6.少女と賭博兎、そして簡単なゲーム②
「はいざんね~ん♥惜しかったねえ、お嬢さん」
「~~……っ!!」
朧げな記憶を頼りに絵札を捲り、違う絵柄であるのを見れば、賭博兎は俺を慰めるように、からかうように言葉を口にする。
既に、手番は何巡したんだろうか。
記憶力を削り取られて、はっきりとは思い出せないけれど――ああ、でもそれでも、既に最初の時よりも遥かに長い時間がかかっているのは、よく分かる。
朧げな記憶を手繰るように、俺は自分の手番に時間を掛けた。
一巡前の事までははっきりと分かるのだけが唯一の救いと言ってもいいだろう、俺は辛うじて賭博兎の手にしている絵札に追い縋るように、絵札を合わせていく。
一方で、賭博兎はと言えば……そんな俺を眺めながら、豊かな胸元を机に載せるようにしつつ肘を付いて、ニタニタと笑みを浮かべるばかり。
恐らく、俺が何を捲ったのかを見てすらいないのだろう。
罠にかかった小動物を弄ぶような、そんな悪趣味な視線を俺に向けたまま、手番が回ってくれば先程のように絵札を捲り、合わせ、机の上の絵札の数を減らしていく。
――落ち着け、落ち着け、落ち着け。
大丈夫だ、まだ負けてはいない……記憶力を削られた、とは言ってもまだ覚えていられる事もある。
そう、一巡前の絵札が覚えられるのだから、確実に絵札は手に収める事が出来る、そんな手番は決して少なくはない。
互いに取得した絵札は然程変わらず、賭博兎の方は完全に油断しきっているのだから、まだ勝ちの目は十分にある筈だ。
そうやって自分を落ち着かせるようにしながら、回ってきた自分の手番。
幸いというべきだろう、賭博兎が開きそこねた絵札は先程俺の手番で開いたモノと同じ絵柄で。
また1組、俺は絵札を合わせれば――
「――え?」
――あわ、せれば。
そう、合わせることさえ出来たなら、少しではあるが、賭博兎をリードする事が出来る筈、だった。
開いた絵札の絵柄は、記憶とはまるで違う絵柄。
当然のごとく、絵柄が合う筈も無く――いや、待ておかしい、そんな訳が――……!!
「ふふ、それじゃあ私の番だね。いやー惜しい、隣なんだよねそれ」
「え、えっ、嘘、そんな――」
賭博兎の手番となり、俺が捲った絵札の隣を捲れば、そこには俺が記憶していたはずの絵札があった。
愕然とする。
まさか、一巡前なら覚えていられるって……その考え自体が、間違っていた、のか?
ただ、俺がそう思い込んでいたというだけで――
「おや、また当たっちゃった。悪いねお嬢さん、私の勝ちみたいだ」
「何で、だってまだ机には絵札が――!!」
「枚数を数えてご覧。もう、どうやっても私には追いつけないだろう?」
賭博兎の言葉に慌てて食って掛かるが、気づけば机の上の絵札の枚数は、残り少なく。
俺と賭博兎の合わせた絵札の差を見れば――成程確かに、既に追いつける枚数では無くなっていた。
歯ぎしりをする俺を見ながら、賭博兎はにんまりと笑みを浮かべつつ、俺の手元にあった絵札を持っていく。
机の上にあった絵札も合わせて手元で混ぜ合わせるように弄りつつ、賭博兎は言葉を続けて。
「――いやしかし、記憶力を奪ってまだ諦めないなんて。ふふ、凄い凄い、お嬢さんは結構見た目より大人びてるのかな?」
――その言葉に、嫌な悪寒を覚えた。
背筋に氷柱でも突き刺されたかのような、強烈な寒気。
そんな俺の様子を見れば、賭博兎は酷く愉しそうな、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「次は、その知力を貰っちゃうね。外見相応、ちゃんと可愛らしくなるように残してあげるから安心していいよ♪」
「あ――や、やだ、待って――っ」
ふわり、と俺の頭から光が抜けて、賭博兎が持っていたカンテラに向かって飛んでいく。
そうして、うさぎさんがもっていた……えっと、なんだったか、あれは。
とにかく、なにかに入れば、ぽわぁ、とひかって。
「それで、どうする?まだ続けるかい、お嬢さん」
「……っ、当たり前でしょ!アミラお姉ちゃんの大事なの、返してもらうんだから……!!」
あたりまえの事を聞かれれば、おれは、机をかるく叩きながら。
そんなおれをみて、うさぎさんはくすくす、と……何がおかしいのか、わらって、わらって。
そして、また、机の上に、えがかかれた紙を、いっぱい、いっぱいばらまいた。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
だって、おれは負けない……まけない、まけちゃいけないんだから。
アミラがとられちゃった、マロウトをとりもどしてここから出るんだから……っ!
