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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第五章 少女の不思議の国
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2.不思議な世界の決まりごと

 ルシエラと共に、家を出る。

 すっかり慣れ親しんでしまった小屋では有ったが、それでも出る時に少し寂しくなってしまったのは、恐らくはこの世界のせいだろう。


 永遠のお茶会マッドティーパーティー

 今まで俺達が居たこの小屋、周囲に有る花園、近くにある小さな町――その果てに見える光景まで、全て。

 何もかもがアリスの能力である永遠のお茶会の一部であり、この世界は大雑把ではあるものの完全にアリスの支配下にあった。


「それじゃあ行きましょ、ルシエラ(おかあさん)

『うむ、そうだの。行くとするか』


 口から出てしまう、意識しても矯正さえできない言葉遣いも、その一部。

 ……いや、これに関しては制裁(ペナルティ)と言うべきか。

 この世界は酷く穏やかで、平和で、争い事さえない空間では有ったけれど、それは全て制裁による所が大きい。


 自分自身の言葉に軽く辟易しつつ、ルシエラを手を繋いで歩く。

 歩く度にたゆん、たゆん、と重たく揺れる胸が鬱陶しくて仕方ないけれど……それを、抑えるように歩く事さえ出来ない。

 楽しげに、楽しげに。

 明るく、子供らしく歩くこと。

 それが俺の役割(ロール)に相応しい行動だと、この世界は強制してくるのだ。


 最初はそれに抵抗する事もできたが、一度の制裁を受けた後は抵抗さえも出来なくなってしまった。

 何をしても、どう動こうとしても、どうしても俺はそう動くことをやめられない。

 ……これ以上制裁を課されたなら、多分この意識さえも自由ではなくなるのだろう。


 既の所でそれが理解できて、本当に良かった。

 止めてくれたルシエラに感謝しつつ、俺は最悪の事態を想像して冷たくなった背中を震わせつつ、鼻歌を口ずさんで――


「あれ、どうしたんだろう?」

『む……ああ、多分来たばかりの奴だの』


 目的地に向かう最中。

 少し離れた場所で聞こえた喧騒に、首を撚る。


 ルシエラの言葉にああ、と小さく声を漏らしつつ、様子でも見てみるか、とルシエラに視線を向けて――


「――ルシエラ(おかあさん)、抱っこ!」

『ふ……ふふっ、ああ、勿論じゃ』


 ――当然のように口からこぼれだしたその言葉に、俺は顔を熱く、熱くしながら。

 両手を伸ばして催促する俺の動きに、ルシエラは少し可笑しそうに笑えば、そのままひょい、と俺のことを抱き上げてくれた。


 100と少ししかない背丈では見えなくとも、ルシエラと同じ視点になれば、成程よく見える。

 喧騒だけではよく判らなかったが、どうやらここに来たばかりの連中が何やら揉めているらしい。


「――だから、アリスを襲うなんてのは反対だったんだ!」

「ふざけんな、テメェこそ乗り気だったじゃねぇか!!」

「いい加減にしろ!ここから出るのが先決だろう――!!」


 ――アリスを襲う、なんて発想が出ている辺り、多分魔族なんだろうか。

 口にしているのが大きな芋虫に飛蝗(バッタ)、それに大柄な犬だからあまり迫力はないけれど、恐らくは3人でアリスに襲いかかったんだろう。


 結果は、まあ見ての通りなんだろうが。

 あのアリスに襲いかかったというその無謀さや気概だけは、ちょっぴり評価したい。


「……おい、そこの女!」


 そんな事を考えていると、大きな飛蝗が俺の方――ルシエラの方に飛んできた。

 キチキチと音を鳴らすその様は結構グロテスクだが、まあそれは置いておくとして。


「死にたくなかったらこの辺りを案内しろ!そうすれば殺さずにおいてやる!!」

「……ええっと、おじちゃん」


 多分、いや、当然俺達のことはその辺りにいる普通の人間にでも見えているんだろう。

 音を鳴らしながら威嚇して、殺意と敵意をむき出しにするその様は、実際断ったなら直様俺に襲いかかるつもりなのが理解できた。


「その……やめたほうが、良いと思うよ?」

「あぁ……?」

「ここで、そういうのは、ね?」


 ……仮に襲いかかられたのだとしても、返り討ちに出来る程度の魔族なのは見て取れたが。

 コイツらの今の行為は、その全てがこの世界の決まりごとに抵触する事ばかりだし、出来る事なら関わり合いになりたくはない。


「――もう良い、死ねやクソガキ」


 だから、事を穏便に――出来ればこの魔族もひどいことに済む方向で済ませようと思ったのだけれど。

 どうやらその思いは伝わらなかったらしい。

 飛蝗はそのギザギザとした腕の先を振り上げれば、俺ごとルシエラを八つ裂きにして食い殺そうと、襲いかかり――








「――ダメだよー?そういうのは禁止っ」

「え」


 ――その腕は、酷く優しい声色とともに、小さな手のひらで軽く受け止められた。

 瞬きさえも無い瞬間に、俺と飛蝗の間に顕現したのは、小さな小さな――手のひらサイズの執行人(アリス)


