4.魔弓の行方
大声で泣くアミラが泣き止むまで、どれほどかかるのか。
俺はアミラの相手をルシエラに任せて、周囲の妖精達から話を聞くことにした。
幸いというべきか、役割からか。
妖精たちは誰も彼もが俺に友好的で、色んな話を聞かせてくれた。
この妖精の住処では、先程俺達を案内してくれた妖精がリーダーだ、とか。
花の蜜が美味しいよ、だとか。
妖精たちは眠る必要がないから、眠ること無く四六時中遊んでるんだよ、とか。
「……ええっと、あの。アミラおねえちゃんについて、聞きたいんだけど」
「アミラ?」
「ええっと、誰だっけ……」
「んと、あの子。さっきから泣いてる妖精さん」
……そして、妖精たちには名前というものに対して特に頓着がないのか。
アミラ、という名前を口にしても首をかしげるばかりだったけれど、アミラのことを指差せば、ああ、と声を漏らしながら小さく頷いて。
「あの子、ここに来てからずーーーーーーっと泣いてるんだよね」
「お友達が居なくなっちゃって、寂しいみたい」
「ボク達と一緒にあそぼーって言っても、さびしくて、かなしくて、泣くのがやめられないんだって」
「……ううん」
妖精たちが口にしたその情報は、既に俺達が知っているものだった。
友達――魔弓であるマロウトの喪失。
初めてであった時から、ずっと――まあ、浴場に行く時は流石に外していたが――肌見放さずに持ち歩いていた、アミラにとって大切なモノ。
それを失ってしまったアミラは、小さな小さな妖精の姿にされて……ただ、ただ泣き続けるようになってしまった。
「私達妖精はねー、とっても感情がつよいから」
「そうそう、楽しければずーっと楽しいんだけど」
「一回悲しくなっちゃうと、ずーっと悲しくなっちゃうの」
妖精たちは心配そうにアミラの事を見つめながらそう呟くと、慰めに行くのだろう。
ルシエラがオロオロしながら相手にしていたアミラの元に、花の蜜やら良く判らない玩具やらを手にして、集まっていった。
……一回悲しくなると、ずっと悲しく。
それはまるで呪いのようだ、なんて考えながらも、俺は口元に指を当てれば少し考える。
少なくとも、今のアミラをここから連れ出すのは良くはないだろう。
あの小さな身体だから無理ではないが、泣いている原因を解決して――少なくとも、精神的には元の状態にしてからじゃなければ、連れて行った所で意味がない。
何より、アミラの強さの要であるマロウトを失ったままにするのは、アミラ自身にとっても良くないだろう。
俺だって、ルシエラを失ったまま旅をするなんて考えるだけでも背筋が凍るし。
――となれば、やることは決まっている。
「……ねえ、妖精さん」
「なぁに、おじょうさんっ」
「アミラ――ええと、あの泣き虫な子はどこで見つけたの?」
幸い、この世界においては俺が単独で――ルシエラを伴わずに行動しても問題はない。
何せ争い事……相手に害を為そうとすれば、それだけで小さな執行人が現れるのだ。
それを皆、重々に理解しているから有る種この世界はどこよりも安全で。
俺の言葉に妖精は少し考えるように首をひねりつつも、周りの妖精にアミラがどこで見つかったのかを周囲の妖精に尋ねていく。
そうして少しの後、アミラをここにつれてきた妖精が俺の前に現れれば、妖精の住処から程なく離れた――花畑の中にある若木の方を指差した。
「えっとね、あの木の根本で眠ってたの」
「花畑の中で?」
「うん。あの木のお陰で、あの子をかんたんに見つけられたの!」
妖精の言葉に、ふむ、と小さく声を漏らしつつ。
まだ泣き止む事無く――いや、恐らくこのままだといつまでも泣き止むことが無いであろうアミラに、そしてそんなアミラに戸惑うルシエラに視線を向けて。
「わたしも一緒にいこうかー?」
「……ううん、わたし一人でも、大丈夫っ」
自分に軽くそう言い聞かせながら、俺は妖精の案内を断りつつ、花畑の中にある一本の若木の方へと歩き始めた。
幸い、周囲には若木以外には花畑しか無いのだから迷うこともないだろう。
そう考えて、俺は一人妖精の住処から出れば、花畑の中を一歩、一歩進んでいき。
そして、少しだけ一人で来たことを後悔した。
「わ、ぷ……っ、もうっ」
――花畑の花は、俺の顔より僅かに下か、或いは同じくらいの高さがあって。
顔にかかったり、服にひっかかったりする花に、俺の小さな身体はどうしても邪魔されてしまう。
払っても払っても、顔に、服に当たる花からは甘い香りがして、少し頭がくらっとしてしまうけれど。
……だからといって、ルシエラを呼んでこの花畑を丸坊主にしようものなら、アリスからどんな制裁が来るか解ったものじゃあない。
妖精達なら、それこそこんな花畑など無視して飛んでいけるのだろうけれど、あの小さな身体じゃあ俺を運ぶなんて芸当も無理だろうし。
俺は小さく溜息を漏らしつつも、背伸びをすれば、ようやく若木まで後半分、と言った所まで来たのが解って安堵する。
……まあ、若木の元にたどり着けたとしても手がかりも何もない、そんな可能性が無い訳じゃあないけれど。
何もしないよりはずっとマシな筈だ、と。そう自分に言い聞かせながら、花畑の中を進んで、進んで――
「――へっ?」
――不意に。
花畑の地面を踏んでいたはずの俺の足が、空を切った。
「きゃ――あ、ああぁぁっ!?」
落ちる、落ちる、落ちる。
一体どこにそんな穴が空いていたのか判らないけれど、俺の身体を軽く飲み込む程に大きな穴は、深く、深く。
「ちょ……っ、いったい、どこまで――」
もう既に、どれだけの距離を落ちたのだろう?
