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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第四章 霊峰に眠る魔刀
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28.少女、老人と語らう

 ――目を、覚ます。

 外はまだ暗く、街の明かりも疎らな深夜。

 まだ少しのぼせたのが残っているのか、頭がクラっとしたものの、どうにも眠気が醒めてしまった俺は、ルシエラやリリエル達を起こさないように静かに部屋を出た。


 人の多かった部屋の中とは違い、廊下はひんやりとしていてまだほのかに火照る身体に心地良い。

 少しだけ、夜の散歩でもしようと俺は小さく欠伸をしながら宿を出た。


 外に、人の姿はなく。

 以前のように早朝という訳でもないからか、オルカ達の気配も無い。


「……偶にはこういうのも良いもんだ」


 すっかり一人でいる時間が減った事もあって、久方ぶりの一人での散歩は少し心地よかった。

 通りを歩く人影は一つもなく、時折吹く夜風は肌寒くはあったものの、今の俺にはちょうど良くて。


「――ん?」


 そうして、暫く歩いていると。

 ふと、建物の屋根の上に小さな影がある事に気がついた。

 はじめは小動物か何かとも思いはしたが、それにしては大きいし、何よりやっている行動が不可解だ。


 まるで何かを見ながら、何かを呑んでいるようなその小さな影に、俺は少し呆れたように息を吐き出しながら、とん、とん、と軽く壁を蹴って屋根の上に上がる。

 小さな影は、ぼんやりと空を眺めながら呑む事に夢中になっているのか、俺に気付く様子もなく。


「何してんだ、爺」

「む、お前さんこそ何をしておる。子供は寝る時間じゃろうに」


 ――俺がため息まじりに声をかければ、ようやくアルカンは俺の方に視線を向けた。

 手には小さな盃が握られており、隣には多分酒がなみなみと入っているのだろう、少しいびつな形の瓶が置いてあって。


 アルカンは仄かにその皺が深く刻まれた顔を酔いに染めながら、カカ、と軽く喉を鳴らせば、俺を軽く手招いた。

 夜の散歩をもう少し楽しみたい気持ちもあったが、断ることもないか、と俺はその誘いに乗って、隣に腰掛ける。


「……ったく。この建物に何かあるのか?」

「いや?見ず知らずの他人の家じゃよ、ここは」


 しれっとそんな言葉を口にしながら、アルカンは盃に注がれている酒を口にした。

 ……俺が言えることではないけれど、この爺も大概破天荒だと思う。


 それじゃあ一体何が楽しくてこんな所に居るのか、と問おうとすると、アルカンは酒を口にしたまま――何もないはずの空を、見上げていた。


「何見てんだ?」

「なぁに、今宵は良く見えるからの」

「良くって――」


 アルカンの言葉に首をかしげながら、視線の先を追う。


 ――そこには、当然何も無い。

 何かがいる訳でも、何かがある訳でも無い。


「――ぁ」

「カカ、偶には見上げてみるのも良いもんじゃろう」


 そこにあるのは、雲一つ無い夜空に広がる無数の明かりと、大きな星。

 普段は気にすることもなく、興味を示すことさえ無かったそれは、屋根の上から――他に邪魔するものが何もない場所からみれば、余りにも大きくて、煌めいて見えた。


 見上げていると、不意に身体の上下が判らなくなるような感覚を覚え、慌てて身体を支え直す。

 そんな俺を見ながら、アルカンは愉しげに笑いながら、くぴ、と酒を口にして。


「こんなに綺麗な星空が見えるのは、少し珍しいからの」

「……まあ、確かに綺麗、か」


 アルカンの言葉に、俺はつい同意してしまった。

 暗闇に宝石を散りばめたようなそれは、綺麗という以外に形容のしようがなく。


「爺、俺にも酒くれよ」

「あん?お嬢ちゃんにはまだまだ早いじゃろ」

「良いから」


 俺の言葉に渋るアルカンにそう言って頼めば、アルカンも渋々ながらに俺に盃を渡してくれた。

 そこに注がれている酒はまあ、一舐め程度の量しか無かったけれど、まあ仕方ない。