 それを見た瞬間、表情が良く判らない飛蝗は声を軽く引きつらせる。

 何故、どうして――そういった沢山の疑問が頭に浮かんだのだろう、僅かに固まった後。


「――あ、アリスだ!お前らも手伝え、殺せ――!!」


 たった今俺にそうしようとしたように、飛蝗は声を荒げながら仲間にそう呼びかけた。

 芋虫も、犬も、その言葉に即座に反応して小さなアリスに向けて攻撃する。

 恐らくは溶解液かなにかであろう液体を浴びせかけ、犬はその牙を以て食らいつこうとし、飛蝗はその両腕で小さな執行人に襲いかかり――それは、きっとアリスとやりあった時の恐怖があったからこそ、なのだろうけれど。


「もー、ここではそういうのは禁止って言ったでしょ?ほら、ダーメっ」

「――え」

「あ」

「ひっ」


 ――それが、事ここにおいては最もしてはならない愚行である事に気づいたのか。

 三人の魔族は、それぞれ引きつったような声で悲鳴をあげた。


 溶解液が、まるで逆回しのように芋虫の方へと返っていく。

 犬の牙は、何も噛み砕けないような乳歯に変わる。

 飛蝗の両腕は、その先端がまるで人間の子供のような柔らかなものに、変わって――


「ちゃーんと、仲良く遊ぶのよ?」

「あ……あっ、あっ、あ」

「ま、待て、やめ」

「何だこれ、なん――」


 溶解液であろうものを浴びた芋虫魔族は、その身体をドロドロに溶かしたかと思えば、小さな――手のひらサイズの執行人よりも少し小さな、愛らしい妖精に。

 大きな体躯の犬魔族は、しゅるしゅると縮んでいったかと思えば、俺の腰程もないような可愛らしい子犬に。

 そして、飛蝗魔族は手の先からその虫のような身体を人そのものの姿に変えられて――俺よりは背丈はあれど、あどけない顔をした少年へと、変貌した。


 三人は直前まであげていた悲鳴も忘れて、きょとんとした顔をし。


「うんうん、皆仲良くねっ」

「はーい♥」

「わんっ」

「うんっ!」


 それぞれ、元気に執行人に返事をすれば。

 小さな執行人はそれに満足気にうんうんと頷いて――三人は、自分が何だったのかも忘れて町の通りへと駆けていった。

 いや、恐らくは忘れては居ないのだろう。

 俺がそういう風に振る舞ってしまうのと同じで、内面では正気のままなのかもしれない。


 ――正気のまま、ただその与えられた役割に全てを強制されている、というだけで。


「……っ」

『大丈夫じゃ、エルトリス。私達は何もしておらんからの』


 心底恐ろしい、悍ましい三人の末路に俺は無意識の内にルシエラの身体に縋り付いてしまっていた。

 これは、与えられた役割のせいなのか、それとも本心からなのかは分からないけれど――


「――あ、そうだっ。エルちゃん、こんにちは♥」

「え、あ……こ、こんにちはっ」


 ――その、恐怖をもたらした執行人が笑顔で話しかけてくれば、俺もルシエラも身構える。

 返事をしつつも、もし何かが有れば無駄だとは知りつつも、全力でこの場から逃れられるように、俺はルシエラの手をしっかりと握って。


「この間のお茶会は楽しかったわ♥また、一杯遊びましょうねっ」

「う、んっ。また遊ぼうね、アリスちゃん」


 執行人は、ただそれだけを口にすれば、笑顔で俺達に手を振って、まるで煙のように姿を消した。

 執行人はが手を下すのは、制裁を与えるのは、飽くまでも表立って騒ぎを起こした連中にだけ。

 それ以外の――特にどんな会話をするかとか、何を書き記すだとか言ったことに対しては、何ら手を下すことはないという事は解っていたのだけれど、それでも面と向かうと恐ろしい。

 辛うじて言葉は返したものの――執行人が姿を消せば、俺もルシエラも、強張りきった身体から力を抜いて、息を漏らし。


『……肝が、冷えるのう』

「とにかく、皆を探してここから出る方法を探さなきゃ、ね」


 冷や汗まみれの互いの手に、互いに苦笑しつつ。

 ルシエラの腕から降ろされれば、再び目的地へと向かって歩き出す。


 目的地は、一番近い場所に居るらしい『泣き虫妖精』のいる場所。

 俺は、ルシエラと手を繋ぎながら……先程よりも、ちょっと身体を寄せるようにして彼女の所へと向かっていった。


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