「ほら、君の番だよお嬢さん」
「え、あっ」
――そんな事をかんがえてる内に、おれの番がまわってくる。
うそ、どうしよう、なにもおぼえてない。
あたまの中がいっぱいで、うさぎさんがなにをしてたかなんて、ぜんぜん見てなかった……!!
「……う、うぅ……っ!」
もうこうなったら、とにかくめくって見るしかない。
おねがい、おねがいだから、どうか――どうか、当たって――っ!!
「残念、ハズレだね」
「う、うぅ……っ」
でも、あたらない。
あたるわけがない、こんなにいっぱいある中から、ぐうぜん当たるなんてめったに――
――めった、に?
「おっと、ラッキー♥また当たったみたいだ」
「……」
ぼんやりとした記憶を、ひっしになっておもいだす。
そうだ、よく考えたらおかしい。
うさぎさんは、今までなんかい、そのぐうぜんを当ててきた?
それも、だいたいおれとの数を、あわせるみたいに――
「っと、流石に何度も続かないか、残念。それじゃあ、次はお嬢さんの――」
「――っ、賭博兎、あなたイカサマしてるのね?」
――それがわかった瞬間。
おれは、めのまえのうさぎさんを見つめるようにしながら、はっきりとそう口にした。
うさぎさんは、どうやらバレるとも思っていなかったのか、その赤い目をみひらきながら、ほんとうにおどろいたように、していて。
「……へぇ。驚いた、記憶力も知性も外見相応まで落ちてる筈なのに、判ったんだ?」
そして、悪びれもせずに、そう口にすれば。
それでも笑みを崩すことさえ無く、その大きな胸を、机の上にのせて。
「イカサマなんて、反則だよ!わたしから奪ったのも、アミラお姉ちゃんから奪ったのも、全部返して!!」
「んー……ふふ、でもお嬢ちゃんはちょーっと勘違いしてるなぁ。思い出してごらん?奪う前の事だから、きっと思い出せるハズさ」
「え……?」
おもい、だす。
一体、なんの事を?
ここに落ちてきた時の事?
あの、ふしぎなできごとの、事?
ちがう、きっとそうじゃあない。うさぎさんが言ってるのは、きっと、もっと……もっと、きづいたらダメな、事。
「私は、このゲームのルールは絵柄を合わせることだけと言ったよね。だから、別にイカサマだってルール違反じゃあないのさ、だって――」
「え……ちょ、何するの……っ、やめ……!!」
うさぎさんは、はじめてイスから立ち上がれば、そのままおれのとなりに立って……おれの手をとれば、かってに紙を、めくっていく。
とうぜん、書いてある絵が合うわけもなくて……それを見てから、うさぎさんはゆうゆうと、元いたばしょに、もどっていった。
「――お嬢さんが捲った。だから、次は私の手番。はい」
「……な」
――そして、うさぎさんが手をパチン、とかるく叩き合わせたしゅんかん、すべての紙が、うらがえった。
そこに描かれているのは、ぜんぶ、ぜんぶおなじ絵。
おれを、わらうような……バカにするような、うさぎさんの、笑顔。
「ほら、私の勝ち。ふふっ、ふふっ、あははははは――っ!!」
「こんな、こんなのズルだよ!こんなので勝ったなんて、おかしい――!!」
「言ったでしょ、私は初めにちゃんとルールを口にしたよ?絵札の絵柄を合わせる以外のルールは存在しない。反則だって無い……だからほら、アリスだって来ないでしょ?」
どうかんがえたって、うさぎさんの言ってる事は、かんぜんなヘリクツだ。
そんなのが通ってしまえば、そもそもゲームなんて、あそびなんて成り立たない。
――でも、アリスはこない。
それが、はっきりと……うさぎさんの言っていることこそ、ここでは正しいんだって、つげていた。
同時に、わかった。
これはあそびじゃあなかったんだ。
知らないものを狩る、そんなたたかい――それをおれは、ずっとあそびだと考えていた、だけで。
なんとも、バカらしい。
それなら、いくらだってやりようがあったのに――!