1分か、それとももっと長くか。
真っ暗な穴の中を落ち続けたかと思えば、唐突に視界が光りに包まれて――
「――おや、今度は随分と可愛らしいお客さんだ」
「……っ、え……えっ?」
――視界がひらけた瞬間。
俺は、着地の感触を覚える事さえ無く、椅子の上に腰掛けていた。
目の前には机の上に……俺の目の前に置かれている、湯気を立てている暖かなお茶に、茶菓子があって。
そして、俺と机を挟んだ向かい側には、白尽くめの女が楽しげな笑顔を浮かべて、俺と同じように腰掛けていた。
長い落とし穴の底にあるとは思えない応接間のようなその空間に、頭が警鐘を鳴らす。
今の落とし穴の主は、紛れもなく目の前の白尽くめの女だ。
頭からは長く、少し垂れた動物のような耳を伸ばし、その豊満な身体を白い――恐らくは男性用の物を改造したのだろう、礼服のようなモノで包んだその姿は、とても胡散臭く。
「この間は威勢のいい妖精さんが迷い込んだけれど、今度は可愛らしいお嬢さんか。ふふ、千客万来で嬉しいね」
まるで宝石のように綺麗な赤い瞳を細めながら、白尽くめの女がそう呟いたのを見れば、俺は思わず身構えた。
威勢のいい妖精、その言葉は今のアミラとはかけ離れているけれど……この女こそ、アミラからマロウトを奪った存在だと確信する。
椅子から机の上に上がり、敵意を見せた俺を見れば、白尽くめの女はくすくすと笑みを零し――
「来て、ルシエラ――!!」
「――まあ、落ち着きなよ。そんな物騒な顔しないでさ、一緒に遊ぼう?」
「……あ、れ?」
――白尽くめの女が総口にした瞬間。
机の上で、ルシエラを呼び出そうとしていたはずの俺の身体は、椅子の上で大人しく座らされていた。
机の上に上がった時に倒れたカップも、溢れたお茶も、乱れた菓子も。
全て無かったかのように、もとに戻っていて。
「それに、ほら――暴力なんて、きっとアリスは許さないでしょ?」
「……お姉さん、今何をしたの」
「ふふっ、教えてあげない。だって私はこの永遠のお茶会の数少ない悪役だもの♥」
そして、白尽くめの女の口から出たその言葉に、ぞくりと背筋が冷えた。
悪役。今、この女はそう口にしたのか?
他者を害しようとすれば、小さな執行人が制裁するようなこの世界において、悪役だと。
体をこわばらせた俺に、白尽くめの女はにっこりと笑みを浮かべながら、その豊満な胸元を腕で軽く抱えるようにして、酷く友好的な――それでいて嗜虐的な笑みを浮かべた。
「――改めて、初めまして。私は賭博兎……くすっ、勿論お姉さんでも、お姉ちゃんでも構わないわ♥」
「……っ」
名乗りを上げながら、白尽くめの――賭博兎は、どこから取り出したのか。
様々な絵柄が書かれた絵札を手元でパラパラと、音を立てて弄び始める。
「それじゃあ私と一杯遊びましょう、可愛らしいお嬢さん♥色んなものを賭けて……ね?」
――かかった俺をどう弄ぼうか。
逃がすつもりはないと言外に示しながら、賭博兎はくすくすと、楽しげに嘲笑っていた。




