。
おれは、ちいさく声をもらすことしかできなくなりながらも、もらった紙をてのひらでいじっていく。
「ああ、ちなみに折り曲げたりしても良いけれど無駄だよ。そんな事をしても、直ぐに元通りだからね」
「うるさい、なぁ……わかってるよ」
「そうかい?それなら良かった♥」
すでに、うさぎさんはおれが何かをするつもりなのをわかってるんだろう。
でも、どうせたいした事は出来ないって、たかをくくってるみたいで。
おれはギリギリ、って歯をならしながら、手にしていたその紙を机のうえにひろげていった。
手もちいさいし、うでもみじかいから大変だったけれど、それでも何とか広げ終えれば――
「――ぷっ、あははははっ!何してるのさ、それじゃあ全部表じゃあないか♥」
――つくえの上の紙が、ぜんぶ、ぜんぶ絵が表になっちゃってるのを見れば、うさぎさんはほんとうに、ほんとうに可笑しそうに笑い出した。
いいさ、今だけ笑ってればいい。
「あなたが、言ったんだよ」
「何がだい?ああ、一応言っておくけれど、こうして裏側が全部同じ絵柄だからなんていうのもダメだよ、ちゃんと言ったでしょ、合わせるのはこの絵柄だって――」
「――うん、わかってる」
ああ、そういうかんがえかたも、あったんだ。
でもおれはそんな事、ぜんぜんかんがえても居なかった。
「来て、ルシエラ」
「……っ、と、これは……!?」
うさぎさんの目の前で、こんどこそルシエラを呼び出す。
おれのおおきな胸のあいだから、生えるみたいに出てきたルシエラは、すぐに人のかたちになって。
『――ぬ、どうしたエルちゃん。というかどこじゃここは、さっきからずっと探しておったのじゃぞ?』
「ごめんね、力をかして、くれる?」
『……おい、白兎。貴様エルトリスに何をした』
「――保護者登場ってわけかい?でも残念だったね、どんなに凄い保護者が居たって手遅れさ。遊びには――元より、この世界じゃ暴力なんて余程のことがなければ成立なんてしないんだよ♥」
おれが、色々とうばわれてしまった事にきづいたんだろう。
ルシエラは、だれかも判らない名前を口にしながら、ひどく怒ったような顔をしてうさぎさんをにらむ、けれど……うさぎさんはまるで気にしたようすもない。
じっさい、もしルシエラが手をあげたとしても何のいみも無いどころか、きっとルシエラが制裁をうけてしまうのだろう。
――でも、そうはならない。
おれが、ルシエラをよびだしたのは、そういう事じゃない、から。
「ルシエラ、手伝ってくれる?」
『ぬ……判った、私は何をすれば良いのじゃ、エルトリス』
「……あ、えっと、私でいいんだよね。うん、いままで食べたのを、ちょっとだけ机の上にだしてほしいな、って」
『――何』
おれの言葉に、ルシエラがビキ、と固まった。
何でかはわからないけれど、ルシエラはおれとつくえを何回も、何回もみて。
『……い、いや待てエルトリス、その、それはちょっと恥ずかしいというか』
「おねがい、ルシエラ。勝つため、だから」
『ぬ、ぐ……うぅぅ……そ、その、それじゃあせめて、目を閉じていておくれ。エルトリスに見られてしまうのは、かなわん』
ルシエラの言葉に、目を閉じる。
エルトリス、ということばの意味は、わからないけれど。
それでも、ルシエラならちゃんとやってくれる、って……そう、すごく安心できた。
「――え?ちょ、ちょっと待て、何をするつもりなんだい君は――っ!?」
『ええい黙っておれ白兎!可愛いエルトリスの頼みじゃ、聞かん訳にはいかんじゃろうが――っ!!』
そんな、いいあらそう声の後。
バシャバシャ、といきおいよく何かがこぼれ落ちる音が、そしてうさぎさんのひめいがへやになりひびく。
おれの体にもすこしかかったそれは、なまあたたかくて、どろりとしていて。
「ちょっと、ちょっとちょっと!!バカ娘Aちゃん、いくらなんだって嫌がらせが過ぎるよ!?」
「……いやがらせじゃないよ。ルシエラ、机の上の、全部ひっくり返して」
『うぐ……うぅ、エルトリスが私にひどい……つらいのう……』
目を開けば――つくえの上は、いちめん赤く、黒く染まっていた。
ルシエラが今までに食べてきた、まじゅうとか、どうぶつとか――にんげんとかの、血。
それをぶちまけられたつくえの上は、ぜんぶ、なにもかもが同じ色に、そまっていて。
「――あ」
うさぎさんは、きっときづいてしまったんだろう。
でも、もうおそい。
ルシエラが紙をぜんぶひっくり返したのをみてから、おれははじっこにある紙に手をのばして。
「それじゃあ、めくるね」
「……っ」
うさぎさんは、おれを止めようとするけれど――でも、すぐにそれをやめた。