「さてと、それじゃあ……ああ、そうだ。お嬢さん、あなたのお名前は?」
「……っ、だれが、あなたなんかに……!!」
「そう、口にする最後の機会だったんだけど。それじゃあ、お嬢さんの名前を貰うね」
「――え?」
――なま、え?
おれの名前を、うばう……そう、口にした、のか?
「……っ、あ……あっ、あっ、やだっ、止めて――いかないでっ!!」
あたまから、また、光がふわふわと抜けていく。
おれのエルトリス、という名前をが、ふわふわと飛んで、抜けていく。
いやだ、忘れるものか――おれは、おれはエルトリスだ。
おれはエルトリス、エルトリス、エルトリス――ッ!!!
「はーい、お名前頂戴っと。ふふふっ、今日からお嬢さんは可愛い村人Aかな?」
「……あ……あ、あ……っ」
――おれの名前が、おもい、だせない。
わからない……ううん、まるで、最初からなまえなんて、なかった、みたいにさえ思えて、しまう。
それこそ、うさぎさんの口にしたのが名前なんじゃないかって、思えてしまう、くらいに。
「ふふっ、ふふふふっ、あははははっ!いやぁ、本当に楽しいなぁ!自信満々で挑んできた相手から、その自信を巻き上げてなーんも出来ない子にしちゃうのはさ!」
「……っ、まだ……まだ、負けてない!!」
「あれぇ?まだやる気なんだ、それは良いけど――君の武器はあらかた取り上げちゃったからねぇ。弱いものイジメはだ~いすきだけど、良いのかい?」
うさぎさんは、そう言いながらもニンマリと笑みをうかべて、おれからうばったものと――そして、アミラお姉ちゃんの大事なもの、それのまわりにあるものを、ずらりと自分のまわりに並べてみせる。
……だいじょうぶ、わかってる。
このくらいのピンチ、子供だったころに、何回も、何回もけいけんしてきたんだから。
「わたしが、勝ったら――アミラお姉ちゃんの全部と、わたしの全部を、返して!!」
「……ぷっ。あはっ、あっはははははは!!」
できるかぎり、無茶をいう。
うさぎさんからすれば、おれはもうなんにもできない子供でしかない、そのはずだ。
だから、うさぎさんはお腹をかかえながら、笑って、笑って――
「いいよ、村人Aちゃん♥ううん、もっと別の名前を刷り込んじゃおうかなぁ?あははっ、じゃあ私が勝ったら女の子Aの全てを貰うとするよ。心も、身体も、権利も――あの子から奪った全てと合わせたら、それくらいは成立するからねぇ!」
――かかった。
約束は、むすばれた。
もう、約束をやぶることはできない。うさぎさんだって出来ないし、もちろんおれだって、出来やしない。
負ければ、ぜんぶをうしなう――ううん、あるいはもっとひどい事になる、のかも。
でも、ほんとうにただの、絵をあわせるあそびだったなら、もうどうしようもなかったけれど。
だって、そうじゃないとうさぎさんが教えてくれたのだから――それさえも、ちょっとうろ覚えだけれど、きっとだいじょうぶ。
うまく行けば生きて、しっぱいしたら死ぬ、子供のころからずっとやってきたこと、ただそれだけなんだから、こわがる事なんて、ないんだから。
さあ、それじゃあ――この悪い悪い悪役をたおして、全部、全部うばいかえすとしよう。