 俺はそれを、軽く口にして――


「~~~~……っ」

「カカカ、やはりまだまだ早かったじゃろう。これは結構強いしの」


 ――以前なら幾らでも、とまでは行かずともそれなり飲めた酒だというのに、今の俺の口には辛く、熱く。

 ああ、でもそれでも――成程、こうして綺麗なものを眺めながら飲むというのは、悪くないと思うことは出来た。


「く、は……ぅ」

「そういえば、お嬢ちゃん達はこれからどうするんじゃ?」

「これから……?」


 口から熱い息を吐き出しつつ、アルカンの言葉に少し考える。

 ……リリエルは魔刀を手にして、俺は新しい力を手にする事ができた。

 既にここに来た目的は達しているし、いつまでもここに留まっては居られない。


 俺の目標は、俺ではない魔王に会い、そしてあのクソ女をぶちのめす事。

 リリエルの目標も、その過程できっと果たす事は出来る筈だ。


 ……まあ、次にアリスが襲来してきた時にどうするか、っていうのが目下の悩みでは有るんだが、それは置いとくとして。


「……ランパードに、ちょっと行ってみるつもりだ」

「ぶふっ」


 次の目的地にしようとしている場所を口にすれば、アルカンは口にしていた酒を軽く噴き出した。

 まあ、爺としてはそういう反応をするよな、うん。

 うんざりして見切りをつけて出てきた国らしいし。


「……悪い事は言わん、あの国はやめておけ」

「あー、まあオルカ達からあらましは聞いたよ。災難だったな」

「ぬ……知っていて、尚行くつもりか?今のあの国は腐敗の真っ只中じゃぞ」


 アルカンの心配混じりの言葉に、軽く頷く。


 前王から見る影もない程に腐敗し、アルカン程の人間を呆れ返らせた国。

 行った所で不快にしかならない可能性もあるけれど、それ以上に――


「――魔族絡みかも知れねぇしな」

「ふ、む?」


 ――ふと思ったことを呟けば、アルカンはそれに少し興味を示したのか。

 首をひねりつつも、俺の言葉に耳を傾けてきた。


 クロスロウドでの出来事。

 魔族が人間を先導し、内側から腐らせていた事。

 結局それは潰えはしたものの、三英傑の一人を追い詰めるまで至った事、など。


「……ふぅ、む」


 一通り聞いてから、アルカンは口元に指を当てながら小さく唸る。

 或いは、もしかしたら。

 国の腐敗に、愚王であるエクス以外にも何か要因があるのだとしたら、と考えているのだろう。


「しかし……のう」


 ……とは言え、まあ。

 そのエクスという今の王が愚か、という事に代わりはない。

 魔族に付け込まれて操られているのなら間抜けだし、素だと言うのなら救い難いバカでしかないのだから。


 単に、エクスがバカだから国が腐敗したのか、エクスがバカだから魔族に付け込まれたのか、という違いでしか無いのだ。


「……うむ。もう二度と、関わるつもりも無かったが」

「ん、爺も来るのか?」

「そうじゃな、今の弟子達の所に顔を出してからになるが、行ってみるとするかの」


 それでも、もし嘗て仕えていた国に、魔族という病巣が入り込んでいるというのであれば、アルカンは見過ごすという事は出来ないのだろう。

 俺に軽く笑みを向けながらそう口にすれば、その枯れ木のような指先をそっと、俺の頭の上に乗せてきた。


「ん……っ」

「……儂が行くまでの間は、お嬢ちゃんにまかせても良いか?」

「ああ、まあ余り遅かったら全部片付いてるかも知れねぇがな」


 優しく頭を撫でられると、目を細めながら。

 確かめるようなその言葉にそう返すと、アルカンは楽しげに笑みを零した。








 ――そうしてアルカンと二人、星空を見上げながら……その後は何気ない会話を交わし。

 アマツで過ごす、最後の夜は過ぎていった。


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― 新着の感想 ―
[一言] そしていい感じのタイミングでじいさんが登場するんですね( ˘ω˘ )
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