そうすれば、きっと制裁を受けてしまうって……いちばん良く解ってるのは、きっとうさぎさんだから。
はじまってから、ずっと笑顔ばっかりだったその顔は、くちびるをかんだくやしそうな、そんな顔になっていて。
べちゃり、べちゃり、と紙をめくれば、そこにあるのはいちめんの赤黒い、血の色。
いろんな血がまざりあってできたその色は、紙にしっかりとこびりついていて。
「はい、これで、おしまい――っ!!」
それを、はじっこからどんどんひっくり返す。
うさぎさんが、言ったのだ。
絵をあわせる、それ以外のルールなんてそんざいしない、と。
まあ、たぶんおれとうさぎさんで順番にやるとか、そういうのはちゃんとあるんだろうけれど。
うさぎさんがさっきやったみたいに、絵を変えちゃうなんていうやり方もいいんなら、これだっていいはずだ。
ルシエラが出してくれた、血にまみれたすべての紙は、ぜんぶ、ぜんぶ同じ。
ぜんぶおなじ、赤黒いだけの、絵ともいえない一色に、そまっていて――……
「~~……っ、ああ、もう!判った判った、私の負け、負けだよ!!」
そうして、何枚も、何枚もひっくりかえせば。
うさぎさんはくしゃくしゃとかみの毛をかきながら、あきらめたようにイスによりかかった。
とたんに、うさぎさんのまわりにあった光が、おれの方へ――そして、部屋の外へと飛んでいく。
おれのあたまにも、光がいくつも、とびこんできて――
「……は、ぁ」
『だ、大丈夫かの、エルトリス……?』
「うん、ありがとうルシエラ。もう大丈夫だよ」
『……良かった、安心したぞ』
光が頭に飛び込んでくれば、ルシエラは心配そうに俺の事を見つめていて。
俺は、それに笑顔で返せば――ルシエラは心底安心したかのように、ぎゅううっ、と。
強く、強く俺を抱きしめて、くれた。
胸元に顔を埋めさせられるけれど……うん、今回俺がしてしまった事を、させてしまった事を考えれば、これくらいは良いだろう。
……しかし、空恐ろしい相手だった。
賭博兎がもしも、最後まで種明かしをしなかったなら――或いは、俺が子供だと思っていなかったのなら、きっと勝敗は逆転していただろう。
「あーあ、久々に負けちゃったなぁ。いや、凄いねお嬢ちゃん、本当に」
「……賭博兎こそ。うん、もう二度と相手してあげないけど」
勝てたのは、相手の油断に他ならない。
もう二度とするつもりはないけれど、賭博兎のその強かさというか――戦いにはまるで役に立たないであろうその強さだけは、認めよう。
ルシエラは相変わらず殺意を込めた瞳で賭博兎を睨んでいたけれど、まあ殺せないんだからどうしようもない。
賭博兎もそれを理解しているからか、ため息を漏らし、赤黒く染まった机を見つつも逃げるような真似はせず。
「それにしても。血でカードを染める、かぁ……血が消されちゃうとは思わなかったの?」
「……その時は、その時だもの」
赤黒く染まった絵札を手にしながら、ぼやく賭博兎にそう答える。
……実際は、そんな事考えもしてなかったのだけれど。
まあ、ちょっとくらい格好をつけさせてほしい。
俺の答えに、賭博兎は諦めたような笑みを浮かべながら。
最初に、遊戯を始める前にそうしたように――瞬く間に、テーブルの上には茶菓子とお茶が戻り――しかし赤黒く染まっているのだけは、血に染まっている部分だけは、戻らず。
「部屋のモノやお客さん以外をどうにかする事は出来ないからねぇ、私。うーん、残念残念!お嬢さんを――ううん、エルトリスちゃんを私の物にしたかったなぁ!」
『ふざけるなよ白兎、殺すぞ』
「あはは、怖い怖い」
おれは、心底残念そうにそう口にする賭博兎に――そして、今の逆回しのような、アリスのそれと少し似ているその力が限定的にしか振るわれなかった事に、少しだけ安堵した。
ルシエラは殺意をぶつける事しか出来ないのをもどかしそうにしつつ、賭博兎はそんなルシエラをからかうように言葉を紡いで。
「それじゃあ、今度はお姉さんが私と遊ぶかい?」
『ふん、舐めるなよ白兎が――もがっ』
「遊ばない、遊ばないよ。私達は、もう帰るんだから」
「ふふっ、それは残念♥」
――危うく、今度はルシエラが犠牲になりそうだった所を既の所で止めれば。
賭博兎はくすくすと楽しげに笑みを浮かべながら、ぱちん、と指を鳴らした。
それと同時に、ふわりふわりと俺とルシエラの体が浮かび、部屋の天井に空いていた穴へと吸い込まれて――……
「また遊びにおいで♥エルトリスちゃん達ならいつでも歓迎さ!」
「……ぜーったい、来ないから」
賭博兎の屈託のない笑みに、はっきりとそう返しながら。
俺達はそのまま真っ暗闇の穴の中に、今度は頭から落ちるように浮かんでいった。




